第109話「奇生」
ゴポ。 ズズズ……。
(あれ……どうして。前後の記憶が曖昧に……)
アークの意識は、深い水底に沈んでいくように混濁していた。
(確か、マフィアの構成員の方々を蹴散らすよう、先生に指示を受けていましたね。私を囲む、この三つの影がそうでしょうか。ん……何だか、視界もボヤけてよく見えませんね。範囲魔法で対処しますか)
「『いろはにほへと ちりぬるを』」
(……おかしいですね。呂律が回らないような……?)
「『わかよたれそ……』」
(……いや。違います。記憶がはっきりしてきました)
視界のノイズが晴れ、目の前にいるのが敵ではなく、大切な仲間たちであると認識する。
そうだ。自分たちは今、魔王城で四天王”電殻”を討伐しに来て、そして——この頭部の奥に沈み込んだ冷たい異物に、乗っ取られそうになっているのだ。
◇◆◇
「どうしたらいいの……!? アークが、アークが!」
外では、カノンがパニックに陥っていた。
「落ち着きなよ。一回魔法を放った途端、アイツの動きが完全に止まった」
ポラリスが冷静に観察し、カノンを宥める。
「分かったー」
「急に落ち着かないでよ。……でも、何で止まってるんだろう」
「……何で?」
スズナも不思議そうに首を傾げる。
◇◆◇
(カノンたちの声が聞こえる……)
アークは自身の内側で、必死にシステムの侵食に抗っていた。
頭部の違和感。この溶解されない固形物が、アンチ*イータフォースの本体なのだろう。
どうしたものか。
(システムの強制詠唱による発声を、自らの意思で抑え込むだけでいっぱいいっぱいで……。 いえ、待ってください)
アークの脳裏に、かつてグロリア王国で合同研究をしていた時の記憶が蘇る。
それは、機械王と言葉を交わした際のことだ。
『シッ……知っているか。機械である我と、ソ……其方らの脳は、大して変わらぬのだと』
『それは、一体どういう意味ですか?』
『回路やセンサも、神経や脳も……結局は、電気による信号を伝える事で機能している』
『うん? それでは成り立ちません。電気で動いているなら、何故、今この瞬間、その電気がバチバチと放電してしまわないのですか?』
『常に放電はしている。ただ、それが微弱なだけだ』
——微弱な電気信号。
(私の魔法制御ならきっと、雷魔法の出力を極限まで絞り、逆手に取って、三人に電気信号の『音』として指示を飛ばせるはず。被寄生下でも、威力を抑えて……!)
アークは残された自我を総動員し、無理やり魔法の周波数を調整した。
「さ……30ヘルツ……『うゐのおくやま けふこえて』」
ジジッ……ジジジ……。
《——キコエ——マスカ——》
「「「……!」」」
「いまの……聞こえた?」
ポラリスがハッとしてアークを見る。
「……うん。頭に直接響いた」
「確かにアークの声だ。自我が残ってる、それも明瞭に!」
◇◆◇
(アークだって、乗っ取られながらあんなに頑張ってるのに。あたしにも、何かできることはないの……!?)
カノンは必死に頭を回転させた。
電気。電波。通信……Wi-Fi。
そういえば。地球にいた頃、教室でのある出来事を思い出す。
『ねーえ! なんかスマホ止まったんだけど! バグった!?』
『おい鶴見、授業中だぞ。しまいなさい』
『あ! 夏音お前、ニュース見てないんだろー。ちゃんと見ろよ(笑)。今日は太陽フレア? ってのがあって、通信系とかの機械がヘンになるって言ってたぜ』
『アズキこそ、ニュース見たはいいものの、ちんぷんかんぷんなまま調べようともしなかったんでしょー? 知ったかぶるのやめてよねー!』
『この……っ!』
(太陽フレア……!)
電波障害。通信障害。
詳しい理屈は、結局あの後も調べなかったから知らないまま。あたしもアズキのこと言えないなー、と内心苦笑する。
でも、あの会話が本当なら。
(『強い電気』と『太陽』さえあれば、精密な機械を狂わせることができるはず! )
今は、その自分の不確かな記憶を信じるしかない。いや、信じずにはいられなかった。
「アーク!!」
カノンは、動きを止めているアークに向かって、ありったけの声で叫んだ。
「アーク! 頭ん中で、『太陽』を思い浮かべて!!」




