第112話「魔王」
ネロが撃破され、城の下層で繰り広げられていた激戦の余波が落ち着き始めた頃。
勇者・アズマ=ヒツキは、だんだんと空気が薄くなるのを感じながら、魔王城の最上階である玉座の間へと辿り着いた。
そこはやけに開けた場所で、天井も異常に高かった。豪華な装飾などは一切なく、ただ黒い石畳が広がる無機質な空間。
まるで戦う為だけに用意された、RPGの最終ステージのように思えた。
「出てこいよ、魔王。お前の経験値を貰いに来たぜ」
ヒツキが右手に拳銃を構え、虚空に向かって挑発的に言い放った。
すると。
「おーおー。いいね、思春期。見たところ、チェリーボーイの称号が相応しそうだ!」
空間が歪み、間延びした軽い声が響いた。
「はあ?」
「まーまー、そんなキレないでよ。反抗期もユーハツ中?」
「……分かった。お前、魔王じゃないんだろ? 魔王の前に出てくる、噛ませ犬的なポジなんだろ?」
ヒツキは舌打ちをし、銃口を下ろさずに相手の姿を探す。
「ポジが気になるんなら、やっぱ君はチェリーボーイか」
「なんか会話が噛み合ってない気がするんだが」
「噛ませ犬だけに?」
「……上手いこと言った、みたいな雰囲気出されてもな」
ヒツキは呆れたように目を細めた。
(ていうか、こいつ……輪郭すらないのか? さっきから、人型の白いモヤみたいなのがフワフワ動いてるだけだ……)
声の主の姿は、はっきりとした肉体を持っていなかった。ただの白いもやが、うっすらと人の形を保って空間を漂っているだけなのだ。
「モヤだなんて、シッツレーだねー。これが一番優れてるんだよ、無駄がなくて」
「お前、心読むな!」
内心のツッコミに秒で反応され、ヒツキはギョッとして一歩下がる。
「やっぱ、そういうお年頃だと見透かされるの気になるよねー。僕も自分が一番知ってたつもりなんだけど、すっかり忘れちゃってた。これも、歳をとったって事なのかなぁ」
「だから知るかよ。とにかく、お前は魔王じゃないんだろ? とっとと出せよ、本物の魔王の奴を」
ヒツキが苛立ち紛れに銃口を突きつける。
白いモヤは、困ったように頭を掻くような素振りを見せた。
「ランボーな口調、実にいーね。若さって感じ。……あっ、ちなみに君が探してる大好きな魔王様は、僕だよ」
「……あっそ。俺は東 筆記。異世界から来た勇者だ」
ヒツキは全く動じずに名乗った。
「えっ。恥ずかしくはないわけー? そう言う年齢で、真顔で勇者だの邪竜だの言うのはさ」
「御託はそこら辺にしとけよ」
「キリッ(笑)」
「……お前、名前は。倒した相手の名前くらい覚えといてやるから」
「うーん。名前とか別に無いんだけどなー、面倒だし。けど、ずっと魔王呼びじゃ面白くないし……変な名前にしてもいい?」
「ファミレスの順番待ちに書く迷惑客かよ」
ヒツキが呆れ果てる中、モヤは楽しそうに空中で揺れた。
「まぁ、『テフララ』とかでいーんじゃない?」
「呼びづらい。却下」
「呼び名如きで文句言わないでよぉ。じゃあ……『フィグ』とか」
「よし、それで行こう」
交渉成立。ヒツキは銃の撃鉄をカチャリと起こした。
「でさ。僕がずっと気になってる『ツルミ』ってのは誰?」
「……っ!」
「君がさっきからずっとソワソワしてて、心の中がキモいことになってるからさ。僕、話にしゅーちゅー出来ないんだよねー」
ヒツキの顔から、余裕の色が完全に消え去った。
夏音のことに触れられた瞬間、彼の瞳に明確な殺意が宿る。
「だから……心読むなって言ってんだろッ!!」
パンッ!!
ヒツキの怒号と共に、黄金に輝く弾丸がフィグめがけて放たれた。
「そーかっかしないでよ」
銃声が玉座の間に鳴り響き、最終決戦の火蓋が切って落とされた——わけでもなさそうだ。




