第105話「報告」
「……ん」
魔王城を監視していた本陣で、司令塔のジルはふと顔を上げた。
城の入り口から、一人の聖騎士がフラフラと歩み出てくるのが見えたからだ。全身の鎧は傷だらけで、足取りはおぼつかない。
それが自分の姉であるミリア・アードストールだと視認した瞬間、ジルは何となく城の内部で起きた悲劇を察した。
本陣に辿り着き、膝から崩れ落ちた彼女が流す涙は、かつて見せたことのない無力感と屈辱に満ちていたからだ。
「……ゾーティア隊が……壊滅し……」
ミリアは掠れた声で報告しようとするが、上手く言葉を紡げなかった。必死に何かを伝えようと唇を震わせるが、それよりも先に激しい嗚咽が込み上げてきて、ボロボロと涙をこぼす。
「”霊這堂”は、どうなったのだ」
傷ついた彼女の様子などお構いなしに、皇帝アウレウスが非情で冷徹な声で訊ねた。彼にとっては、障害が排除されたかどうかが全てだ。
「……ケレン団長が……討伐されました……っ」
ミリアは床に手をつき、そう答えるだけで精一杯だった。
主語がネロなのか、ケレンなのかによって文脈が大きく変わるが、そんなことを逐一考えてはいられない。
「私は……私だけが、何もできずに……っ!」
「……」
激しく泣きじゃくり、初めて自分の前でどうしようもない弱さを見せた姉に対して、ジルは何も言う事が出来なかった。かけるべき言葉を持ち合わせていないし、同情するのも違う気がした。
「おい、団長は……。ケレンはどうなったんだ!?」
慌てた様子で、副団長のエドがすかさず口を開き、ミリアの肩を揺さぶろうとした。
その手を制するように、ジルが冷淡な、しかし有無を言わせぬ響きで割り込む。
「おいミリア。詳細な後日報告書を、聖教国とフェルウェード帝国に提出しろ。……出来るな?」
それは、感情を排したただの事務的な業務命令だった。
だが、その言葉が今は彼女にとって唯一の「すがれる任務」だった。エドの追及を遮り、彼女に休む口実を与えるための、ジルなりの不器用な気遣い。
「……っ」
ミリアは泥と涙に塗れたみっともない顔を上げ、コクリと小さく頷いた。
その直後、張り詰めていた糸が切れたように、彼女はそのまま意識を失い、深い眠りへと落ちていった。
◇◆◇
少し時間は巻き戻って、魔王城内部・アークたちサイド。
「さて、ここみたいだね」
ポラリスが、分厚い金属製の扉にそっと手をかざした。
「うわー……絶対やばいじゃん、ここ。なんでこんな未来チックな部屋なの?」
カノンが一歩引いた所から、胡散臭そうに扉を見上げる。
彼女の腰には、いつも通り細身のレイピアが揺れていた。
城の他の場所が中世の石造りであるのに対し、この扉の周辺だけが、まるでグロリア王国の研究所やSF映画に出てくるような無機質な金属パネルと電子ロックで構成されている。
「私は、城のこちら側に来た事がありませんでしたので、中の様子はあまり……スズナさん、大丈夫ですか?」
アークが隣の亜人の少女に声をかける。
スズナは警戒するようにピンと耳を立て、静かに頷いた。
「……うん。変な匂いがする。鉄と……火花の匂い」
「それじゃ、見てみようか。四天王最強とも囁かれる、”電殻”・アンチ*イータフォースの素顔をさ」
ポラリスの合図で、四人は並んで金属の扉に触れた。
電子音が鳴り、重い扉が左右にスライドして一斉に開く。
そこに待ち受けていたのは——。




