第103話「嘘つき」
「懺悔します。私は身内のある者を、幾度にも及び痛めつけてきました。酷い仕打ちを、何度も、何度もしてしまったのです」
ミリアは震える膝に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。一歩、また一歩と、女神イデアを模した巨大な石像に向かって歩き出す。
一歩ごとに足が鉛のように重くなる。底知れない恐怖と、空間を支配する圧倒的な重圧に、精神がどうにかなってしまいそうだった。
「私は、相応の罰を受けるべきでしょうか……っ! この罪を、どうか裁いてください!」
石像の足元まで辿り着き、ミリアは叫ぶように訴えた。その背中を見つめ、膝をついたままのケレンが喘ぐように声を漏らす。
「副隊長、何を……やめろ、ミリア……!」
その時、石像の無機質な双眸が、再び怪しく発光した。その光は慈悲ではなく、冷徹な判決の光だ。
『その咎、しかと受け止めました。精鋭隊副隊長よ——貴女は、ここに居るべきではない』
「え……?」
予想だにしない拒絶の言葉に、ミリアは呆然と立ち尽くした。
祭壇の上でその様子を眺めていたネロが、冷え切った瞳を光らせて鼻で笑う。
「それは、本心ではないのだから。言葉では何とでも言えますよね」
ネロの紫苑の瞳に浮かんでいたバツ印が、一瞬だけ消え、不規則に点滅した。それはシステムがエラーを吐き出しているかのような、不気味な瞬きだった。
「貴女が抱いているのは、罪への後悔ではなく、ただの『自己保身』と『計算違い』への恐怖。対象者からの怨念がこれほどまでに希薄なのは、貴女が思っているほど、相手が貴女を人間として見ていない証拠ですよ。それに、貴女とて本当は相手に償いたいなんて微塵も思っていないでしょう?」
次の瞬間、ミリアの視界が眩い白光に包まれた。
衝撃波のような魔力に弾かれ、身体がどこかへと吸い込まれていく感覚。
(何、ですって……? 居るべきではない……本心でないと?)
反論する暇もなく、ミリアは『霊這堂』の領域から完全に弾き出されていた。
気が付けば、彼女は魔王城の冷たい石造りの廊下に一人、投げ出されていた。先ほどまでの熱気と死臭が嘘のように静まり返っている。
何を考え、どれほど後悔しても、一度「出禁」になった今では、領域の中に残された団長たちの無事を祈ることしかできないのだ。
◇◆◇
”霊這堂”の内部。
「さて、他の者は……。まぁ、流石は精鋭隊といった所でしょうか。沢山の命を殺めてきたのでしょう。もれなく、その亡霊たちにやられてしまったようですね」
ネロは満足げに、床に転がる聖騎士たちの死体——あるいは、黒い影に呑まれて消失しつつある残骸を眺めた。
「仕方が無いです。それが、咎人の運命なのだから」
「ああ。だが、この戦いの結果は、最早意味を持たない。私以外にはな」
静寂を破り、重厚な声が響いた。
這い寄る怨念を全て切り伏せ、ボロボロになりながらも聖剣を杖代わりに立ち上がる男がいた。ケレン・ゾーティアだ。
「最初で最後の兄弟喧嘩といこう」
「あれ。貴方はショックで置物へとなった筈では? 兄様」
ネロは不思議そうに小首を傾げた。部下を犠牲にし、戦意を喪失したはずの兄が、まだ戦おうとしている。
その瞳に宿る光は、先ほどまでの絶望ではなく、ある種の「覚悟」に変わっていた。




