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第101話「代価」

「ふざけるな、ネロ……ッ!」


 ケレンは地の底から絞り出すような咆哮を上げ、ネロへと真っ直ぐに突っ込んだ。

 だが、その刃がネロに届くよりも早く、床から這い出した真っ黒な影たちが波のように押し寄せ、彼の行く手を阻む。


「ぐっ……退()けぇっ!」


 聖剣を振るい影を斬り裂くが、手応えは泥を斬るように重く、粘り気がある。

 絡みついてくる影の悲鳴を聞き、ケレンは理解した。これらは、今まで自分が聖騎士として討ち倒してきた魔族たちの『怨念の塊』なのだと。


(己の殺生と向き合え……そういうことか。過去の業が、我々を縛るというのか!)


 ひとまず群がる影を強引に振り払った、その瞬間だった。

 視界の奥、祭壇の前に立つネロの指先から、眩い藤色の光がケレンに向かって一直線に放たれていた。

 死の予感が、全身の毛穴を逆撫でする。


(くっ……! 避けられない。こんな所で、私は……)


 ケレンが歯を食い縛り、迫り来る光を前に死を覚悟した時。



「危ないっ!」


 真横から弾かれたように飛び出してきた影が、ケレンの盾となるように肉壁となって立ち塞がった。

 部下のウリスだった。


 ドォンッ!!


 藤色の光がウリスの胴体を貫く。


「がはっ……!」


 純白の鎧の内側から、爆発的に血液が溢れ出した。直撃したであろう下腹部を力なく押さえ、ウリスは液体が喉に突っかかったような、湿った酷い咳をする。


「おい、ウリス! しっかりしろ、死ぬにはまだ早い……っ! 回復魔法を……!」


 ケレンが慌てて抱きとめようとするが、ウリスの身体は既に原型を保とうとしていなかった。


「冷静に、団長……。私は、あなたを信じて——」


 最期の言葉を紡ぎ終える前に。

 ウリスの肉体は、まるで限界を迎えたガラス細工が割れるように、パキンと甲高い音を立てて粉々に散った。

 跡にはべっとりとした血痕だけが残り、彼の魂とも呼べるような微かな白い布のような光が、祭壇のネロへと吸い込まれていく。


「……ウリス……?」


 虚空を掴んだケレンの手が、小刻みに震える。

 部下の死。それも、あまりにもあっけない消滅だった。


「兄様……亡き者達の声を払いましたね?」


 ネロは吸い込んだ白い光を弄ぶようにしながら、薄く笑った。


「私が放った”代価の光”に触れれば、彼らの想いに比例して、それ相応の『代価』を私がいただく事になるんですよ。怨念を拒絶した兄様が受けるべき罰が、それに代わっただけです」

「ヒレイ……? お前は、何を言っている……? ウリスは……ウリスはどうなった!」

「……はぁ。そうでした。まだ話していませんでしたね」


 ネロはつまらなそうにため息をつき、自らの額にそっと手を当てた。


「私はね、女神イデアの『本性』を知ってしまったんですよ。その影響か、今まで忌み嫌っていた『理系的』な思考をするようになってしまいまして。比例、代価、等価交換……自分でもよく分かっていませんが、そういう計算式に基づいて動くシステムになってしまったんです」

「お前……ウリスと仲良くしていただろう……?」


 ケレンは血走った目でネロを睨みつける。


「剣の腕が上がらない奴だと、お前は聖騎士団にいた頃、よく揶揄って笑い合って……!」

「兄様こそ、何をおっしゃるんですか?」


 ネロは冷たく言い放った。かつての弟の面影は、そこには微塵もない。


「私は申したはずですが。”己が殺生と向き合いなさい”と。それを(たが)った兄様が悪いんです。ウリスはその剣の弱さが仇となり……いえ、結果的には運となり、生来、他者の命を奪って来なかった。代価を払うべき罪が、彼には少なすぎたんです」


 ネロの紫苑の瞳に浮かぶバツ印が、鈍く光る。

 その光は、まるでケレンの存在そのものを根底から拒絶しているように、彼には感じられた。


(過去の殺生から目を背け、怨念を振り払った……向き合わなかった私への罰を、ウリスが代わりに……だからなのか?)


 後悔と絶望が、ケレンの心を黒く塗り潰していく。

 そんな兄の姿を見下ろし、ネロは氷のように冷たい声でトドメを刺した。


「これで、兄様は……もう戦意を失った、使えないガラクタになりましたね」

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