第91話「一大プロジェクト」
大華飾魔導国では、先の大地震からの全土復興作業が急ピッチで続いている。
主なものとしては、破壊された魔力回路の修理とインフラの復旧。そして、寅裡にて試験運用されていた耐震設備の再調整だ。
「調整が終わったら、国中に広げるのか?」
瓦礫が片付き始めた街並みを眺めながら、ジルはノアに訊ねた。
「ええ。ただ、設置する際は街を一度建て直さなければならないので、結局は二度手間になってしまうのですが」
ノアは気難しそうな表情をして溜め息をついた後、何かを思い出したかのようにポンと拳を打った。
「では、そろそろグロリア王国の方へ移動しましょうか」
「少し待ってくれ」
ジルは振り返り、自分を見送りに来ている教え子たちに向き直った。
「お前らは留守番な」
「うん」
「はーい」
「分かりました」
「……」
返事は案外あっさりしているが、これでもそれぞれ思うところが無いわけではない。
(せんせーが留守の間、血液ビンの補充はどうしろってのさ)
ポラリスは懐柔されたペットのように、深紅の瞳を不満げに光らせて血液の補充を案じている。
(そろそろあっち行きたいかも)
カノンは一通り魔導国の店を回って飽きてきたせいか、より現代的で発展しているグロリアへ行くのを僅かに望んでいる。
(魔王討伐……ですか)
他の三人とは違い、今まで仕えてきた魔王が『勇者』に討伐されるという目的が、どうしても納得しづらいアーク。どうせなら先生が倒してしまえばいいのに、なんて望みは無自覚ながらあった。
(復興……ご飯、減る)
スズナは、やはり空腹だ。
「……ねえ」
背を向けて、しばし立ち去ろうとしたジルを引き止めたのは、カノンだった。
「もともと、私らも連れてってくれるって約束じゃなかった?」
「ああ」
「何で留守番なわけ?」
「そう急くな。一週間だけだ」
「えっ?」
カノンは詰め寄っていたが、「留守は一週間だけ」と聞くと、豆鉄砲を喰らった鳩のような拍子抜けした表情のままフリーズした。
「えっ?」
「……はあ?」
ジルは「何をそんなに驚くことがある?」と冷えた目線を送る。
「どうせ最初の一週間は魔導国とグロリアの研究結果の見せ合いと、合同研究のスケジュール確認、物資の輸送、知見交流だけで潰れる」
「あっ……そうだった、の?」
「だから、それが終わればスズナにもグロリアの宿を見せてやれるし、お前らだってエマに会える」
「エマに会いたいのはジルの方でしょっ!」
「……」
図星を突かれたのか、ジルはスッと目を逸らし、誤魔化すように耳裏を掻いた。
◇◆◇
そして——。
ジルはノアと共に、未来都市の異名を持つグロリア王国へと移動した。
空を走るレールや、幾何学的な高層建築が立ち並ぶ風景は、魔導国とは全く異なる発展を遂げている。
「あっ! ジルセン! こっちこっち!」
「エマ」
指定された研究施設に入ると、パタパタと足音を立ててエマが駆け寄ってきた。
約一ヶ月ぶりの再会だというのに、まるでその倍は会っていなかったかのような大袈裟なリアクションを見せるエマに、ジルは何だか少しだけ胸が熱くなる。
ここグロリア王国産のラフで現代的なファッションが、彼女の中の確かな可愛さをより一層引き立てているようであった。
エマがジルたちを手招きした会議室に入ると、既に今回の開発チームの主要人物が一通り揃っていた。
「ヨッ……よく来たな。エ……Sランク、ンン……”創世の数学者”」
「おう」
機械王の相変わらずなサイバーパンク調の外見と巨体に、一瞬気圧される。だが、以前よりどこかパーツがボロついて見えて、その吃音が彼の内包する不穏さを一層醸し出している。
「息災か、ジル先生」
「ギデオン……!」
「あの言葉、忘れてはいないだろうな」
「……ああ。召喚時のことだろ」
「ならよい」
円卓の席につくと、エマがニヤニヤしながらジルの隣に腰掛けた。
「ジルセン、また活躍したんやって?」
「活躍……って程の事でもないだろ」
実際、先の貿易都市での一件は彼自身が蒔いた種のようなものだ。手放しで褒められるようなことではない。
「世界は広いようで狭いな」
「うん……?」
ジルの呟きに、エマが小首を傾げる。
「それでは、技術協定に則り、今回の合同研究の趣旨の再確認をします」
隙あらば書類を見つめているだけあり、ノアは情報の整理と進行を淀みなく得意としているようだ。彼女がホログラムの資料を空中に展開する。
「今年の七月を目処に、異界干渉技術の確立を目指しましょう。目的は、勇者の召喚並びに魔王の討伐です」
ノアの軍帽にあしらわれた金の装飾が、青白い光を反射した。
「我が大華飾魔導国の魔導機械技術、グロリア王国の電子機械技術、ギデオン氏のメリアー諸島伝統の魔法陣、そしてジル君の圧倒的な計算力を合わせ、この新技術の開発を必ずや成功へと導きましょう」
◇◆◇
四つの異なる叡智が結集した極秘プロジェクト。
その開発は、当初の予定である三ヶ月先の期日ギリギリになって、ようやく完成の時を迎えた。
そしてついに——。
フェルウェード帝国という舞台にて、あの『勇者』の召喚が果たされようとしていた。




