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伯爵家の眠り姫  作者: 安和
プロローグ
2/2

―2―

アレスは母の愛を知らなかった。


それは双子の妹のメル、メルティアナも同じだ。お互いに手をつなぎ、眠ったままの母を見ているか、父の懺悔が聞こえる扉の前に立ち尽くしているか。それが兄妹の母に関する幼少期の記憶だ。


物心ついたときから母は【眠り姫】だった。


 どうやらアレス達は眠ったままの母から取り上げられたらしい。双子だったためお腹の膨らみが大きかった。そのため妊娠がわかったらしい。妊娠に気がつくのが遅かったら、母に投薬している薬でアレス達は死んでいたかもしれないと聞かされた。眠ったままの母からアレス達を取り上げるのは想像できないほど苦労しただろうが、誰もアレス達に語ろうとはしなかった。


 命の危険もある出産に意見はあったが、それを押さえ込んだのは意外にも父だったらしい。父は時間があるときはアレス達を構ってくれたし、愛してくれた。夜にはいつものように母の部屋に居たけれど。


 出産を強行した理由は父からではなく、父をよく思わない他の貴族から教えられた。


 母は伯爵家に残されたただ一人の娘で、父は入り婿。父は一代で大きな商会に発展させた唯の平民。母は事故で兄と両親を亡くした為、領地の経営が難しくなり少しずつ落ちぶれていったらしい。爵位が欲しい父はお金を必要としていた母に取引を持ちかけ、強引に母を手に入れたらしい。ただ、ずっと伯爵家に残り母に仕えていた使用人達が言うには、結婚当時は相思相愛で幸せな結婚だったらしい。アレス達に悪しき噂を耳に入れたのは、美しい母を手に入れられず、手に入れた父を妬んだ人だと教えられた。その男はそれからしばらくして、また新しい噂をアレス達に運んできた。


 『アレス達兄妹は父とは血がつながっていない』、という噂だ。


 確かにアレス達兄妹は父にあまり似ていない。二人とも母に似た美しい顔立ちをしており、ここが父に似ていると言われれば「そうかな?」と思う程度なのである。アレス達の教育係であった今はいない老執事は「そんなことは事実無根でございます」と言ったが、乳母は「お二人が伯爵家の嫡子であることは間違いないのですから問題ありません」と言った。


 それは、父の子ではない可能性があるということだ。アレス達は母から生まれたことには間違いないのだから。


 アレスが妹の耳に入らないように調べてみると、母が暴漢に襲われた時と妊娠の時が重なるらしい。それでも父とも性交渉があったのは確かなので、父の子なのか、それとも見知らぬ誰かの子なのかわからない。血のつながる親を調べる方法は存在しないため謎のままだ。それでも、わからなくても父は母との繋がりが欲しかったと言った。人々はそれを【愛】だと言った。




―――――


両親の、母の【眠り姫】はこの国では有名な話だ。


 体の弱かった伯爵家の令嬢、セレスティアは療養するために領地内のある村に赴く。そこで小さな商会の息子、アルザスと出会う。そこで二人は仲を深め、また会う約束をする。

アルザスはとても頭のいい子で奨学金をもらって国一番の学院にいけるほどだった。商才も政治に対する才能もコミュニケーションをとる才能も高かったアルザスは学院で伝手を広げ、自分の家の商会を瞬く間に発展させた。―――それは全て、幼いころに出会った令嬢に会うため。

 再会できるほどまで商会を成長させ、あと少しで会えるという頃に、セレスティアの家族が事故で亡くなった事を聞いたアルザスは令嬢に援助を持ちかけるべく会いに言った。そこで出会ったのは、とても美しい女性に成長したセレスティアだった。アルザスはそんなセレスティアに見惚れ、セレスティアもまたアルザスに見惚れていた。どこにでも居る腕白な少年から野性味あふれる青年に成長していたアルザスは、学院でも人目を集めていた。そんな二人はそこで愛を育み、傍から見ればお互いに感情を無視した政略的なものだろうが、幸せな結婚をした。

 しかし美しい二人の幸せを妬んだ者達によってセレスティアは襲われ、一命を取り留めたものの目を覚まさない。アルザスは守れなかった自分を悔やみながら目を覚まさないセレスティアの世話を献身的に行った。使用人たちに任せきりにせず、なるべく自分の手で世話をした。十年もの間目覚めないセレスティアを見捨てることも、他の女性を娶ることもしないアルザスの一途な愛に奇跡が起こり、セレスティアは目覚める。そして二人の間に子供が生まれ、話す事の出来なかった十年を埋めるようにゆっくりと、幸せの道に進みだした。




 この話は初め小説として売り出され、その後簡単にまとめられて絵本にまでなった。この出来事は限りなく真実に近いため、この話が真実として知られている。アレス達が居るのは時系列がおかしいと言われるかもしれないが、そんな細かいことを気にする人間は少なかった。この本を書いたのは、両親の許可を得た使用人ということになっているが、実は書いたのは父で、母を逃げられないようにするためだけに書いたのだと知っている人間はどれほど居ることだろう。


 十五になった今、振り返って思う。小説のあの最後は、父の願望だったのかもしれない。




 アレス達が十歳になった時に、奇跡的に母が目覚めた。アレス達の事を聞いた母は、「幼い頃から自分の手で育てたかった」と言ってアレスとメルを交互に抱きしめたが、知らせを聞いた父が部屋に飛び込んできたとき母は顔色を変えた。いつも饒舌な父が言葉を探すように、口ごもりながら母の名を呼んだ。


「セレス・・・」


「・・・なんで貴方がまだここに居るの?」


 父の声を遮るように発された母の声は驚くほど感情が込められていなかった。先ほどまで優しい声と表情でアレス達を抱きしめてくれた人とは同一人物には思えなかった。青ざめた顔と硬い声。それをみた父は母に手を伸ばした。


「いやっ。触らないで、私に近づかないでっ!!」


 父の伸ばされた手は母に叩き落とされた。十年ぶりに動いたとは思えないほどの力で、母は父を拒絶した。これ以上母を興奮させないように父を連れて母の部屋から出た。廊下に出た父は叩かれた手を見つめ、泣きそうな顔をしていた。アレスはそんな父の姿に驚いた。才能に溢れ、不敵な笑みを絶やさない父の、初めて見た弱い姿だった。




 十三歳の時、“色”を知ったアレスは、夜な夜な出かけるようになった。そんな姿に父は度々苦言を呈するようになった。


「女遊びをするなとまでとは言わないが、相手は選べ。それにそんなに頻繁にいくのはやめろ」


「父上には関係ないだろう。子供が出来ないようにはしてるし、問題ないよ」


 アレスは父の言葉を歯牙にも掛けなかった。父はアレスのそんな態度に頭を抱えながら続けた。


「これはアレスの為に言っているんだ。ちゃんと聞いてくれ」


「俺のことはもう放っておいてくれ!」


「まて、アレティウス!」


 アレスは父の執務室から飛び出していった。



 それから数日後、このやり取りを聞いたらしい妹からも苦言を呈された。


「お兄様。そういうことはほどほどになさってください」


「なんだ、メル。お前に言われるとは思っていなかったぞ」


 おどける様に言ったアレスにメルはため息をついた。


「それはもう、どこの馬の骨とも知らない女をお義姉様と呼ぶのは嫌ですから」


「心配されるようなことは、しっかりしてるよ」


「それだけではなく、お母様も心配なさっています」


「母上が?」


 母までもが心配しているとは思っていなかったアレスは驚き、メルと共に母の部屋を訪れることにした。

母は目覚めた時より落ち着いた母は、母の子供であるアレス達には優しかった。父に対してはもう暴れることはなくなったと言っても、触る事も、ましてや近づかせることもしなかった。いつも父は母の居るベッドから遠く離れた扉の近くから母に話しかけていた。そんな父に母は優しい言葉を返すことはなかった。父はどんなに母に拒絶されようとも、母のもとを訪れることをやめようとはしなかった。


 そんな母のもとにアレスは訪れると、母はコロコロと笑いながらアレスを近くに呼び寄せた。


「そんな所まで、父親に似なくてもよろしかったのに」


「え・・・?」


 笑いながら告げられた言葉にアレスは困惑した。父はずっと母しか見てないと思っていたからだ。しかし、その通りならこの優しい母親は父親を受け入れていたことだろう。そう、あの物語のように。母に拒絶されることを悲しげにしながらも受け入れる父もどこかおかしかった。まるで、罰を受けるようだった。

 そんな変な顔をしていただろうか、母はアレスの顔を見てさらに笑った。


「まぁ、確かに。あんなお話が世に出回っていたら、わたくしたちの事を不思議に思いますわよね」


そう言ってから、母はアレスとメルを椅子に座らせると長く息を吐いてからアレス達を見た。


「仕方がありませんから、真実を教えてあげるわね」


「真実、ですか?」


「ええ、物語の真実。ティーを心配する理由もここにあるのよ?」


 そう言って笑ってから、母は語り始めた。母からみた、物語の真実を。


長く悲しい、父と母の話。

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