8 見付けられていた
次にテアに声をかけられたのは、その数日後だった。
仕立て上がった小物の見本を見に来た店先で、エリンは灰青のリボンを手に取っていた。今季の色としてはよく見かけるものだったが、そのままだと少し澄みすぎて見える気がする。細い銀糸を添えれば、光り方がもう少し静かになるだろうかと考えていたところへ、背後から声がした。
「やっぱり、そちらを選んだのね」
振り返ると、テアがいた。
「見ていらしたのですか」
「ええ。気になっていたもの」
テアはそう言って、エリンの手元の包みに視線を落とした。
「今季の色なのに、ちゃんと落ち着いて見えるのがいいわ」
そう言われて、エリンは少しだけ目を上げた。
似合うとか上品だとかではなく、見え方そのものを言われるのは、まだ少し落ち着かない。
「そのままだと、少し淡過ぎる気がしたのです」
「わかるわ。きれいだけれど、それだけでは足りないのよね」
あっさり返されて、エリンは小さく笑った。
テアとは、何もかも同じではないのに、途中の感覚だけがふいに通じることがある。その通じ方が不思議で、けれど心地よかった。
「少し歩きましょう」とテアが言った。
馬車を待つにはまだ間がある。エリンも断る理由がなく、二人は店先から石畳の端へゆっくり移った。
しばらく並んで歩いてから、テアが口を開く。
「この前から思っていたの。令嬢たちだけの席にいるには、少しもったいないわね」
エリンは思わず瞬いた。
「もったいない、ですか」
「ええ。ああいう席にも意味はあるわ。流行も必要だし、誰が何を選んだかを知るのも無駄ではないもの。でも、話がどうしても似たようなところへ戻ってしまうでしょう」
「それは、そういう場ですから」
「そうなのだけれど」
そこでテアは少しだけ笑った。
「刺繍の話のときもそうだったけれど、エリンは流行そのものではなくて、どう選ぶかを見るでしょう。そこが面白いの」
「面白い、でしょうか」
「ええ。わたしはそう思ったわ」
言い切る口調は強いのに、押しつける感じがない。
ただ見たままを置いていく言い方だった。
「皆きれいに話していたでしょう。でも、きれいなだけの会話って、あまり残らないの。エリンの話は、少しあとに残るわ」
そう言われて、エリンはすぐには返事ができなかった。
「……そんなふうに見えていたのなら、少し気恥ずかしいです」
「気恥ずかしがるようなことではないでしょう」
テアは肩をすくめた。
「力を入れて目立とうとしているわけではないのに、ちゃんとその人の選び方が見えるでしょう。わたし、そういうのが好きなの」
その言い方に、エリンは少し黙った。
好き、という言葉を、テアはためらいなく使う。重みをかけすぎず、けれど軽くもなく、思った通りの場所へ置く。
「小さな集まりがあるの」と、テアは言った。
「サロンというほど仰々しくはないけれど、皆それぞれ好きなものを持ち寄る席」
「好きなもの、ですか」
「ええ。詩の話になる日もあれば、刺繍見本だけで終わることもあるし、誰かが持ってきた茶葉の話が思いのほか長引くこともあるわ」
「ずいぶん自由なのですね」
「自由よ。だから、合う人にはとても楽しいの」
テアはそこでエリンのほうを見た。
「エリンは、たぶんああいう席のほうが向いていると思う」
「どうして、そう思われるのですか」
「ちゃんと自分で選んだものを持っているから」
あまり飾らない言い方だった。
けれど、そのぶんまっすぐ届く。
「無理に来なくてもいいの。けれど、来たらたぶん、息はしやすいわ。あそこは、誰がどんな庭を持っているかより、何を持って来たかのほうを見てくれるから」
その言葉に、エリンは静かに息をついた。
何を持って来たか。その言い方が、思いのほか深く残る。
「考えてみます」
しばらくしてそう答えると、テアは満足したようにうなずいた。
「ええ、考えて。でも、来てくれたらうれしいわ。エリンとなら、たぶん話が長くなるもの」
馬車が着く音がして、会話はそこで途切れた。
御者が扉を開けるあいだ、エリンは包みを抱え直し、テアへ向き直る。
「お誘い、ありがとうございます」
「こちらこそ」
テアは軽く手を振っただけだった。
引き留めもしないし、念を押しもしない。そのまま相手に返してくれる距離が、エリンには心地よかった。
馬車に乗り込んでから、窓越しに小さくなるテアの姿を見る。
誰かの隣にぴたりと収まるのではなく、自分の足で立ったまま、相手にも同じように立つ余地を残す人だと思った。
その夜、包みを開いて灰青のリボンを取り出したとき、エリンはふと考えた。
自分で選んだものを、そのまま持って行ってもよい席なのかもしれない、と。




