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呼ばれた声の向こう  作者: サク


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8/12

8 見付けられていた


次にテアに声をかけられたのは、その数日後だった。


仕立て上がった小物の見本を見に来た店先で、エリンは灰青のリボンを手に取っていた。今季の色としてはよく見かけるものだったが、そのままだと少し澄みすぎて見える気がする。細い銀糸を添えれば、光り方がもう少し静かになるだろうかと考えていたところへ、背後から声がした。


「やっぱり、そちらを選んだのね」


振り返ると、テアがいた。


「見ていらしたのですか」


「ええ。気になっていたもの」


テアはそう言って、エリンの手元の包みに視線を落とした。


「今季の色なのに、ちゃんと落ち着いて見えるのがいいわ」


そう言われて、エリンは少しだけ目を上げた。

似合うとか上品だとかではなく、見え方そのものを言われるのは、まだ少し落ち着かない。


「そのままだと、少し淡過ぎる気がしたのです」


「わかるわ。きれいだけれど、それだけでは足りないのよね」


あっさり返されて、エリンは小さく笑った。

テアとは、何もかも同じではないのに、途中の感覚だけがふいに通じることがある。その通じ方が不思議で、けれど心地よかった。


「少し歩きましょう」とテアが言った。

馬車を待つにはまだ間がある。エリンも断る理由がなく、二人は店先から石畳の端へゆっくり移った。


しばらく並んで歩いてから、テアが口を開く。


「この前から思っていたの。令嬢たちだけの席にいるには、少しもったいないわね」


エリンは思わず瞬いた。


「もったいない、ですか」


「ええ。ああいう席にも意味はあるわ。流行も必要だし、誰が何を選んだかを知るのも無駄ではないもの。でも、話がどうしても似たようなところへ戻ってしまうでしょう」


「それは、そういう場ですから」


「そうなのだけれど」


そこでテアは少しだけ笑った。


「刺繍の話のときもそうだったけれど、エリンは流行そのものではなくて、どう選ぶかを見るでしょう。そこが面白いの」


「面白い、でしょうか」


「ええ。わたしはそう思ったわ」


言い切る口調は強いのに、押しつける感じがない。

ただ見たままを置いていく言い方だった。


「皆きれいに話していたでしょう。でも、きれいなだけの会話って、あまり残らないの。エリンの話は、少しあとに残るわ」


そう言われて、エリンはすぐには返事ができなかった。


「……そんなふうに見えていたのなら、少し気恥ずかしいです」


「気恥ずかしがるようなことではないでしょう」


テアは肩をすくめた。


「力を入れて目立とうとしているわけではないのに、ちゃんとその人の選び方が見えるでしょう。わたし、そういうのが好きなの」


その言い方に、エリンは少し黙った。

好き、という言葉を、テアはためらいなく使う。重みをかけすぎず、けれど軽くもなく、思った通りの場所へ置く。


「小さな集まりがあるの」と、テアは言った。

「サロンというほど仰々しくはないけれど、皆それぞれ好きなものを持ち寄る席」


「好きなもの、ですか」


「ええ。詩の話になる日もあれば、刺繍見本だけで終わることもあるし、誰かが持ってきた茶葉の話が思いのほか長引くこともあるわ」


「ずいぶん自由なのですね」


「自由よ。だから、合う人にはとても楽しいの」


テアはそこでエリンのほうを見た。


「エリンは、たぶんああいう席のほうが向いていると思う」


「どうして、そう思われるのですか」


「ちゃんと自分で選んだものを持っているから」


あまり飾らない言い方だった。

けれど、そのぶんまっすぐ届く。


「無理に来なくてもいいの。けれど、来たらたぶん、息はしやすいわ。あそこは、誰がどんな庭を持っているかより、何を持って来たかのほうを見てくれるから」


その言葉に、エリンは静かに息をついた。

何を持って来たか。その言い方が、思いのほか深く残る。


「考えてみます」


しばらくしてそう答えると、テアは満足したようにうなずいた。


「ええ、考えて。でも、来てくれたらうれしいわ。エリンとなら、たぶん話が長くなるもの」


馬車が着く音がして、会話はそこで途切れた。

御者が扉を開けるあいだ、エリンは包みを抱え直し、テアへ向き直る。


「お誘い、ありがとうございます」


「こちらこそ」


テアは軽く手を振っただけだった。

引き留めもしないし、念を押しもしない。そのまま相手に返してくれる距離が、エリンには心地よかった。


馬車に乗り込んでから、窓越しに小さくなるテアの姿を見る。

誰かの隣にぴたりと収まるのではなく、自分の足で立ったまま、相手にも同じように立つ余地を残す人だと思った。


その夜、包みを開いて灰青のリボンを取り出したとき、エリンはふと考えた。

自分で選んだものを、そのまま持って行ってもよい席なのかもしれない、と。


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