7 息を浅くしなくても
ソーンフィールド家の集まりは、思っていたより小さな席だった。
春の名残を残した午後で、客間の窓は高く、外の光が白い卓布の上へやわらかく落ちていた。花は多すぎず、香りも強くない。声は明るいのに、どこか軽やかだった。
エリンは案内された席で、背筋を伸ばして腰を下ろした。
一人でこういう場へ出るのは初めてではない。けれど、これまでと同じではなかった。以前なら隣にクラリスがいて、どこへ目を向ければよいか、考える前に呼吸が合っていた。今日はそれがない。ただそれだけのことが、思っていたより手元を頼りなくした。
それでも、始まってしまえば席は進む。
挨拶を交わし、近くに座った令嬢の家名を聞き、最近の慈善市の話にうなずく。ソーンフィールド家の姉妹は感じがよく、誰も露骨に人を試すような空気を持ち込まなかった。だからこそ、エリンは自分の置き方を自分で決めなければならなかった。
話題は自然と、季節の装いへ移っていった。
今季はどの色が多いか、どの店の薄絹が評判か、刺繍見本で見た新しい意匠はどうだったか。誰もがよどみなく話す。聞いているぶんには疲れないが、少し気を抜くと同じあたりを回り続けるのだとも思った。
向かいの席の令嬢が、刺繍の話の途中で言葉を止めた。
「ほら、あの……今季よく見るでしょう。蔓草みたいに流れるのに、小花が途中で切れて入る……」
「東方の意匠に似たものですわね」と、別の娘が曖昧に受ける。
けれどそれでは足りないらしく、話はそこで少し宙に浮いた。
エリンは、考えるより先に口を開いていた。
「蔓を続けず、途中で余白を入れる型のことでしょうか。今季は、その切れ目へ小花を詰めるより、少し空けたほうが軽く見えるようです。糸色も二色を重ねるより、近い色で濃淡だけをつけたほうが、春らしいと思いました」
「ああ、それですわ」
言葉を探していた令嬢が、ほっとしたように笑う。
そこから糸の色合わせの話が続き、布地との相性の話になり、思ったより会話が広がっていった。
「でも、流行そのままにすると少し重たく見えることもありますね」とエリンが言うと、数人が自然に耳を傾けた。
「去年の意匠を少し崩して入れたほうが、かえって新しく見えることもあると思います」
その場が、ほんの少しだけ静かになった。
大げさな沈黙ではない。ただ、さっきまで流れていた会話が一瞬だけ形を持った。そこで初めて、エリンは少し話しすぎたのではないかと思った。
「それ、好きだわ」
斜め向かいから声がした。
見れば、テア・ソマーズが頬杖をついたままこちらを見ていた。
さっきまでは少し退屈そうに見えたのに、今は目がはっきり覚めている。
「新しいものをそのまま追う話はよく聞くけれど、崩し方の話をする人は少ないもの」
軽い調子だったが、言い方はまっすぐだった。
エリンは何と返せばよいかわからず、曖昧に微笑むだけにとどめた。
会話はまた続いていった。芝居の話になり、慈善市へ出す小箱の色合わせへ移り、そのたびにエリンは必要なときだけ口を開いた。空いたところをそのままにしておくのが落ち着かなかった。
しばらくすると、菓子が運ばれてきた。
砂糖を薄くまとった焼き菓子と、果実を挟んだ小さなタルト。誰かが、今年はどこの果実が甘いのだったかしら、と笑いながら尋ね、別の令嬢が、それなら西の領地のものがよいと聞きましたわ、と答える。明るく、やわらかく、どこにも角のない会話だった。
その中でエリンは、ふと気づく。
気がつくと、息を浅くしなくても済んでいた。
誰かの隣に合わせて気配を置かなくても、自分の声の長さで話してよい。それだけのことが、思ったより胸を楽にした。
帰り際、皆が立ち上がって別れの挨拶を交わし始めたころ、テアがさりげなくエリンの近くへ来た。
「前から静かな方だとは思っていたけれど」
そう言って、テアは少しだけ笑う。
「今日は、その先が見えて面白かったわ」
「面白い、でしょうか」
「ええ」
言い切られて、エリンは返事に困った。
静かだとか落ち着いているとかなら言われたことがある。けれど、面白いと言われたのは初めてだった。
「きれいに話す方はいくらでもいるけれど、言葉が少しあとに残る人は少ないの」
テアはそう言って、まるでそれが当然の感想であるかのように肩をすくめた。
「またご一緒できるといいわね」
その言葉は、よくある社交辞令にも聞こえた。
けれど声の置き方に、少しだけ本気が混じっていた。
エリンは小さくうなずく。
「ええ」
それだけの返事だったのに、テアは満足そうに笑った。
帰りの馬車に乗り込んでから、エリンは窓の外へ目を向けた。
通りすぎる春の庭、石畳の上に伸びる影、家々の窓に残るやわらかな光。ただ、胸のどこかに、少しだけ明るいものが残っていた。
一人で立つというのは、思っていたほど空っぽではないのかもしれない。
誰かの代わりではなく、自分の言葉として受け取られた気がした。
馬車が角を曲がり、ソーンフィールド家の窓の明かりが見えなくなる。
エリンは膝の上で手を重ね、静かに息をついた。
まだ何かが始まったわけではない。
それでも、今日の午後は、自分の知らない扉がひとつ静かに開いたような気がした。




