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呼ばれた声の向こう  作者: サク


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6 一人で立つ

では、さらに削った六話の再圧縮版を出すね。



6話 式のあと


式が終わって数日もすると、花や祝辞の名残は驚くほどきれいに片づいた。


礼拝堂を満たしていた白い花も、客間を埋めていた贈り物も、それぞれあるべき場所へ収まり、ヘイスティングス家はまた、以前と変わらないような静けさを取り戻していった。

違っているのは、その静けさの中身だけだった。


朝の食卓で、クラリスはもう客人の席には座らない。

兄の隣、母に少し近い位置へ腰を下ろし、給仕の手が迷わずその前に止まるのを、エリンは最初の数日で見慣れた。見慣れたはずなのに、ときどきふと、その自然さに息が詰まることがある。


「クラリスさんも、もうすっかり馴染んでいる」


父のその一言に、クラリスは控えめに微笑んだ。


「まだ覚えることばかりです」


その返し方も、今の位置に馴染んで見えた。


母が穏やかに言う。


「でも、若い方だけでなく、ご年配の方にも自然にお声をかけられていたでしょう。あれは簡単なことではないのよ」


クラリスは少し照れたように目を伏せる。

そのやり取りを聞きながら、エリンは、母とクラリスのあいだにもう積み重ねがあることを感じていた。


「来週の茶会ですが」


給仕が一歩下がったのを見て、母が自然に話題を移した。


「年長の夫人方が多いから、最初の席はあなたが受けたほうがよいわ。若い方だけの席とは少し違うもの」


「はい」


クラリスは迷いなくうなずいた。

その横で兄が、あまり堅苦しくしすぎなくても大丈夫だよ、と笑う。すると母が、そういうものではないのよ、と静かに返した。


会話は滞りなく続いた。けれど、その話題はもう自分のものではないと、先にわかってしまう。


クラリスがそこへ出るのが自然であることは、エリンにもわかった。

わかることは、ときどき少しつらい。


朝食のあと、母はクラリスを伴って客間のほうへ向かった。

茶会に合わせた花の置き方を確認するらしい。残された食卓で、エリンは自分のカップの中の紅茶が少し冷めていることに気づいた。


そのときになって初めて、今日の話題のどこにも自分が入っていなかったことが、遅れて胸へ落ちてくる。


責められたわけでも、無視されたわけでもない。

ただ、話が自分を必要としていなかった。

それだけのことなのに、足元の敷物が少しずつ薄くなるような気がした。


午後になって、母がエリンを呼び止めた。


「あなたにも案内が届いているでしょう」


「案内、ですか」


「ソーンフィールド家の若い方たちの集まりよ。来週。クラリスさんが夫人方の茶会へ出るなら、あなたはあなたで、そろそろ一人で顔を出していったほうがよろしいわ」


エリンは一瞬だけ言葉を失った。


数日前、たしかに淡い色の封書が自室へ届いていた。これまでならクラリスと前後して出ることの多かった席だった。


「一人で、ですか」


そう口にすると、母は少しだけ不思議そうな顔をした。


「もちろんよ。いつまでも誰かと一緒というわけにはいかないでしょう」


責める調子ではなかった。

むしろ、年頃の娘に当然向ける種類の言葉だった。


「あなたももう、きちんと一人で立つ場を持たなければ」


その通りだと思う。

思うからこそ、エリンはすぐには返事ができなかった。


クラリスが夫人たちの会へ移る。

そのぶん、自分は令嬢の会へ一人で出る。

誰の立場も間違っていない。けれど、もともと一緒に並んでいた人が別の線へ移り、自分だけが残された側へ立つのだと、そうはっきり言葉にされると、胸の奥が少しだけ冷えた。


母はそんなエリンの沈黙を深くは読まず、続けた。


「あなたなら大丈夫よ。必要なところでは、きちんと話せるもの」


それは励ましだったのだろう。

エリンも、はい、と素直に答えた。


ただ、その言葉には、これまでクラリスと二人でいた時間の名残がひとつもなかった。


部屋へ戻ってから、机の上の封書を開き直す。

薄いクリーム色の紙には、日時と場所が整った文字で記されている。ソーンフィールド家の令嬢が主催する、小規模な春の集まりだった。


以前なら、こういう案内を手に取ると、まずクラリスのところへ持って行っただろう。

誰が来るのか、どんな装いがよいか、小さく相談してから当日を迎えるのが前提になっていた。


エリンは封書を閉じ、しばらく指先で縁をなぞった。

今はもう、その前提がない。


窓の外では、庭師が剪定した枝をまとめている。春の庭は美しく整いつつあって、来客を迎えるにはちょうどよい頃合いだった。


その整い方の中で、エリンはようやく気づいた。

自分が一人になるのは、追い出されるからではない。ただ、もう別の場所へ立つ番なのだと、そう告げられているようだった。


その夜、エリンはクローゼットを開けた。

どのドレスならあの席にちょうどよいだろうと考え、布を撫でていると、不思議と少しだけ気持ちが落ち着いた。


不安ではないわけではない。

けれど、立たずに済む理由も、もうなかった。

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