11 もう、渡さない
クラリスに呼び止められたのは、茶会の翌日の夕方だった。
窓から差す光が長く廊下へ伸びていて、藤色のドレスの裾にその名残が淡く移っている。髪には小さな真珠の飾りがそのまま残っていた。きちんと整っているのに、どこかだけ少し落ち着かない。エリンは、そういう違いに気づいてしまう自分を、もう責めなくなっていた。
「エリン、少しいいかしら」
「はい、お義姉さま」
その呼び方に、クラリスの目がほんのわずかに揺れた。
けれどクラリスは何も言わず、少し考えるように指先を組んだ。
「昨日のお茶会ね、皆さま楽しそうではいらしたの。けれど、どうしてか……何か足りなかった気がして」
エリンは黙って続きを待った。
「ご年配の方も若い方も、あれほどよくお話しくださったのだから、悪くはなかったのだと思うわ。それなのに、あとから思い返すと、どこか薄かったような……。わたくし、少し考えすぎなのかしら」
昔なら、そこで終わらなかった。
誰が最初に口火を切ったか、どの話題で場がほどけたか、どこで流れが散ったか。そういうことを一緒にたどって、クラリスが求める輪郭へ言葉を与えただろう。
今はしない。
エリンは静かに微笑んだ。角の立たない、きれいに整えた微笑みだった。
「とてもよいお席だったのだと思います、お義姉さま」
クラリスが目を上げる。
「そうかしら」
「ええ。昨日はずいぶん幅広い方々がお言葉をかけていらしたでしょう。ご年配の方まで、あれほど自然にお義姉さまへ親しくお話しなさるのは、なかなかできることではありませんわ」
クラリスは少し黙った。
重ねていた指先がわずかにほどけ、すぐにまた静かに重なる。わかっているでしょう、と言いかけて、そのまま飲み込んだように見えた。
エリンは続ける。
「若い方だけでなく、年代の違う方にまであたたかく迎えられるのは、お義姉さまのお人柄あってこそだと思います。皆さま、お義姉さまと過ごす時間を心地よく思っていらしたのではありませんか」
どこも間違っていない返事だった。
事実でもある。実際、昨日の茶会でクラリスは何人もの客から親しげに声をかけられていたし、その様子は見事だった。
けれど、クラリスが聞きたかったのはそこではない。
その沈黙を、エリンは正確に知っていた。
「……そうね」
ようやくクラリスが言う。
笑みはやわらかいままだったが、その奥に薄い戸惑いが残っている。
「そう言ってもらえるなら、よかったわ」
「はい」
エリンも穏やかにうなずく。
それで会話は終わった。
礼を欠かさず、角も立てず、きれいに閉じたやり取りだったと思う。
昔なら、ここで終わらなかった。
クラリスはまだ何か言いたそうにしていたが、結局そのまま唇を閉じた。
エリンもまた、そこから先へ手を伸ばすつもりはなかった。
「失礼します、お義姉さま」
軽く一礼して廊下を離れる。
背中に残る視線を感じても、振り返らない。
あのころなら、呼び止められればすぐ隣へ戻っていけた。
今は違う。
違うまま歩いていけることを、エリンはもう知っていた。




