121話 絶死のラグナ①
大海の主、モササウルスを撃退した後、溺れて気絶していたシウランは甲板の上で目を覚ました。
真昼の陽射しが眩かった。
隣ではライエルが白目を剥いて未だに失神している。
シウランが周りを見渡す。
クロエとルァしか姿がなかった。
船はまだ止まっている。
まだ海で気を失ってから時間が経っていないことがわかる。
相棒のルァに尋ねる。
「他のみんなは?」
「もう昼食の準備を始めているわ。私達は気絶していた貴方たちの介抱をしていたけどね。どこか具合が悪いところある?」
するとシウランの腹部が空腹の音を鳴らす。
「腹が減った……。けど口の中が海水でしょっぺーから、あっさりしたモノ食いたい」
シウランのリクエストにルァもクロエも苦笑いする。
そして未だに目を覚まさないライエルの身体をクロエは肩に抱えて、嘆息する。
「ライエルも大丈夫だと思うけど、せめて船内のベッドで寝かせてあげましょう。今回の陰のMVPなんだから……」
確かにライエルが海面であれだけ派手にもがいてくれなければ、モササウルスは狙ってこなかっただろう。
もっとも当人であるライエルは溺れて足掻いていただけなのだが……。
四人で船室に入ると、シウランは違和感を覚えた。
まるで魔法の結界の中に入ったような感覚。
すぐに傍にいるルァに顔を向ける。
ルァも頷く。
「空間錬成……、違うわね。結界の精度が弱いわ。出入り自由な点を見ると、縛りは甘いわね……」
シウランが室内の魔力探知をする。
「けど魔力の循環はできてるぜ。モササウルスの次は海賊か?」
クロエも敵の気配を察知したのか、鋭い目つきで室内を見渡す。
「殺意がみなぎってるわね。微量だけど、針のような殺気……。気の達人でも無ければ見逃してしまうわ」
シウラン、ルァ、クロエは臨戦態勢を咄嗟にとり、船室の周囲を注意深く観察する。
イズモとデーヴァが昼食の配膳を行なっており、テーブルの席にはクロエの弟、ジャックがいた。
全員無事だ。
一見すると、異変はない。
侵入者に襲われた形跡もない。
それどころか侵入された痕跡すら見つからなかった。
ルァが流れていく魔力を注意深く観察して、警鐘を鳴らす。
「多分この結界は気配を殺すためのものね……」
シウランとクロエはその言葉に頷く。
「船室の奥で眠ってるネムが気がかりだ。様子を見ていく」
ルァは嘆息する。
「せめて水着から着替える時間くらい欲しかったわね。こんな格好で襲ってくるなんていい趣味してるわ」
半裸のライエルをソファに寝かせて、クロエは槍を握る。
「多分、モササウルス退治の隙に侵入を許したわね……。ということはあのモササウルスも侵入者の仕業のようね」
三人の緊張した空気とは逆に、敵の存在に気づいていないイズモやデーヴァ達はいつも通りの昼食の準備をしていた。
ジャックに至っては医学本の読書をしていた。
しかし三人の異変に勘の鋭いイズモが気付く。
「どうした? 三人とも、まだ水着のままでおっかねー顔しやがって?」
クロエが敵の存在を知らせようと皆に警告しようとした時、異変が起きた。
なんと操舵室からもデーヴァが現れたのだ。
イズモの隣で料理の配膳をしているデーヴァ。
ここにデーヴァが二人いる。
あまりに不可思議なことに皆が驚愕してしまった。
しかし、二人のデーヴァは二人ともキョトンとした無表情で首を傾げる。
どちらかが偽物のデーヴァだ。
しかし、あまりの事象に皆が言葉を出せずにいた。
その硬直した一瞬の隙にイズモの隣にいたデーヴァがニヤリと笑みを浮かべて、イズモの背中にナイフを突き刺す。
鮮血が宙を舞い、返り血を浴びながら笑うデーヴァが宣告する。
「ギャハハ! 能天気な野朗共だ!! 俺は刻の刃の一人、絶死のラグナだ! ルーファウスからは赤毛のメスガキは絶対殺せと言われたが、ここで皆殺しにしてやるよ!! ビチグソ共が!!!」
そしてイズモに止めをさそうと、イズモの首を切り裂こうとナイフの刃が光る。
しかし、瞬時に紅い閃光が走った。
ナイフはシウランの腕に突き刺さり、偽のデーヴァであるラグナの動きを止める。
その刹那、すかさず奥義『雷輪』を繰り出そうと、シウランは渾身の高速上段回し蹴りを仕掛ける。
しかしそれは空を切った。
あっという間に、偽のデーヴァが跡形もなく消え去ったのだ。
背中に怪我に呻くイズモに、ルァが駆け寄り複体修術で治療する。
そして相棒のシウランに警告する。
「あの海賊の能力は変化ね。今もこの室内の何かに化けているわよ……。厄介な相手ね」
「やれやれ破廉恥な海賊野郎だぜ。水着から着替えさせてもくれねーのかよ。スケベな海賊め、風邪ひいちまうぜ、ライエルなんて濡れたステテコパンツ一丁で寝込んでるんだぞ」
シウランが肩を上げて、勘弁しろよと言わんばかりの表情を浮かべる。
すると無表情のデーヴァがいつも通りの無機質な回答をされる。
「船室の室温は気温24度。適切な温度と湿度を保っています。船内も荒らされている形跡はありません。航行に問題ありません」
その言葉に、シウランは胸を撫で下ろす。
あ、本物だ。
あの血塗れのデーヴァは正直ビビったぜ。
デーヴァの姿と声で乱暴な言葉使いは心臓に悪いぜ……。
怯える弟のジャックを守るように、クロエは槍を振りかざす。
「どこに潜んでいるかわからないなんて面倒ね。ちょっとひと暴れしてもいいかしら?」
その言葉にルァに治療を受けているイズモが反対する。
「……勘弁してくれ。精密な魔法船なんだぞ。壊されたら誰が修理するんだよ……。それに仮にそれをやったら相手の思う壺だ。ガラクタまみれの室内の方が相手に有利で、こっちに不利だ。とにかく注意深く観察するしかねぇ……」
シウランは腕の傷をすぐに複体修術で塞ぎ、その腕をぐるぐる回してから、腕組みする。
「ルァ、結界の範囲はわかるか?」
「多分この室内限定よ。さっきと変わらず、出入り自由よ」
「最悪、奥の船室にいるネムに危害を加えられないか……。けど、船を人質って相変わらずやり口が汚ねぇ連中だ。海を泳いで逃げるわけにもいかねぇしな……」
シウランがそう嘆息混じりに嘆いた。
淀んだ空気と閉塞感が場を支配していた。
迫りくる殺意が今もシウラン達に迫ろうとしているのだ。
姿のない、見えざる敵。
シウランの相性としては最も厄介な存在である。




