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122話 絶死のラグナ②


 船室は静寂に支配されていた。


 水を打ったかのように静まり返っていた。

 

 見えざる殺意の塊、刺客ラグナの奇襲から半刻が過ぎていた。

 非戦闘員のイズモやデーヴァ、ジャック、気絶してるライエルを守る陣形で相変わらず水着姿のシウラン、ルァ、クロエが室内を注意深く観察している。

 三人とも船内の違和感を感じ取るために必死であった。

 いつ襲ってくるかもしれない見えざる敵への緊張にルァが冷や汗を垂らす。

「スケベ野郎の狙いは持久戦? 神経が擦り減っちゃうわよ……」

 クロエが静かに首を振る。

 クロエの顎から滴る汗が床に落ちた時、それは襲ってきた。


 テーブルに置かれた昼食が形状を変え、鉄の矢となって、シウランの首先に迫ってきた。

 

 肉薄寸前でシウランはその矢の節を瞬時に掴む。

 その矢の先端は禍々しい色に塗られていた。

 三人とも、明らかにそれが毒矢だと理解できた。

 どうみてもシウランを狙っていることも把握できた。

 シウランが肩を竦める。

「熱狂的なファンが多くて困るぜ……。俺が魅力的なのはわかるけど、お触りは厳禁だぜ」

 ルァが嘆息する。

「単に海賊に恨まれてるだけじゃないの……」

 そこで何か閃いたかのように、クロエの頭の上の耳がピンとなる。

「確か出入りは自由なのよね? 空気が悪いわ。ちょっと甲板に行って外の空気を吸うわ」

 クロエがそう二人に告げた。

 場を離れて、外へのドアを開けるためにドアノブを回す。


 瞬時にドアノブの形状が変化した。

 まるで猛獣の顎のような禍々しい物体が、突然クロエの喉元を食い千切ろうとする。


 だがクロエに恐怖はなかった。

 その迫りくる顎にクロエは不敵な笑みを浮かべてみせた。

 その大きな顎の塊は水の鎖で瞬時に縛られてしまう。


 ルァの水魔法で拘束されたのだ。

 すかさずシウランがそれを両手で掴む。

 三人が仕掛けた罠に敵が引っかかったのだ。


 シウランがニヤリと笑みを浮かべる。

「呆気ねー野郎だな。ルァ、コイツどーする?」

 ルァは親指で首先を切るジェスチャーを見せて、指示する。

「遠慮することないわ! バラバラに引きちぎっちゃいなさい!」

「アイアイサー。あばよ、スケベ野朗!」

 シウランが両腕に渾身の力を込め、それを掴む千切ろうとした。


 刹那、両手に激痛が走る。

 ルァの水の鎖によって拘束されていたはずの顎が、刹那に鋭利な刃先となってシウランの両の手のひらに、深く突き刺さっていた。

 そしてすぐに液状に変化し、素早く船内の床に一体化し、船室に潜む。

 シウランは深く抉られた血塗れの両手を呆然と眺めた。

 滴る血液の音と手のひらの激痛に感情が爆発する。

 そして、シウランの心の中で何かが切れる音が響いた。


 ……ブチ殺す……!!


「ルァ、前に死にかけた例の魔法の実験するぞ!」

「本気?! えっと、二重結界の自信ないんだけど……!?」

「コイツだけは遠慮することねー。やっちまう! いや殺るぞ!!」

「どーなっても知らないわよ……」


 すぐにルァは長い詠唱を始める。

 クロエはその行為を疑問に思った。

 ルァは無詠唱で魔法を行使できるはずだ。

 何故わざわざ詠唱をするのか。

 しかもよく見ると魔法の触媒らしきハーブも用意している。

 しかし船内で威力の強い攻撃魔法を使用するとは考え辛い。

 いったい何をしようとしているのか。


 クロエが疑問に耽けているとシウランから注意される。

「今からルァと俺を中心に結界陣を発動させる。死にたくないなら、皆んな俺たちの背中に退避してくれ。気絶してるライエルも忘れるなよ」

 猛るシウランの剣幕に、クロエやイズモ達は急いで身を隠す。


 いったい何をしようというのか?


 ルァが汗まみれになりながら、頷く。

「シウラン、結界の発動させたわよ! 出でよ、『水球』!」


 シウラン達の眼前にはルァの水魔法で形成された水の塊が浮かんでいた。

 咄嗟にシウランは全身に赤い光をほと走らせる。

 その閃光の眩さは、熱ささえ伝わっていった。

 そして雷光の光の射線をルァの水球にぶつける。


 ルァの水球は紅い閃光を放ちながら、周囲に雷の欠片を放射させた。


 するとルァの青い水球が忽ち黄色へと変色していき、琥珀色に変容していく。

 そして瞬く間に、眼前の水球から黄緑色の濃霧が発生していった。

 たちまち船室を不気味な色の霧が支配する。


 突然、クロエ達は強い刺激臭を感じた。

 今まで感じたこともない悪臭だ。

 臭いのせいか、目が染みて、涙が出そうだった。

 それに息苦しさも感じた。

 いったい何が起きているのか。

 クロエ達は知らなかった。

 ルァとシウランの恐るべき、混合魔法の正体を。

 

 室内に充満していた黄緑色の濃霧の正体は1000PPMの塩素ガスであった。

 ルァが形成したのはただの水球ではない。

 その中身は海水であった。

 そこへ高電圧のシウランの雷魔法が放たれたのだ。


 そこで化学反応が発生した。

 海水には塩化ナトリウムを多く含んでおり、そこにシウランの雷の電流が加わったことにより、電気分解という化学反応が起こった。

 高濃度の塩素がガスとなって発生してしまったのだ。


 塩素ガス、しかもシウラン達の発生させたものは極めて危険である。

 重度の呼吸障害、吸った瞬間に肺が溶け、意識喪失を引き起こす。

 さらにシウランはその危険な濃霧から身を守るための精密な防護結界と船室から敵を逃がさないための拘束結界を二重に張り巡らせたのだ。


 決して混ぜてはならない混合魔術を行使したシウランは呟く。

「テメーは俺を怒らせた……!」


 無論、絶死のラグナの命は無かった。

 朦朧とする意識の中、なんとか生き延びようと船内を這いつくばりながら、脱出しようとしたが、ルァの形成した拘束結界の前に力尽きる。

 窒息状態で呻き声すら出せずに、呆気なく絶命したのだ。

 


 防御結界に守られながら、急いで室外の甲板に退避したシウラン達。

 すぐに大換気を行って船内の空気を洗浄した。

 船内を汚されたことにあのデーヴァが激しく激怒する。

 危険な魔法の巻き添えで危うく命を失いかけたクロエやイズモ達からも、二度と使うなと長い説教をくらったシウランとルァであった。


 罰として航海中、暫く水着姿でいるように命じられた二人、そして最後までライエルは目を覚まさなかった。

 ライエルが目覚めたのは数日後である。


 二人が説教されている傍で、塩素で身体が溶けかけている刺客ラグナの骸を見て、やり過ぎたと心の底から反省したシウランであった。


 シウラン達は知らない。


 海上に投げ捨てられ、海原に漂う絶死のラグナの哀れな遺骸を回収した時のルーファウス達の怒りと嘆きを。


 また大切な仲間を失った燕の海賊達は固く復讐を誓うのであった。


 そしてシウラン達は海賊達の激しい怨嗟を浴びながらも、今日も航海を続ける。


 本日も天気晴朗なれど、波高し。


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