119話 忌み子
長い夜が明け、朝日は水平線から顔を見せようとする。
幾重もの光が射す海。
シウラン達の乗るシャイン号もその眩いスポットライトに当てられた。
少し早い朝食の時間、食卓のテーブルへ、イズモは皆に焼いた鶏の卵に羊のベーコンを乗せたパンを順に並べていく。
ルァは眠そうにしながら、ハーブティーのカップを傾けた。
ライエルは料理の片付けをしている。
デーヴァは船の操舵を自動航行に切り替えて、テーブルに座った。
シウランは椅子の背に身体を預けて爆睡している。
ゲストであるクロエとその弟、ジャックも着席しようとしていた。
料理を並べるイズモがジャックの顔を見ると、途端に不機嫌そうな顔になり、忌々しくジャックの前に皿を音を立てて叩きつける。
そして睨みつけた。
ジャックの前には腐りかけのフグの煮干しが置かれた。
イズモはそれを食事用ナイフで突き刺し、啖呵を切る。
「ほら、狐付き。喜んで食え、お前にお似合いだ」
皿の音に目が覚めたシウランは異様な食卓の様子に気づく。
あのマナーに煩いイズモが何でゲストであるクロエの弟に無礼な対応をしているのが、シウランは驚きを隠せなかった。
それどころかドン引きしていた。
すぐにシウランは抗議しようとしたが、周囲の雰囲気がおかしい。
デーヴァの無表情はいつも通りだが、誰もイズモを咎めようとしない。
姉のクロエさえ、小さく溜息を吐くだけだった。
ジャックが悲しそうに俯いている。
シウランは小声で隣に座るルァに疑問を投げかける。
「……イズモの奴どうしたんだ……? ……流石にクロエの弟に腐ったフグはねーだろ……?」
ルァも向かいに座るジャックをまるで虫ケラを見るような目で蔑んでいた。
「あれは忌み子なのよ、悪魔の生まれ変わりよ。当然だわ」
その言葉にシウランはますます訳がわからなくなる。
「転生って奴だろ? 前にも聞いたけど、皆んなの当たりが酷くねーか? そこまですることか?」
ルァは嘆息して、シウランに説明する。
「忌み子は生まれた時に、本来の赤ん坊の魂を殺してなりすましているのよ。過去に成人した忌み子が色んな災厄をもたらしてきたわ。貴方、本当にそういう歴史とか常識の勉強してこなかったのね……。正直、私は一緒の部屋にいるだけで怖気が走るわ……」
窓辺から朝日の光が射す。
外からは渡り鳥の鳴き声が聞こえた。
素敵な朝のはずなのに、雰囲気は最悪だ。
いてもたってもいられなくなったシウランは朝食のパンを持ち、空いた片方の手でジャックの腕を引っ張る。
外へ連れ出して、綺麗な朝日を眺めながら、自分の朝食を分け与えるつもりだった。
しかし、ジャックは酷く怯え、次はどんな仕打ちをされるのか、ストレス発散のサンドバッグにされるのだと思い、顔は青ざめていた。
姉のクロエからこの船、一番の危険人物はシウランと聞かされてたからだ。
抵抗しようにも肩が外れそうなもの凄い腕力で外の看板まで引っ張られた。
それを横目に姉のクロエはクスリと笑っていた。
「どうだ、潮風に当たりながら食べるメシは最高だろ!」
シウランは無邪気に笑う。
ジャックは怯えながらも、申し訳なさそうに卵とベーコン入りのパンを囓る。
ジャックの両手にあるものはシウランの分の朝食だ。
ジャックはわからなかった。
何故、蔑まれる存在であるはずの自分に屈託ない笑顔で大切な食事を分けてくれたのか。
それはシウランが世間に疎い馬鹿だからである。
シウランが裏表ない心の持ち主だからである。
ただシウランが純心で、虐げられる存在をほっとけない性格だからである。
ただそれだけなのだ。
だが今まで自分の存在を否定されてきたジャックには、シウランの笑顔が朝日よりも眩しく見えた。
自然と頬に涙が伝う。
ジャックは泣きながらパンを食べた。
初めて料理が美味いと感じた。
そんなジャックを見て、シウランは背中を叩きながら、笑顔で話しかける。
「今はクロエと同じ獣族だけど、生まれる前はどうだったんだよ? ルァに聞いたら笑いながら女、子供を殺っちまうヤベーヤツとか聞いたけど、どうなんだよ? 俺にはお前がそんなことするようには見えねぇな!」
ジャックは嗚咽しながら答えた。
「ぼ、僕はただの歯医者です……。忌み子に色んな人達がいるのは知っています。ひ、引きこもりだったり、無職だったり……。……恋人ができなかったのは事実ですけど……」
シウランはジャックの震える手を握る。
「俺だって恋の一つも知らねーぜ! お前とおんなじさ!」
シウランの強い意志を持つ、青い瞳の熱量にジャックの凍てついた心が溶けていく。
「こんな僕でも生きてていいんですか!?」
シウランがまたジャックの震える背中を力強く叩く。
「たりめーだろ! 好きで転生してきたわけじゃねーんだろ? 俺なんて孤児の生まれだ。両親も知らねー。けど今まで自分の生き方を間違ってるなんて思っちゃいねーぜ! 生まれや育ちなんて、人間関係ねーんだ」
その言葉にジャックは魂を揺さぶられた。
勇気が生まれた。
そして心の内に隠していた秘密をシウランに打ち明ける。
「実は前世ではウマ耳の女の子……。と言っても二次元、この世界だと絵ですか。ウ☆娘のトウOカイテOオーを愛してまして、どうしても現実の女性じゃ恋愛対象にならなくて……。今でもその愛を貫いてます!」
この世界において絵画は宗教色が強いものや、貴族の好事家が自画像を描くのが絵の主流だ。
当然、春画もない。
絵の中の人物を恋愛対象だとカミングアウトすることは正に異端である。
当然シウランもドン引きしていた。
ジャックの特殊性癖に身の危険を本能で察知する。
「わ、悪い……。ちょっと手を離してくれねーか……。しゅ、趣味は人それぞれだよな……。」
ジャックの突然のカミングアウトにシウランは動揺する。
何とか話題を逸そうと海辺を眺める。
すると、飛び魚が空を舞った。
それを追いかけるように、カマスが宙を飛んだ。
さらにそれを追いかけるように、シャチが空を跳ねた。
「見ろよ、ジャック。海じゃ生き物ががむしゃらに生きてんだ。こういう自然の理ってのが大切じゃねぇか?」
ジャックがシャチの宙返りを見つめ、頷こうとした時、海面から巨大な顎共に大波が発生する。
人の大きさほどある禍々しい牙が並んでおり、海面から現れた巨大な海竜は一瞬でシャチを丸呑みにし、シャチは血飛沫を舞ってその姿を消した。
ジャックは堪らず腰を抜かした。
その巨大な海竜はシャイン号どころか、帆船すら食い破りそうであった。
ジャックはチラリと横目でシウランを見ると、シウランも危険を察して、叫び声を上げる。
「緊急事態だ! モササウルスが出やがった! 皆んな甲板に来てくれ!」
大海の主、モササウルスの出現。
今日もシウランの船旅は波瀾万丈だ。




