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118話 三日月の夜空に

 

 満天の夜空の星々、天気良好なれど波高し。


 揺れる船内の船室からシウラン、ルァ、デーヴァ、ライエルがクロエに外のデッキへと呼び出される。

 除け者のイズモは皿洗いを命じられ、舌打ちしながら従った。

 甲板から夜空の三日月を見上げるクロエは険しい顔をしていた。

 沈黙が場を支配し、シウランは嫌な予感がした。

 

 わかるぞ、このプレッシャー。

 これは叱られるか、しばかれるかのどっちかだな。


 昼間、散々人間椅子でクロエにいたぶられたルァは治した腰椎の痛みを思い出し、身震いした。

 ライエルも心当たりがあるのか、冷や汗を掻いていた。

 デーヴァだけが暗い海面の潮の流れを呆然と見ていた。

 クロエは深く溜息をついて、暫し逡巡した後、シウランに問いただす。

「さてと……。色々聞きたいことと教えられることがあるわ。まずはシウラン、貴方のこの魔法船の正体知ってる?」

 そんなこと突然言われても答えられない、と言った顔をして、隣にいるルァ横腹を肘で突く。

 代わりに渋々ルァが答えた。

「ニュークの港で例のサイコパス賢者の奴から掻っ払ったわ。何なのよ、シュナって奴は、しつこい上に陰険なんだけど」

 ルァの訴えに、クロエは盗っ人猛々しいと唖然としながらも答える。

「つまりは盗品ね……。まぁ事前に調べてきたから知ってるけど、貴方達が何もわかってないことがよくわかったわ。世界の三賢人の一人から強奪しといてその態度は勲章ものよ」

 シウランが照れ臭そうに笑う。

「よせよ、勲章なんて、大したことはしてねーよ」

 その発言のシウランの頭が残念なことと、これからする説明に理解が出来るか途轍もなく不安を覚えたクロエは深い溜息をつく。

「褒めてないわよ……。まずは星霜の賢者、シュナについてね。ベンガルの街、ニュークの港で混乱を巻き起こした男。彼は世界でたった三人しかいない賢者の一人。その中でも最も謎が深く、伝説や伝承の正体と言われているわ。まずはその年齢、見た目は青年でも、何千年生きたかもわからない……。遥か古代からその存在が言い伝えられてるわ。普通の人間じゃないわね」

 その言葉にライエルが驚きを隠せない。

「え、ハイエルフか、なんかなんですか!?」

 クロエが小さく首を横に振る。

「わからないわ……。少なくとも、現代で人が扱う魔法を伝承させ、体系化させたのはあのシュナよ。その功績で賢者の称号を得ているのだから……」

 それを聞いてシウランが唾を吐く。

「ジジイじゃねぇか。若作りしやがって、仙人なら山奥で引き篭もってろよ」

 クロエはシウランを窘める。

「状況が分かってないようね。つまり、あの男はこの世界で使用されてる魔法が全部使える。戦争で何千人の魔法士団が長い詠唱をして、発動出来る極大魔法を自在に操れるのよ。厄介な相手に目をつけられたわね。しかもあの男は今、燕の海賊のクライアントでもあるのよ。ライエル、以前、ニュークで一緒にルシア帝国兵団と遺跡の発掘を手伝ったらしいけど、詳しいことは聞いてる?」

 ライエルは気まずそうに答える。

「すいません、私は遺跡の探索依頼だけでしたので、このシャイン号を遺跡の奥で見つけたら、軍人さんから追い払われました。数日後にルシアの軍人から再捜索依頼を受けたんです。何があったんですか?」

 クロエは一瞬、間を置いて冷淡に答える。

「その賢者シュナと雇われた燕の海賊に、遺跡の採掘任務に当たっていたルシア帝国兵団千人が皆殺しにあったのよ。ライエルは運が良かったわね。そして遺跡から、この魔法船をルシア帝国軍から奪い去った……。そして奪い去ったのはそれだけじゃない、デーヴァ、貴方よ」

 クロエが射抜くようにキョトンとしたデーヴァを睨む。

「貴方もあの古代遺跡で眠っていた存在。そしてこの魔法船の操作の鍵となる者ね。帝国の敗残兵と燕の海賊の生き残りに尋問してわかったわ。貴方は人じゃない。彼等は言ってたわ、ナビゲーションロイドと……」

 クロエが糾弾するように無表情なデーヴァへ指先を突きつける。

 シウラン達は一瞬静まり返ったが、船の本体であるシャインが答える。

「申し訳ありません。私もデーヴァもシウラン達にナビゲーションロイドであることを説明したのですが、なにぶんこのクルーの方々はそれを理解してくれなかったのです。改めてご説明ありがとうございます、クロエ女史。シウラン、理解してくれましたか?」

 すでに指摘されていたことに、クロエは唖然とし、決めポーズまでしてしまったことに、顔を真っ赤に染める。

 そして肝心のシウランはすでに残念な頭を抱えていた。

「えっと、デーヴァがこのシャインと例の遺跡で一緒に見つかって、つまり賢者の野朗や海賊に狙われてたわけ、だよな……?」

 クロエが微妙そうな顔で頷く。

「ええ、そうよ……」

 途端にシウランは目を輝かせて、満面の笑顔でデーヴァを抱きしめる。

「何だよ、あの海賊連中、俺の逆恨みで狙ってきてるかと思ったのに、デーヴァを連れ去ろうとしたのか! 良かったぜ! もう遠慮することはねぇ、ルァ、思いっきり海賊共をぶちのめそう! 悪いのはアイツらだ! よし、皆んなでデーヴァを守るために心起きなく、ぶっとばそう!! 俺は悪くねぇ!」


 え、そういう問題?

 

 クロエは途端に周囲を見渡すが、ルァもライエルもやれやれと肩をすくめていた。

「今度は超級魔法で海賊船を沈めてやるわ」

「クロエさん、こういう人達なんですよ」


 デーヴァはシウランが何が嬉しいのか、全く理解できなかった。

 しかしシウランの抱きしめる力に強い意志を汲み取った。

 そして満面の笑顔に釣られて、表情を柔らかくし、共に笑みを浮かべる。

 そしてシウランに告げる。

「僕、シウランに快適な船旅をご案内しますね」


 クロエは一人頭を抱える。

「ニューク湾近郊に現れた海賊船八隻は、謎の光に包まれ、沈没。生存者は数名、死者及び行方不明者は何百人……。……恐ろしいわ、この子、全力で海賊の責任にさせてるわ……」


 三日月の月夜が輝き、その薄明かりシウランは眩い笑顔を浮かべていた。

 相棒のルァも笑っていた。

 デーヴァも笑っていた。

 ライエルも笑っていた。


 クロエだけは腑に落ちない、複雑な表情を顔に出していた。

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