深淵の離れ
離れを使っていいとの許しを得た。どんなところか、何をするの場所なのかは知らなかった。
私は僚を誘って行ってみた。いざ見てみると普通の部屋だった。和室に、布団が敷いてあり、人がすっぽり入れるほどの棚もある。
テレビもあった。最新のタイプだ。ただつけてみると番組は映らない。
テレビの下には引き出しにがあった。DVDとかが入っているのかと開けようとしたとき、駆けてくる足音が聞こえた。
咄嗟に僚を棚に隠した。
離れへ入ってきたのはおじい様だった。おじいさまが私の両腕を抑えつけて布団へ押し倒した。
興奮した獣のような息が顔に当たった。気持ち悪かった。
私の腰に手を掛けようとするとガタッと棚から音がした。
僚が音を立てたのだ。おじいさまが棚へ近づき、開く。
僚がおじいさまの顔を見上げていた。敵意を向きだした目で。
首を両手で掴まれ、締められ、うめく僚。
私はおじい様の足を蹴ったが、それは大木のように硬い。
おじい様の服の裾を掴んでも、離してと懇願しても僚を下ろさない。
このままでは僚が死んでしまう。必死でどうしようもなかった。
そんな時、離れに誰かが入ってきた。
頭が真っ白になり、次の瞬間には僚が下ろされ、解放されていた。
代わりにおじい様が倒れ、血を流していた。
その血の流れる先には、東次郎兄さまがいた。
赤く汚れた、木刀を持って。
------------------------------------------------------
銀音さんに連れられて道場を離れ、敷地内を歩く。
いつの間にか日が傾き、夕日が差していた。
「皆さんの所へ行きましょう、あの場は私でも捌き切れません」
「まさかあの連中、既に殺す気満々だったとはね、こんなピチピチの高校生にも容赦ないのは流石にライン越えだろ」
正確にはあのデスブリンガーが先走っただけで俺への襲撃が成功するかどうかは関係ない様子だったが。
荷物を置いた建物の前を通る。じっと見てくる守衛の視線が痛い。
本当に現代日本かよここ。
「お疲れ様です」
びしっと左手で敬礼のポーズをとる。すると敬礼を返してくれた。
通り過ぎた後に守衛二人の会話が聞こえてくる。
「お前、若干遅いぞ」
「え?そうかな?」
「声もしゃくれてんぞ」
「ええ?」
会話を聞いてなんかもう、一昔前にタイムスリップした気分だ。向埜家のこの建物群が和風すぎるのも相まって。現代基準の甘さが恋しい。
「で?どうします?リーダー」
銀音さんに振る。こんなところで相談するなと言われそうだが。
「リーダー…」
しかし意外にもフリーズしていたようだった。らしくない反応に俺の発言の中の迂闊要素を精査する。
リーダーってダメか?なんかダメか?
「銀音さん?」
「私はリーダーではありませんよ」
いつもの能面のような無表情で言う。だがその無表情は、目までは覆い隠せなかった。
寂しげな目、なにか遠くに求めているものがあるような、そんな眼差し。
「私には独自で与えられた任務があります、最優先順位が別にある私にはできない役割です」
「え、じゃあ自由に行動していいの?」
そう言うと銀音さんは目を細めて凄んできた。こわい。
「
私があなたに口出しするのはあなたの行動が危ういからです、常に慎重に、せめて陽太郎と一緒に行動してください」
「あ、アイアイサー」
身を縮めて了解の意を示す。まあ、そりゃそうですよね。
「しばらくは陽太郎と共に向埜蒐の指揮のもと動くといいでしょう」
「あら、意外と信頼してるんすね」
「強さに関しては陽太郎より上です、それにある程度は信頼してもいいと、共同戦線を張って少しだけ思いました」
だいぶ遠回りな言い回しだが…これはツンデレというやつでいいんだろうか?
デレてきてるんすね。会長の強引さがなせる業だろうか。
では、と日の落ちた夕闇の中へと消えていく銀音さん。
仕方ない、会長に指示を仰ぐとしよう。
------------------------------------------------------
なんか、向埜家のある一棟の2階に資料室があるらしい。どの棟だ?と迷ってるとある一棟の窓から
[玲瓏高校文学部御一行]と書かれた旗が雑に立て掛けて出ていた。
あれは、会長の趣味か。一目でわかっちゃう自分が怖い、慣れって怖い。
中に入って階段を上がっていく。すごい学校みたいな巨大施設だ。とても人の家とは思えない。
まあ資料室があるから特殊な使われ方をしているのだろうけど。
2階へ上がるとさっきの旗の部屋の前で会長が腕を組んで待ち構えていた。
「お、志木!剣術大会でも見に行っていたか」
「いえ、参加してました」
「ほう、その様子だと惨敗したようだな」
「負けすらさせてもらえませんでした、棄権、というかトラブルがありまして」
「トラブル?」
「以前戦ったデスブリンガーが襲ってきて、銀音さんに守られて何とか事なきを得たというか」
「なるほど、奴がな…」
いつになく真剣な面持ちで俺の話を聞く会長。やっぱり実家が敵組織と繋がっていると聞かされて冷静ではいられないのかも。
「根室はどうした?」
「まだ大会じゃないんですかね?」
「ではそろそろ帰ってくるか」
「で?今後の作戦はどうします?」
俺が振ると会長は迷いなく次の指示を言う。
「非魔導師の安全確保をする、とりあえず志木、お前は…」
言いかけたところで言葉を止めた。そして言い直す。
「お前は大月についていけ」
「大月に?」
話途中でちょんちょん、と後ろから誰かに肩をたたかれる。
振り向くと大月だった。
「ちょっと付き合って」
「え?何、便所かなんか?」
「もっと面白いもの」
俺のボケを一蹴し、どこかへ誘ってくる。なんだ?
俺は会長と話している途中なんだが。
「行ってこい、晩飯までには呼んでやる」
「会長がそう言うんなら…」
俺は力強く腕を引っ張る大月に身を任せる。
会長の指示を聞くと決めたからには仕方ない、だがなんだ?大月はいきなり…
------------------------------------------------------
資料室のある一棟から大月に連れ出され、俺は敷地の入り口から一番奥にある謎の建物の前へ来る。
高床の倉庫だが、それにしては他の建物より小綺麗にしてある。何か重要なものでもあるのだろうか。
「ここ」
「ここに一体何が?」
「これ」
指示代名詞のみのコミュニケーション、そして大月の掲げる古い本でなんとなく察する。
「そいつに何かこの建物の謎が書かれていたのか」
「書かれてないから暴きに来た、察しが悪い」
「すんまへん」
意気揚々と謎の建物へ入っていく大月。しかし何か変だ。
大月は普段は何をするにも気だるげでやる気のない女なはず。
心動かされるものがあるのだろうか?しかし何があるのかは分からないと言っていた。
未知とか謎とかに惹かれるのか?大月についてはその辺の思考も嗜好も読めない。
とりあえず俺も大月の後に続く。一応周りを見回して誰か見ていないかを確認した。
見つかったら会長にすべての責任を押し付ける心構えでいる。大月についていけって言ったんだ、何も間違ったことはしていない。
ワイワイと喧騒が聞こえる。剣術大会が終わったのか。
ならば早く入らねばと建物内から扉を閉めた。ただ完全に閉めてしまうと外からの音が完全に聞こえなくなってしまうのでちょいと開けておいた。
「…拍子抜け」
大月が呆れの声を漏らす。電気がついているが大丈夫か?
内装は確かにただのワンルームの部屋だ。畳の床にちゃぶ台、テレビ台の上の薄型テレビに畳まれた布団。
和で彩られているありふれたデザインは、大月の興味を削いだようだった。
「向埜家直系の人物しか入れない秘密の建物、こんなに狭くて何もない場所、なの?」
大月は棚を漁り、布団の中を漁り、何もないことを知ると明らかにテンションが落ち込んでいく。
テレビ台の下を漁り、落胆。両開きの長い棚へと向かう。
しかしテレビ台の下には何かありそうだが…
俺は少しのぞいてみた。エッチなビデオでした。
秘密の部屋の意味がまた変わってくるな。向埜家は意外と俗な家系なのか?
見た感じ、バラエティが豊富だ。でっかいものからちっちゃいものまで…
はっ!!ここには大月が居たんだ!とんだむっつりだと思われる!
ハッと振り返り大月を見る。
細長い両開きの棚を開いてずっとそこを見つめていた。なんだ?何がそこにある?
と、疑問に思っていると外から騒がしい男女の声が聞こえてきた。その声が大きくなっていく。
まずい!近づいてくる!
俺は咄嗟に大月の元へ駆けた、大月にも伝えなきゃと。駆け寄ったと同時に大月が俺の手を掴んだ。
「え?」
そのまま棚へと引きずり込まれる。両開きの戸が閉まり、隠れられる形にはなった。
しかし、大月に覆いかぶさる態勢になる。
隙間から僅かに差し込む光に頼るが、大月の整ったお顔が視界を占拠する。ちょっと思考が飛んだ。
そんなこと気にしている場合じゃねえと我に返り、部屋に上がり込んだ男女の様子をうかがう。
「んあ?電気ついてる?」
「蒐が来たのかもしれませんね」
「なんだあいつ、まだ諦めてなかったのか」
酔っぱらった様子の男、声には聞き覚えがある。が、なんだっけ?
見えないからわからない。
角度的に、あの、その、大月さんのことばかり見えます。吐息当たってます。
「全部バレバレだっていうのによく戻れたもんだな、あいつも、あの根室の息子もよぉ」
会長と根室の名前が出て察した。こいつ、会長の父親か。
向埜正憲、先ほどまでは威厳ある口調で話していたが…
「まあどうせ地下のあいつを見せりゃあやる気無くすだろうし、俺がビビる必要もねえな」
「ふふふ、そうでしょうね」
こんな俗、というか賊なしゃべり方になっているのは予想だにしなかった。由緒ある家系は内輪でも威厳ある口調であって欲しかった…
女性のほうは…母親か?
「うへへ、まあ早くしてくれや、のどか」
「あん、お父様、気がはやぁい」
微かな衣がずれる音が聞こえる。いや、あの、これ情事のあれでは?
ていうか、お父様!?
外で起こっているであろうことに衝撃を受ける。
抑えられず、ゴトッと扉をかかとで蹴ってしまった。
大月があ、と声がしそうな口を開く。
「ん?」
「あら?」
部屋の二人は当然ながら不審がっているようだった。
まずい!今すぐ脱出を!しかしどうやって?
すぐさま謝るか?気まずくなるがそれで済むならそれでいいんだが…
聞いちゃいけない会話を聞いた気がするしそれで済まないんだろうなぁ
だとすれば覚悟を決めるしかない。何とか大月だけでも逃がして切り抜ける。
杖も持っていない状態でできることはたかが知れているが…
向かってくる足音がダイレクトにこの棚へ響いてくる。
準備はオーケー、さあ行くぞ!と決心すると同時に、振り回された。
「え!?」
正確には棚の奥の壁が裏返った、忍者屋敷の仕掛けみたいに。
そしてスイングされた勢いで何かにぶつかり、外へ投げ出された。
「うごふ!?」
何かを下敷きに地面へ落ちる。そして大月を正面から受け止めた。
地面の砂利に激突しなかったことに気が付き、その何かに感謝する。
「け、ケガはないか?」
「う、うん」
なんとも気まずい体勢だったから、大月は飛び退き立ち上がる。
俺も立ち上がり、俺たちを受け止めた何かを見る。
その何かは、謎の木製人形だった。のっぺらぼうで等身大のものだ。
多分仕掛けのあった棚の裏にあったんだが、用途がわからない。
投げ出された箇所を見る。パカッと開いた扉が開いているが、ゆっくりと閉じていく。
だいぶ都合のいいものだった。あれが勢いよくバタンと閉まっていたならバレていただろう。
というか、今の時点でバレてないかどうかはわからない。バレてないよな?
中から出てこないということはバレてないんだろう。よし。
安堵していると大月が歩き出し、別の建物へ向かい始めた。
「どこへ行くんだ?」
「戻る、なんにもないみたいだから」
そう言って、スタコラサッサと速足で去っていった。
大月の姿が見えなくなって、俺は人形を見る。
そして思い出す。そういえば大月の護衛してやらないと、と。
「大月待ったぁ!」
走りだすと同時に何かが飛翔し、風を切る音がした。
見上げれば謎の影、それが銀音さんだと理解するのには2秒ぐらいかかったか。俺の横の地面に着地する。
「銀音さん!」
「大月さんは大丈夫ですよ、使い魔に見張らせています」
見張らせている、で大丈夫なのだろうか?そんな気休めみたいなやり方は不安だと思うが…
「やっぱ俺、大月についた方が良さそうっすね、人の手のほうが確実だし」
俺は大月の後を追うことにした、が、銀音さんが服の裾を掴んできた。
「銀音さん?」
「大月さんは大丈夫、と言ったはずですが?」
なぜ俺を引き留めるのだろうか?考えた結果、一つの結論が出た。
「なるほど、大月に嫉妬か銀音さん」
「は?」
俺が大月を気に掛けるせいで知らないうちに嫉妬の炎を燃やしてしまったんだな、わかるわかる。
「安心してよ、俺は銀音さん一筋だからさ!」
サムズアップとウィンクで誠意を示す。すると、銀音さんは親指を握ってきた。
結婚指輪かな?でもそれは薬指につけるものだよ銀音さん。
「あまり調子に乗らないことですね」
「ま、まって、ギブギブ!ごめんなさい!」
俺が懇願し、銀音さんは手を放してくれた。
危うく親指が反対側に曲げられるところだった、あー怖い。
ゴミを見るような目で俺を一瞥した後、銀音さんは人形のもとへ歩み寄る。
「ゴーレム、ですね」
「ゴーレム?」
「使役系の魔術で動かす物体の総称です、言うなれば、自立した杖でしょうか」
自立した杖、それがこの人形、つまり…
「兵器、なんですか?」
「そうとも限りません、重要な情報を残すための媒体という可能性もあります、人型なら尚更です」
「人型ならって、これのどこに情報が?口もついてないのに」
形が重要な魔術において人型は情報媒体としてどこに残すか。俺が思いつくのは口だ。人形はしゃべることで情報を授けることができる、と思う。もしやそうではないのか?
「口をつければ問題ないはずです」
そう言って銀音さんは人形に触れた。触れた先から黒い光が人形へ流れ込んでいく。
すると、のっぺらぼうだった木肌に線が刻まれ、開く。顔だ、ぎょっとした青い瞳の目玉と四角い口が浮かび上がり、ひとりでに立ち上がる。
「うおうおうお、これは誰かにわたくしがやられましたな」
そしてしゃべり始めた。老人のような声だ。
「あなたは何者ですか?」
「よよ、わたくしはこの向埜家の主、正憲の兄である雅嗣でございます」
正憲、会長の父親か。剣術大会の時の悪印象がフラッシュバックする。
「ということは、これはエコーですね」
「エコー?あー」
なんか習ったな、魔導師の死後に発動する魔導を総じてエコーと呼ぶとかなんとか。
「対話可能な遺言の魔術ですね、さも生きている人間のように会話が通じるはずです」
「ああ、あなたらに伝えたいことがいくらかあるんだ、聞いてくれないか?」
雅嗣人形は焦るような口調で俺たちに頼み込んでくる。
「私たちを何者と心得て言っているのですか?」
「んんんそりゃあ、あなたらは向埜家ではないだろう?部外者であるのなら、この秘密を口外してほしいんだ」
秘密、向埜家はとてもいやーな家ではあるが、それ以上に秘密があるのか。
「話してください、秘密とは?」
「ううう、さすがに時間が無くなってきたかもしれない、巻で行かせていただく」
「尚更、早く話してください」
「おおおお、ではまず、この敷地の母屋の地下に隠された兵器があること、そしてそれが起動するに際して裏で対策している者がいること、それにわたくしのむす…あ!」
前のめりになって話していた人形が、急にピンと背筋がまっすぐに伸びる。
「どうしました?」
「…浩司を、よろしくお願いします」
そう言って人形はバタリと倒れた。
「え、なんで?」
「術式の寿命ですね、相当前に用意されていたようですが…」
銀音さんはもう一度人形に触れて魔力を流し込むが、反応なし。
「重要な情報元は断たれましたか、仕方ありません、この情報を元にこの敷地を探ってみようと思います」
「お、じゃあ、俺もなんか手伝う?」
「あなたは引き続き、向埜蒐の指示に従っていてください」
俺は活動内容の変化に少しわくわくしたが、銀音さんに諫められて拍子抜けしてしまった。
正直デスブリンガーに不意打ちしかけられてから俺はイライラしていたから発散できる機会をうかがっていたんだけど、いやしかし、俺は引き続き大月を守ることが重要だ。
「りょ、了解でございやす!」
苦みを受け入れる覚悟で返事をした。
自分の感情を排せ、これは俺だけの問題じゃないんだ。
会長の発想も中々ひどいものだが、俺も乗ってしまった以上やるしかないんだ。
覚悟して俺は会長の元へ戻ることにした。




