決別の夜
食事は荷物を置いた建物ですることになった。会長と根室が料理を運んできてくれた。
金持ちの家なのに給仕係の人とかいないのだろうか?剣術大会ではなんか人がいっぱいいたけど。
長いちゃぶ台に豪華な食事が並べられる
「ごちそうさま、風呂入る」
大月が食べ終えて出ていく。
「風呂の場所は分かるか?」
「問題ない」
会長が案内しようといたが、大月は風呂の場所を知っているようだ。
というか、なんかこの敷地について知り尽くしていそうな気もする。
あれほどおとなしい様子で知識には貪欲なのか。まあ文芸部にいる時点でそうか。
大月は行ってしまった。だから俺も行かなきゃな。
俺は残った飯という飯を口の中に無理やり詰め込んで立ち上がる。
「ごっそさんでした、俺も風呂行きます」
さっさと出ていく。なんか石井が変な顔していた気がするが無視だ無視。
外へ出ると大月の姿はない。風呂の場所は一応分かってはいるから取りあえず向かえばいいだろう。
母屋は巨大な屋敷で迷いそうになる。ちょいちょい道を間違えては戻り、間違えては戻りと風呂の場所を探る。知っていたのはだいたいの位置だったから迷うのも仕方ないね。
途中、二人の男女とすれ違う。向埜三平と、誰だ?和服のセクシーお姉さんには見覚えがなかった。
向埜三平はすれ違いざまに俺を睨んできた。あまりお関わり合いになりたくない人種の視線だ。
見た目通りに凶暴な人間かもしれない。違ったらごめんなさい。
そう言えば剣術大会の後の宴なのか、豪快な笑い声がちょくちょく飛んでくる。
人の気も知らずに楽しそうだな、お偉いさんはよ、と苛立ちを募らせるものの心の中で留めておくことにした。
気を取り直して風呂を探す。
しかしまあ、これほど大きな屋敷ともなるとこういう迷いながら探索するのも乙なものだな、と思う。
そう、風呂にたどり着くのが残念になるぐらいに。
そうして風呂の前に着いた。男女の二つの暖簾がある。
湯の温かくいい匂いが漂う。俺はひたすらこの雰囲気を楽しんだ。
って、楽しんでる場合かぁ!!
俺の目的は大月の安全を確保すること。無防備に肌を晒すこの時間が一番の敵だ。
どうしよ、着替えと一緒に杖となるナイフを持ってきてはいるが、女湯に入るのはさすがにモラルに欠けている。
しかし、この手の銭湯はどこかしら繋がっている空間があるものだ。
露天風呂があれば恐らく仕切りの向こう側は女湯。
何とかして大月の安否を確認したいが…
とりあえず男湯に入る。今は大月に被害が及んでいないことを祈る、か。
風呂は思った通り屋内と露天風呂の二つがあった。あとサウナもある、サウナがある実家ってなんだよ。
豪華なホテルに泊まっているような気分で体を洗う。そして屋内ではなく露天風呂へ出た。
外にも洗い場一式があった。こっちで洗えばよかったな。
山奥の風呂というのは風情があっていいものだ。秋の寒さに若干震えながら湯に浸かる。
夜空を見上げた。ほしがきれーだー。こんな静かな夜にこんな広い風呂とかマジ贅沢。
って浸ってる場合か!俺は何とかして大月の身の安全の確保をしなければいけないんだ。
男湯と女湯を分ける竹の仕切り。この向こうにいるはず。
仕切りの向こうを覗く?まさか、そんな犯罪行為をするわけにもいかないだろ。
なんかおばさんたちの談笑が聞こえるけど。大声で確認するわけにもいかないか。
くっ、奴らが俺たちを殺そうとしているのなら、もはや手段も選んではいられないだろ。
ここにタオルで包んだナイフがあります。こいつで仕切に切れ目を…
「覗きに熱心ですね」
「男には引けない時があるってこと」
「それ、目的が変わっていませんか?」
「なに、どちらにせよ覗きはしなければいけないんだ…ん?」
脳死で応えてしまったが、ふと考えると俺としゃべる相手がいるわけがない。
というかいちゃいけないだろ。振り返ると、そこに銀音さんがいた。
「う、うわぁ!?」
「煩悩を抑える時間です、命がかかっていることを忘れずに」
「わ、忘れてない、忘れてないけど!」
咄嗟にタオルで股間を隠す。あれ?ここ男湯だよな?
銀音さんは普段の白いドレスだし、やっぱり…
「魔導師といえどモラルは守るべきだと思います!」
「そうですね、覗きもモラルに欠ける行いだと思います」
ド正論をかまされてしまう。でもこちらにはれっきとした使命がある!
「し、しかしねぇ、ボカァ会長から大月の安全を確保を命じられていましてね…」
「プライバシーの侵害は立派な危害ですよ」
なんにも言えなくなっちゃった、これじゃあ銀音さんに白い目で見られるばかりだよ。
会長め、なんで俺に大月のこと任せてきたんだよ。
これだったら石井をずっと監視していた方がやりやすいぜ。
…別にしたくねえな、やっぱり大月を見てた方がいいや。
「あまり心配しないでください、シグナスを上で待機させているので」
「シグナスって、あの白鳥か」
「ええ、とても優秀な私の使い魔です」
「じゃあ、俺は大月が出るまで湯に浸かっているとします、出るようだったら教えてくれません?」
「…」
「銀音さん?」
「まあ、少し山奥の湯を楽しむのも悪くないですね」
そういうと、銀音さんは靴を脱ぎだした。
靴下を脱ぎ、そして足先を湯につけた。
「あ、あの、銀音さん?」
「いいですよ、ちょうど私も気を落ち着けたいところですし」
「?あ、じゃあオネシャス!」
何を言っているかよくわからないが、教えてくれるんならいちいち突っ込むのも野暮だろう。
懸念が晴れたので湯に入り、心地よさを感じる。ああいーい湯ーだーなー…
しかしなんか銀音さんの足に目が行ってしまう。
「銀音さん、洗いました?」
「?洗っていませんが?」
「洗いましょう、僕に倫理観を問うなら洗うべきです」
「ッ!?」
被弾したとき並みにはっきりしたリアクションが見えた。
すごい、これが俺の、〈正論〉?自然と口角がつり上がるのを感じた。
「お手伝いしましょう!」
「い、いえ、お気持ちだけ受け取っておきます」
「いえいえいえ!ここまで来て遠慮するのはかえって不義理じゃないですかぁ?」
俺は銀音さんの足を掴んだ。すっごい白い足を。
まあ多分このまま蹴られるんだろうなという予想はしていた。
「…そうですか、では、お言葉に甘えて」
「え?」
俺がつかんだ足を離すと、銀音さんがスッと足を湯から上げた。
そして立ち上がり、洗い場の方へ移動する。
俺も銀音さんについていく。
湿った木の椅子に銀音さんは座って俺に足を突き付けた。
「お願いします」
「よ、喜んで」
その足をボディソープで洗う。
どういうシチュエーション何だろうなこれ。女の子の素足を洗う機会なんてそうそうないが…
いや、綺麗だなぁ。やっぱ女の子ってこういう足の手入れも怠らないのだろうか?
すべすべの足を洗っていて、なんか少し罪悪感を覚える。
「昔、体を洗ってもらったことがあるんです」
「え?」
唐突に銀音さんが語り始めた。
「物心ついてから誰かに洗ってもらうというのはこれで二度目です」
「へぇ、その人って男?女?」
「男…」
反射的に手の動きが止まった。俺の脳内も爆弾が爆発したかのように停止した。
「と、言ったら困りますか?」
「あ、あははは、そんなぁ、こと、ない、です、よ?」
嘘だ、本当は俺の中のユニコーンが角を折って粉々に砕いて漢方薬にして自分で飲み始めている、すごい困っている。
「冗談です、女の人ですよ」
「ななななんだぁ、おおおおれは気にしないでででですけどね」
すごい安心感で動揺が口から出ていく。銀音さんを見ると、無表情ではあるものの、どこか嬉しそうだった。
「冗談を言うなんて珍しいですね」
「気を緩めたいときもあるものです」
「今襲撃されたらやっぱヤバいすか?」
「そうですね、一太刀程度は負ってしまうかもしれません」
負けるとか殺されるとか言わないあたり自信はあるようだ。
「ですがあなたには傷一つ負わせないので、安心してください」
出会った時から投げかけてくれる庇護の言葉、最初の頃は疑問と同時に混乱と不信ばかりが脳内に浮かんでいた。
今なら安心できる言葉、だけど疑問は未だに残っていた。
「銀音さん、なんで俺をそんな守ってくれるんですか?」
出会ったことも無い、知りさえしない。そんな存在が味方してくれている事実に、答えを求めている。
「任務遂行のためです、それ以上でも以下でもありませんよ」
「…そうなんですか」
少しがっかりした、何かに期待していたようだ。俺が彼女の好意によって守られている可能性とかを。
やっぱ職業軍人みたいなメンタルでいるんだなと、そう思うと同時になんか悲しくなってきた。
俺なんかのために命を投げ打つだなんて、そんなこと…
「私と同じような人たちが、かつていました」
銀音さんは空を見上げてそんなことを言った。
月が陰り、光が弱まる。
「みんな、死にました、それが運命だったので、いきました」
「…」
「私もみんなの元へ行けるように、任務を全力で遂行するだけです」
「…俺、天国とか地獄とか、信じてないからさ」
多分、そのときの感情は怒りだった。ちょっと声が震えてたのかもしれない。
「死にゆく理由に他人を使うの、カッコ悪いと思うな」
銀音さんは、変わらず無表情だった。何も変わらない、何も感情を読めない、無。
きっと逆鱗に触れたのだと思う、それでも俺は言う。
「誰かのために死ぬより、誰かのために生きた方が良くない?」
「それができるのなら、いいですけどね」
「銀音さん!」
俺は銀音さんの足を置いて、銀音さんの両手を両手で握った。
「結婚してください!」
唐突な俺の告白に、銀音さんは口を開けて目を丸くした。
「…あの、真面目な話に茶々を入れるのはやめてください」
「俺は大真面目です、銀音さんこそ真面目に俺の話を聞いてください」
俺は視線を逸らさず真っ直ぐ銀音さんの顔を見た。
困惑する様子が見られたが、とぼけるように黒目が上を向くと言った。
「あ、大月さんが出るみたいです」
都合の悪いタイミングで銀音さんが言った。誤魔化すためなのかもしれないけど、俺には大月の動きが見えないから切り上げるしかないか。
「とりあえずは有史さん、あなたはあなたの仕事をしてください」
逃げるようにして銀音さんは屋根へ跳躍した。
「勿論仕事はしますよ、ですが銀音さん」
俺は銀音さんを見上げて額に二本指を当てて振る。
「返答、待ってる」
それを言い終えると俺も屋内へ入った。
銀音さんの最期の表情は、唇をかんでいたように見えた。
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あんまり湯を楽しんだような気もしないが、元々それは主目的じゃない。
さっさと着替えて脱衣所を出たところで大月を待つ。
銀音さんも誤魔化すためだけに言ったわけじゃないだろう。
牛乳とか飲みたいところだけど、別に温泉施設みたいなところではないので自販機はない。
悲しいが、そんな余裕もないのでいいか。
しばらくすると大月が出てきた。
「遅かったじゃないか…」
「…ストーカー?」
「これでストーカー扱いかよ、迷子になってないか心配だからって会長に言われたんだよ」
「そんなに嫌々ならついてこなくていい、わたし、あなたの子どもじゃない」
「それは会長に言ってくれ」
なんか妙に不機嫌だな、やっぱり入浴後に同行するのはまずいのか?
「じゃあ、ん」
大月が俺の前で手をYの字を作るように広げた。果たして何のジェスチャーだ?
「自分の足で歩くのだるいから、抱っこ」
「え、なんで」
「だるいから」
「酔ってる?のぼせてる?」
「眠い」
「ふむ」
俺は大月に背を向けてかがんだ。
「おんぶならいいだろう」
「おう」
何とか妥協案で了承してくれた。
しかしまあ、同年代の女の子を背負う機会なんてそうそうないし、背中に受ける柔らかい感触なんてそうそうそうそうそうそうないというかなんというか…
銀音さんに告白しておきながら別の女の子とこういうことするのいけないと思うんですよ。
「んぅ」
なんか大月の顔が肩に押しつけられてきた。寝息を立ててるから寝始めたんだろうな。
ノーカンだからノーカン!大月なんて妹みたいなもんだから!
歩いていると喧騒と足音が響いてきた。宴で飲んでる輩共が風呂に来る。
接敵はしたくないので避けるようにしてそそくさと倉庫の方へ戻った。
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向埜家の敷地、母屋から少し離れた建物、現在玲瓏高校文芸部のねぐらとなっているそこでは電気が消えていた。
母屋はまだ灯りがついている。開いたドアから布団に光が伸びる。
その光を、遮った影があった。
「そちらはもういいな?」
「ああ、仕掛ける準備は万端だ」
影、根室僚は扉を閉める。向埜蒐と共に建物から出る
「おや?お出かけですか?」
門番に声を掛けられる。にっこりと目線を合わせて話す長身の、男の顔の影が濃くなる。
おぞましい笑顔のようだった。だが蒐は臆することなくその男の後ろを見て言った。
「少し母屋に用事がある、すぐ戻る」
「そうですか、失礼しました」
蒐が頷き、僚と共に建物から離れた。
門番の顔は、それから一転して目を細めて怪訝な表情になった。
「合図は分かっているな?」
「もちろん」
「ぬかるなよ」
もう一方の門番が答える。その表情は、影を落として分からない。
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向埜蒐は母屋の廊下を歩いている。宴の喧騒も消え、少し心地が良かった。
ふと曲がり角を曲がると着物を着た女性と対面した。
「ん?母様か」
「蒐、ご機嫌ね」
「それはそうだとも、部活の友人たちと行動を共にできるのは楽しいからな」
「そう、良かったわね」
「迷惑か?」
「いえ、あなたが嬉しいと母様も嬉しいわ」
藍色に薄黄色の帯の着物を着た女性、向埜絵里は笑った。
一体、どういう感情なのかは読み取れない。
自分の生みの親と言えど長らく顔を合せなかった身、勘当されたと思い込む蒐の目がそう見せている。
その自覚はあった。家を出たときの罪悪感を蒐は覚えている。
しかし向埜家を離れるだけの理由が彼女にはあった。
「そうか、それなら良かった、ところで…」
蒐は切り出した、母の感情を暴くために。
「東次郎兄さんはどこだ?」
薄ら笑いすら消えた、ただ冷ややかな視線が蒐を刺していた。
「来なさい、教えましょう」
踵を返し、絵里は歩き出す。蒐は警戒しながらも後を行く。
元より信用されていない身、唐突な襲撃に遭うのも覚悟している。
着いた先は、ある一室。
「あそこが東次郎の部屋よ」
絵里はただ隣の部屋への襖を指を差し、語らない。
自分で確認しろということか、と丸腰のまま蒐は向かった。
襖を開けた先には手紙が畳に置いてあった。何者かの手紙。
〈蒐へ〉
誰へ向けた文かは明らかであった。蒐は手に取り、それを読む。
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君がこれを読んでいるとき、僕はこの世にいないだろう。
ありきたりな遺書だが許してくれ。
僕がおじい様にしたことがバレた。いずれ暗殺か、家内で謀殺されるだろう。
どうか、僚と一緒にこの家から離れてくれ、そして健やかに、生きてくれ。
僕の大事な妹、そして弟よ。
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蒐が震える手で読み終えたと同時に、左右、襖の内側で金属製の光が二つ、煌めいた。
そして入ってきた襖が閉まる。完全に閉じたその部屋からは衣服と肉を断ち切る音が漏れた。
絵里はただその状況を見ているだけ。
「さようなら、知らない子、我が子の糧になりなさい」
見捨てるようにして絵里はその場から去ろうとした。だが…
「ほう、この貧弱な奴らが弟たちだったか」
閉じた部屋から聞こえる声が踵を返した絵里を引き留める。
再び振り返り、襖が開くのを見た。
「あまりにか弱いので手加減が出来なかった、すまないな、母様」
血の色と匂いが鮮明に焼き付くだろう、そんな光景が絵里の前に広がった。
ドサッと目の前に投げ出される子供の死体、絶命の表情は生への執着が色濃く出ている。
そして、血に塗れた蒐の手にある小刀と、もう一人の死体。
「おまえ・・・」
「私も未熟さを感じたよ、この子らを生かしておける、それだけの力を持っていない」
蒐の表情はただ張り付いた笑顔。ただ喜びと言う感情を表しただけの記号だった。
「我が子を失って悲しいか?」
「おーまえぇ!!」
絵里が一歩踏み出すころには、蒐は絵里の懐に居た。
胸に小刀を突き刺し、遅れたように怒りの表情が驚きへと変わる。
「がはっ!?」
蒐はそのままじっと小刀を深く入れる。入っていくほどにその顔は下卑た笑顔へと近づいていった。
「さようなら、知らない誰かの母様」
蒐は刺さった小刀を抜き、倒れ込む絵里の身体を蹴飛ばした。
畳と、廊下の木目に持ちが飛び散る。その先に、誰かが現れた。
「僚…もはや昔のままではいられないな、良い思い出もあるかもしれないが、壊すのに協力してくれ」
「元よりそのつもりだ、俺にはこの家にいい思い出などお前と過ごした時間しかない」
僚の返答を聞き、頷く蒐。
瞬間、部屋を照らす電球の光が消えた。代わりに青白い月の光が僅かな視界の当てとなる。
死体がすべて掻き消え、一転して綺麗な空間へと塗りつぶされる。
「これは…カウェアか」
「想定内だな」
僚は壁のない縁側から外へ手を伸ばすと、何かに阻まれる。
「奴らのテリトリーか」
「目的に変更はない」
蒐は空から刀を取り出す。鞘に入った綺麗な刀を。
僚も弓を手にし、メガネを抑えた。
「族滅だ、手を抜くなよ!」
「承知!!」
二人は母屋の中心へと走り出した。




