剣術大会
向埜家主催剣術大会。向埜グループの会社の社長さんが集まって開かれる行事だそうだ。
決まって休日に行われる、普通の会社で言うゴルフのようだ。
「優勝賞金に釣られはしたけど、俺優勝する自信ないんだよね」
「勝手に参加しておいて何言ってんだ、まあ別にそれでもいいが」
開催される場所は道場、というよりは演目舞台らしき場所、分かりやすく言えば体育館のようだ。
その外に参列する人だかりの後ろで俺と陽太郎は話す。
そして参列する人々を観察する。
「強そうな奴はあまりいねえな」
「見るだけで分かるのかよ」
「見ただけの話を言っただけだ、筋肉の隠し方が上手い奴がいるかもしれねえ」
なんだそれ、細マッチョのことか?
俺もジッと観察を続ける。お偉いさんっぽいスーツの中年が多い、が、それぞれその近くに若めの青年が付き添うようにいる。青年たちは、俺の目には強者に見えた。
「なんかSPみたいな奴とかいるが」
「まあ社長自らがやるような競技じゃねえな、自社からフィジカルエリートを見繕ってんだろ」
「確かに」
これだったらゴルフの方がシャッチョサン的には楽しいのでは?
観察しながら考察をしていると後ろからドスドスと床を響かせる足音が聞こえた。
「おい!」
ちょっと大きな声でビクつく。後ろを振り向くとちんちくりんな男がいた。顔も幼い、年下かな?
「迷い込んだのかい?坊ちゃん、ここは君みたいなちっちゃい子が来る場所じゃないぜ」
「あ?バカネの舎弟かおまえ」
「バカネて」
向埜蒐のこと、つまり会長のことか。
「舎弟といえば舎弟なのかもしれない」
「ケッ!裏切者の仲間かよ」
「なんだよ、ボウズも参加するのか?」
「するに決まってんだろ!このタコ!」
男の子は陽太郎の足を踏んづけて去っていった。
「なんだあいつ、大丈夫か?」
「そう怒ってやるなよ、子供相手だぜ?」
「いんや、俺の靴の甲、鉄板入ってるから痛くねえか心配してんだが」
見れば先ほどの男の子が足を抑えてうずくまっている。
「ま、自業自得でいいか」
「ケンカ売る相手は選べってことだな」
「やあ君たち」
先ほどまで根室と話し込んでいた浩司さんがなんかやってきた。
「弟が何か失礼したみたいだね」
「弟なんですか、あいつ」
「シュウって言うんだ、堪忍してやってくれ」
手を合わせて謝罪の言葉を述べる浩司さん。
陽太郎は大変嫌そうな顔をした。
「まああのくらいが一番かわいい時期かもしんねえっすね」
あの陽太郎が嫌々敬語を使っているのが声色で窺える。どんだけ嫌なんだ。
「取りあえず、参加名簿に名前を書きなよ」
案内されて、俺たちは名前を書いた。
だが書いた後は陽太郎が参加名簿を透かして見たり、重なってないかぺりぺりめくったりしていた。
終いにはライターであぶったりする始末。
「いやなんでライターなんか持ってるんだよ」
「緊急時には小物は杖になりうるからな、学んだか?」
ドヤ顔する前に周りの不審者を見る目に気づけ!不審がられてますよあなた!
「細工とかはねえようだな」
「ただ周りの警戒心を高めるだけのようでしたねぇ!」
「何キレてんだよ、こんなん想定内だろ?」
「その想定内の余裕を狭めるなって言ってんだよ!」
わがままかもしれないが、その余裕を俺のミスに使って欲しい。
すごい冷ややかな視線が集まってきているのを感じる、帰りてぇ。
「用が済んだのならそこをどいていただけます?」
口論をしていると後ろの参加予定者に怒られちゃった。
「すみませ…ん?」
その参加者はやたら小さい女の子だった。陽太郎の胸ぐらいまでしかないような、女児?
「あ…おお、ごめんね」
やたらしおらしくなった陽太郎が素直に退いた。何だこいつ。
「へぇ…こんな子まで呼んでるんだな」
「陽太郎、お前ロリコンか?」
「趣味嗜好の範囲にまでケチをつけんじゃねえ、一極化した思想に染まり切った大人が嫌いなだけだ」
答えになってないんだよね。大人が嫌い=子供が好きの図式にはならないだろ。
「あ、書いた?なら列に並ぼうか」
靴を脱いで室内用シューズみたいなの貸してもらって道場内へ上がる。
浩司さんと並ぶ列の最後尾まで行き、待機した。
程なくして主催らしき人が舞台に立つ。
「よくぞ参ってくれた皆の衆、向埜家代々から受け継がれしこの剣術大会、存分に楽しみ、学び、打ち合
っていただきたい、当然ながら魔術は禁止だ、してこの剣術大会の成り立ちだが…」
かなり年老いていそうな見た目の老人だがしゃべり方がハキハキと聞こえやすい。俺たちのいる最後尾にまで届くほどだ。まあ意外なのはそこだけであとは老人特有の長話が始まるのだが。
「あれ、現当主様ね」
「へえ、あれが…」
当主、当主ってことは会長の…
「向埜蒐のおじいちゃん、ですか」
「いや、父親、向埜正憲」
「へぇ」
父親にしては見た目が老いすぎているぐらいだが…年齢を聞くのはやめておこう。
「長男の直政が27だから、それなりにはいってるだろうね」
と思った矢先に浩司さんが言う。気遣い意味なし。
「結婚したのが確か40だったか、だいぶ晩婚だね」
「40かぁ」
最近のニュースとかで見るに芸能人の結婚がそのくらい普通ではある。
ただなんかすごい事情がありそうな気がする。なんでかわからないけど、会長が見せた実家への恨みが感じられたせいか。
「お、あれ見えるかい?」
浩二さんが指をさす。舞台前、列の最前列に立つ人を。
黒髪で道着を着ている後ろ姿しか見えないが、他の人とは何か違う。摩訶不思議な雰囲気を醸し出している。
凛とした佇まいは会長に似ているが、会長ほど真っ直ぐな感じではない。何かを隠し持っているようなそんな雰囲気だ。
「あれが向埜直政、向埜家長男であり次期当主候補だ」
「やっぱ兄妹なんすねえ」
しかし見た目があんな厳格そうでヤバいことに手を出してる可能性があるとか、怖いな。
警察がヤクザとか半グレと繋がってた時並みにヤバい。
なんとかせねば、という使命感が心に湧き出でる。
「では、トーナメント表の掲示後、10分後に一試合目を始める、備えたまえ」
ご当主が挨拶を締め、列は解散する。
「じゃ、準備するか」
こうして剣術大会は始まった。
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剣術大会の様子を見ていくのは、大いに収穫があった。
参加者の面々は、見るからに手練れだ。俺みたいな数か月程度の練度ではない。
そう、参加者から、スタッフ、おそらくは使用人に至るまで。
審判の動きは明らかにプロのそれである。目をぎょろぎょろと動かし、立ち会う二人の表面と所作を隈なく観察しているようだった。
「始め!」
審判が試合開始合図を出し、両者木刀を構える。
目の前では観衆に囲まれた舞台にて、長身の男とそれ以上に大柄な男が相対している。
「きぇ…「うおおおおおおおおお!!!」 」
長身の男が剣道のように叫ぶかと思いきや、大柄の男が大声でそれをかき消した。
勢いと結果は同期し、長身の男が防御態勢をとらざるを得ないようになっている。
「カァ!!」
「うっ…」
大柄の男が攻めに攻め、防御する木刀ごと長身の男をだじろがせた。
ついには尻もちをつき、木刀すらはたき落として一撃、肩へ入る。
「うぐっ」
「勝負あり!勝者、向埜三平殿!」
当然の結果のように見えた。長身の男が余程の達人でもない限りそうなるだろうと。
それほどまでに強者の雰囲気を醸し出している、あの向埜三平と言う男は。
「ん?三平?」
「向埜家の三男、向埜三平クンだよ、多分アカネチャンのお兄ちゃんの中じゃあ一番気の荒い性格をしてるかな」
浩司さんがつらつらと説明してくれる。
気の荒い性格か。まあ見るからに…
「ぬりぃなァ…貧弱すぎるぜここ最近はよォ…」
…聞くからに戦闘狂っぽいからなぁ、なんか普通に道着を着てるのが不釣り合いなぐらいだ。
そう冷静に見ていると、俺と陽太郎、浩二さんの場違いな感じに気付いた。
「そういえば、俺らって着替えなくていいんですかね?」
「指定はないよ、ただやっぱり軽い方がいいんじゃない?」
「じゃあ、仕込みもアリなんですね?」
「ナシだよ、隠しても多分すぐバレて失格だよ、その辺は厳しいからね」
「まあ、そっすよね」
悪いことはできない、か。じゃあ優勝は無理だな。
あんな巨体に一太刀入れられる気がしない。
その後も次々試合は始まっては腕の立つ人間が圧倒していった。
中には、あの女児っぽい子も勝者になっているのも見た。嘘だろ、相手は一回り
大きい男だぞ。
フィクションの中でしかお目にかかれない状況に俺はビビっていた。魔術が使えない中、そんなフィジカルエリートな女の子はあの道着の下にどんな筋肉隠し持ってんだって。
そうして次の試合、陽太郎の番がやってきた。相手はまさかの向埜直政。
「いいねぇ、初戦でデカい標的に合うとか手っ取り早くて助かるぜ」
瞬殺される奴のセリフをポロポロと言葉にする陽太郎。
周りはガキが粋がっているだけのような視線と喧騒だが、それ以上に向埜直政への期待が高まっているような気がした。やっちまってくださいよ大将、みたいな。
直政は何も言わず、構えもせず木刀の切っ先を下に向けたまま陽太郎と相対する。
「両者準備を」
陽太郎が構えても直政の姿勢は変わらない。およそ対等以上の敵と戦うスタイルではない。
「舐めやがって…後悔すんなよ!」
陽太郎はなぜそんな三下の台詞が飛び出すのか。結果が見えるようで逆に安心すらする。
「始め!」
合図とともに陽太郎が動いた。だが…遅い、遅い?
「なっ!?」
陽太郎の一撃を直政が受け止める。
ゆっくりした動きで、どっちも遊びのチャンバラでもやっているのかってぐらい動きが拙い。
会長と根室との初戦でやったような演技、なのか?でも実力を測るにしたってそんな情けない真似を陽太郎がするとは思えない。
年上とは張り合うタイプのあいつが手を抜くなんて想像つかないな。
「一本!勝負あり!」
陽太郎の胸に直政の木刀の切っ先が触れると、審判の声が響いた。
「アッ…!?」
唖然とした表情の陽太郎へ、直政は取るに足らないといった表情で背を向けた。
呆気ない勝負、だがどうもこの試合の違和感を拭えない。
何か映像の差し替えを見せられているような…作り物感。
「おい!魔術は無しじゃなかったのかよ!?」
陽太郎が審判に問い詰める。今にもつかみかかりそうな勢いだ。
「え、ええ、そうですが」
「あいつはなんでいいんだよ!?バリバリ使ってただろ!」
などと供述しているが…実際俺の視点だと納得がいく。
あれは陽太郎の剣捌きではない。断言できる、あんな間抜けな剣戟と打ち合ってたのかと言うには無理がある。
しかし観衆は疑問符を浮かべるか、阿呆を見る目をするばかりだ。
「魔術を使った形跡は見られませんが?」
「何にキレてるんだ?正々堂々真面目な試合だったろう?」
陽太郎の言葉は周りには届かない。
「はぁ、これだから魔法のレベルが低い奴らは、次期当主様が言うことやることがすべてかよ」
腹を立てたのか、陽太郎から強い言葉が出てきた。途端、観衆は騒ぎ始める
「おい若いの、負けたら潔く退け」
「ここはガキの遊び場じゃねえんだぞ!」
お偉いさんたちは陽太郎へ怒号と罵声を浴びせた。
「っるっせえなジジイ共!!まともなジャッジができねえガキの遊び以下の忖度競技でデケェ面してんじゃねえぞ!!」
火が付いた陽太郎は恐れ知らずの怒りの声を上げる。
ああ、会場がたちまちカオスになっていく。
そんな中、直政が踵を返し、陽太郎と再び相対した。
「不服か?小僧、ならばもう一度チャンスをやろう」
そう言って木刀を構える。陽太郎もそれにこたえるように構えた。
「へ、ズルしてるくせに発言は一丁前じゃねえか」
「雑魚の貴様はそのズルを証明できない以上、敗者のままだがな」
「言ってろ!」
審判の合図も待たずに陽太郎が飛び出す。ああ、そんな余裕のない動きじゃあ次の展開が予想できちまう…っ!
案の定、結果は同じだった。児戯のようなチャンバラの末に陽太郎が胸を刺されてエンド。
「もう一回だ!」
意地になって陽太郎が再戦を申し込む。
あっさり承諾しては変わらぬ結果。
「まだまだぁ!」
それでも尚勢いは衰えず、いや退けよ流石に。
7回ぐらい再戦して全敗、ようやく無駄だと諦めてぐったりした姿勢で道場から出て行った。
「彼も難儀な性格をしてて大変だね」
浩司さんが同情するように言う。
「浩司さん、実際今のどう見えてました?」
「ん?」
「直政がマジで魔術を使っているように見えました?」
俺は直球で聞いた。魔術という単語を包み隠さずに。
「…いや、普通の試合に見えたね」
浩司さんの返答は、少し間があったように思えた。
「そうですか」
俺は確信した。この人は信用できない。
どんなに情けなかろうと陽太郎を信じることにするよ。
「次、俺ですかね、行ってきます」
決心と同時に足を踏み出す。
スタッフに木刀を渡されて足のつま先が相手を捉えたとき、俺は少し気圧された。
試合相手は、黒フードに隠れてよく見えない。
「え」
そう認識した時には俺は呆気に取られていた。
急な突風が俺の肌を削るように駆ける。
瞬間、そこには黒フードの奴がいた。
走り込みながら手鎌を取り出し、俺へ目掛けて刃を振り下ろし…
そして届かなかった。阻んでくれる人がいたからだ。
思わず木刀でガードしたが、意味のないことだっただろう。
「銀音さん!」
「警戒してください、隙を晒し過ぎです」
銀音さんが大鎌で手鎌を防いでくれた。そして弾けるように黒フードは距離をとり、その覆いを引き剥がし晒す。
「ちっ!」
「あ」
黒フードの向こうは、どっかで見たことのある顔。数秒遅れて思い出した。
デスブリンガーだ。
「『ディセクシオ』」
銀音さんが大鎌の柄頭を床に突き刺すと白い衝撃波がデスブリンガーへ飛ぶ。
だがデスブリンガーは避けるも反撃はせず、ただただ身を引いた。外へと電光石火のごとく飛び出ていく、この道場から撤退したようだ。
敵が去ったのを確認し、銀音さんが俺へ向く。
「怪我はありませんか?」
「あ、うん、ありがとう」
お礼は言ったが、既に意識はその安心感にはなかった。
いや、その確かな安心感に縋りつくようだった。
この道場で、誰一人デスブリンガーを止める者がいなかったのだから。
「…どうやら警備に問題があるようですね」
銀音さんは言うが、それは皮肉交じりの言葉に聞こえた。
そう、ここにいる観衆は顔が無表情なんだ。
やる気のない、ただ虫が虫を食うシーンを見ているような、どうでもいい生命の循環をみるような目だった。
一見温厚そうに見えた老人も、人当たりの良さそうな青年も、その面々が俺を見殺しにしようとしていた。
「いや申し訳ない、客人殿」
向埜正憲が代表のように俺の前へ出てきた。
「あのようなものが紛れ込んでいたのは我々の失態、ここで謝罪を申し上げる」
深く頭を下げられた。偉い人が頭を下げるというのはそうそうないレア体験らしいが、しかし不信感は拭えない。
文句の一つは言ってやろうかと思い、一歩踏み出そうとすると銀音さんの腕が俺の前を遮った。
「あのようなあからさまな不審者に警戒しなかったのは失態なんてものではないと思いますが、向埜家ともあろう施設がそんな不祥事を偶然起こすだなんて考えられません」
「その評価は買い被りであると言わせてもらおう」
明確な殺意が見えた。これはデスブリンガーと向埜家はグルである表明に他ならない。
「全て我らの不手際だ」
俺にはこのジジイが不敵な笑みを浮かべているように見える。
しかしここは銀音さんに頼ろう。顔を見る。
「…では、私たちは失礼させていただきます」
銀音さんが俺の手を取り、道場から出ようと歩き出した。
俺もそのあとについていく。
振り返って浩司さんのニタニタと陰湿な笑みを浮かべている姿に目がいく。やっぱりこいつも…
優勝賞金はもとより望み薄ではあったけど、まさかこんな目に遭うとは思ってもいなかった。
それはつまり会長が向埜家にどれだけの嫌悪感を持っているのかが、わかったような気がした。
人物ノート㉖
向埜 三平
向埜家の三男。23歳。図体は兄弟姉妹一デカい。
大学から出て働いている社会人ではあるものの、周りとはうまくいっていないとのこと。
横暴な振る舞いが不和の原因ではあるが、家の力でクビにはならず留まらせているらしい。
ドラ息子という言葉が相応しい。




