いざ向埜家へ
月に降り立った時に最初に出迎えてくれたのはちんちくりんな神様だった。
いやほんと、思ったより小さい。しかし神様だというのならこれほど手厚い歓迎もない。
「神様、なぜ俺をここへ?」
「望んだのは君だ、月を望んだのだろう?」
「えぇ…」
まーた俺なんか余計な事しちゃいましたか。
軽率な行動は控えないと…え?月に手を伸ばすのもダメ?ロマンチスト全否定?
「しかし、君も順応が早いな、私について何か疑問に思わないのかい?」
「神様なんでしょう?」
「そこから疑問をもたないのかい?」
「え、だって魔導があるんだし神様だっているでしょ」
「わかりかねる理屈だな、ただの魔導師かもしれないというのに」
「だとすれば、人間に化けたうさぎ?カニ?」
「いずれも否と答えよう、人間でないのは確かだが」
人間じゃない、見た目は人間そのものだが、それを確かめる術といえば…
「神様」
「なんだ?」
「触ってみてもいい?」
「…物怖じしない性格か、ユーモラスな男であるとは聞いていたが相手は選んだほうがいい」
拒否の意思なのか、俺に綺麗な小さい手のひらを見せつけた。
「私とて警戒はする」
小さい体なので無理やり触れに行こうと思えば触れられるのだろうが、神様パワーでおしおきされるのが怖いのでやめておく。
「まあ別に疑っていないからいいんだけど、というか聞いていたって誰から?」
「トラッシュ・コルセルニ」
コルセルニ教会のボスだ。
猫を通じて話しはしたが、直接会ったことはない。果たしてその伝聞がどの程度信用できるか。
「彼からは君の活躍を聞いている、きわめて優秀な人材であると」
「え、いやぁ、それほどでも…」
「ただ勝手な行動する故、手綱を握る人間が必要らしいな」
「それはごもっとも」
今はそれを銀音さんにお願いしている状態だ。客観的に考えてみるとなんか情けないな。
「じゃあ、挨拶も済んだことですし、帰り方を教えてくれません?」
俺が聞くと神様は首をぐりぐり動かした。首を傾げているにしては大雑把だが、どういう反応だ?
「別にいいが、貴重な機会だ、なにか質問したいことはないのかい?」
「言われてみればそうっすね」
んーっと思い悩む。何を聞けばいいか。単純に強くなる方法とか?
「魔導について、もっと詳しくなりたいとは思わないのかい?」
「いえ、今は勉強中なんで」
「ではもっと具体的な情報とかどうだい?」
「具体的な情報?」
神様は表情一つ変えず、発案した。
「例えば、君の両親を殺した人物について、とかどうだい?」
聞きたくない言葉を聞いた気がした。胸がズキズキと痛み始める。
「え?なんて言いました?」
「そういう反応はあまり推奨できないな、侮辱に等しい」
「…嫌がらせかよ」
ちょっと震え声になっていたかもしれない。それを気にできないほど怒りが募っていた。
「復讐は考えていないのかい?」
「したところで何になるんだよ」
「私としても目的がはっきりとしていた方がアドバイスもしやすい」
「んなもん今は眼中にねえよ!!」
すごい声が出た。教室で発していたなら次には口元を抑えているところだ。
目の前にいるのは神様、などではなく悪魔なんじゃないだろうか?
「ふむ、この話題は効果的だと思ったが…」
「逆効果だ、俺は誰かを殺すために力をつけたいわけじゃない」
なんだったら忘れたい、俺の目に焼き付いた残酷な光景を。
「俺は未来に目を向けていきたいね、俺自身の未来へ、カスみてえな殺人鬼に構ってられるかよ」
「では今の話はなかったことにしよう」
「…ただ一つだけ確認させてくれ」
感情は収まった。踏ん切りはついたと自分では思っていたが、それでも気になることはある。
「なんだ?」
「そいつはまだ日本にいるのか?」
それだけが気がかりだ。次の犠牲者が出る可能性もある。
未来へ進むためにも知っておきたいことだ。
「ああ、未だ息を潜めているよ」
「なら…」
「待て、方針変更だ」
俺は少しだけ情報を引き出そうとしたが、神様は拒否した。
「は?」
「君がそのスタンスならば、現在の状況に身を置く限り必ず会敵はある、私が余計な入れ知恵をする必要はないだろう」
「なんだそれ、せっかくこっちが聞いてやる気になったっつうのに」
「ならば全て聞き入れてもらおう、情報の小出しは臆病な悪手だ」
確かに、妥協案のように思えていたが、中途半端な情報こそ怖いか。
知りたい情報だけ知っていても恐らく武器にはならない。そしてどこか油断という綻びができる。
全面的に警戒をしていた方がいいか。
「だったら最初からその話をするなよ」
「真面目に聞いてくれそうなものだったからな、君、ふざけるだろう?」
「時と場合は弁えてるつもりだ、…つもりだ」
「その自信のない応答には信頼が置けないな」
なんかむかつくな、この弄ばれてる感じ。俺はいつだって真面目にふざけているのに。
「だが君の人格は多少なりとも理解できた、これを授けよう」
神様は俺に棒切れを差し出した。いやこれ棒切れじゃない、刀だ。黒い鞘に納まった刀の持ち手を俺へ向けている。
「なんすかこれ」
「魔力を完全に奪う魔法だ、一度きりしか使えないので慎重に考えたまえ」
「魔法?あたくしにゃ物騒な刀に見えるのですんが」
「見た目だけだ」
神様はそれを俺の手に押し付け、刀の持ち手が入り込んでいく。
「うひっ!?」
「どのような形であれ、いずれ役に立つ時が来るだろう」
「あの、これ物理的に被害ないんですかね?俺あとで体調悪くなったりしない?」
「物理的なものではないから安心したまえ」
とは言うものの、異物が自分の身体に入っていく瞬間を見て心配にならないわけがない。
手をまさぐり、体をまさぐる。
特に体に異常が見られないから神様の言う通りなんだろうけど。
「ではひとまずの別れだ」
「え、うお!?」
俺の体が宙に浮かんだ。上昇していく、上のあの青い地球へと。
「気を悪くしたことは謝ろう、だが君という人間を少し理解したよ」
謝罪の言葉を聞く。神様は多分悪い奴ではないんだろう、ノンデリカシーなだけだ。
「行き詰ったときはまた月に手を伸ばしたまえ、助言をしよう」
「まあ、とりあえず、ありがとう?」
いまいち実感のないありがたみだったが、お礼は言っておく。
青い地球が迫る。美しい世界、争いの絶えない世界とは思えないような絶景だった。
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ベランダへと戻ってくる。月への旅行は壮大で衝撃なものだった。
部屋にいる銀音さんを見る。未だにノートに書きこんでいるようだった。
あれ?心配とかしてらっしゃらない?
「ただいまー!」
「…」
部屋に入ると銀音さんがいつもの冷めた目で見つめてくる。
「俺が居なくて寂しかったとか、ある?」
「はぁ…ベランダへ出て5分も経ってませんが」
「え、嘘」
時計を見ると20時前、夕食が19時ぐらいだったからその後休憩でベランダへでてえー…
まさか、時間がたってない?
「いつのまにか夢でも見ていたんじゃないですか?」
「うーんその説もある」
夢の時間っていうのはいくら長くても現実は数分なんてことざらですからなぁ。
もしかしたらさっきのはマジで夢だった可能性もある。
だとするなら、なんか貰ったすごい魔法もないのだろうか?
1回きりだというので試しようがない。
俺は再びベランダへ出た。
そしてまた手を突きへ伸ばしてみようとする。
「その手はあまり推奨しない」
頭上から声が聞こえた。庇から手摺へと影が跳ぶ。
よく見れば猫だった。目に魔法陣を宿している、ということは神父さんか。
「ネイトと交流したようだな」
「ええ、まあ」
「意図しない事だっただろうが気を悪くしないでくれ、あれはまだ人間を学んでいる最中だ」
「もう気は済みました、過去は振り返らない主義です」
殺人鬼の情報に関しては、まあまだ気になりはするがな。
ただ今集中すべきことがある。
「それと忠告だ、数少ないあれと交流できる人間である君に」
「忠告?」
「ある程度の情報は教え込んではいるがネイトは純粋だ、魔導の秩序そのものと言ってもいいあれへの言葉選びを慎重に行って欲しい」
「そりゃあ、何とかやってみますが…え?魔導の秩序?」
ちょっと聞き捨てならない言葉が出てきた。
「なんだ、もしやあれの口から聞いていないのか?」
「神様ってことしか知らないっす」
なんかいっぱい情報持ってるんだな、すごい魔術が使えるんだなって程度しか会話できてないな。
「ふむ」と考えるような声が聞こえる。
「こちらからすれば君の思想に関しては未知数だ、交流をするなとは言わないができるだけ控えてくれ」
「え、ええ」
なんか扱いが難しそうなので素直に頷こう。
「わからないことがあれば銀音に聞くが賢明だ、基本的なことは答えられるはずだ」
「わかりました」
しかし、あくまで忠告だ。どうしようもないとき、覚悟できているときはやむを得ない場合もある。
その時は遠慮なく使わせてもらおう。
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ゴウンゴウン、と車の走行音が耳に響く。
体が揺れる。そして肩に何か乗っかる。
頭だ、黒髪の女の頭が俺に寄りかかっている。
「おい大月、そんな倒れ方はやめろ、膝枕ならいいぞ」
「うーん?」
適当な返事が返ってくるだけだ。聞く耳持ちやしない。
「すみません、免許は一応持ってるんですけど全然運転してなくて…」
「ああいいですよ、送り迎えならいくらでも」
前方一つ飛ばしての運転席と助手席では男女の会話が聞こえる。
宇田先生と阿武先生だ。そして今乗っている車は現在向埜家本家へ向かっているらしい。
顧問でもないのに送迎してくれている、が宇田先生は関係者なのでそれ絡みだろう。
都合が良いと思うべきか、身近な人間の正体が見えてきてぞわっとすべきなのか。
俺の感情は混乱している。
「会長、あとどのくらいっすかね?」
ドライブにも飽きたので前の座席の会長に少し聞いてみる。
「あと1時間くらいか」
「なげえ…」
「…ふんごー」
大月の隣にいる陽太郎はおっさんみたいにすげえいびきかいて寝てるし、大丈夫か?
まあ大月は寝てるしいいか。
「本来は、もっと早く仕掛ける予定だった」
会長が語り始める。こんな中でいいのか?いいのか。
「実は一度3人で計画したことがあったのだがな」
「3人?会長と根室と…誰?」
コルセルニが関わる前で協力者がいたのか。
「飯野信也、私と同じ2年生だ」
「あーもしかして幽霊部員の?」
聞いたことがある、確か根室が目の敵にしているという先輩だったか。
「会長、奴の話など些細なことだろう」
会長の隣の根室が口を開いた。
「ああ、お前は奴が嫌いだったか」
「嫌いとまでは言いはしない、不得手だ」
苦手なんだな、苦手って言葉が情けなく聞こえるから変えたんだな。
「いずれ克服する、いずれな」
「確かに奴に頼んだのは蛇足だった」
会長は語った。
根室と一緒に飯野先輩を誘った直後のことを。
「では今後の策を考えよう」
「待て、もしやその小僧まで付き合わせるのか?」
「根室のことか?もちろんだ」
「小僧?貴様誰を指してのその言葉だ?」
「一歳違うだけとは言えど中学生、殺し合いになりうる状況に置くには俺の倫理が許さない」
「ほう、意外にまともな思考をしているようだな。しかし案ずるな、根室は私と共に育ってきた故、向埜家の内部事情に詳s」
「お前もだ、蒐」
「は?」
「女を戦場に立たせるわけにはいかない、俺がすべてを背負うことにしよう」
「あまり狂言を口にするなよ貴様」
「私の家の問題に私が蚊帳の外になる発想はなかったな」
「ではな!」
「「あ」」
そう言って飯野先輩は部室の窓から飛び立ったと言う。
部室で物騒な話をする会長も会長だが、飯野先輩はそれ以上にぶっ飛んでいる人物らしい。
会長が唖然としている姿は想像がつかない。ツッコミかボケかで言うとボケ役だろう。
「去年の話だったからな、お前たちが現れるまではこの話はお預けだったのだ」
「なんで高校で話したんすか、根室中学生でしょ?」
「安全だからな、玲瓏高校は教師にコルセルニの関係者が多いのは分かっていた」
体よく利用していたってことか、会長、スゴクアタマイイ。
「だが北川は上手く潜んでいたようだ、私の魔法の目を搔い潜っていたらしい」
北川、もしかしてあの夜に俺の目の前に現れるまであいつが脅威だと誰も気づかなかったのだろうか?
「実感させられたよ、私もまだまだだな」
「志木、言っておくが会長の魔法の才は貴様の比にならん、勘違いするなよ」
「へいへい」
取り巻きがなんか言ってるけど実際の所、会長の実力とやらはよく知らない。
銀音さんと小芝居を打ったあの時は演技だろうし、ミノタウロスの時はカウェアで戦う感覚が違うだろうし。俺は経験が浅すぎてよくわからないけど。
「ん?」
ふと気づいた、根室の隣にいる石井の存在に。
「どうかしたか?」
「いやぁ、聞かれててよかったんですかね」
「石井のことか?安心しろ、魔法を扱えない物には聞こえないようになっている」
「へー、便利っすね」
「それに、イヤホンをつけて聞こえんだろう」
音漏れすらしない高機能イヤホンらしい、一人でお楽しみ中だ。頭を揺らしてビートまで刻んでいる。
あとは俺の肩で寝ている大月だが…
「…んぅ」
よし、特に問題ないな。
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さて、車に揺られて三千里、そんな長いわけないが。
山道のある脇道、アスファルト舗装のされていない砂利道に入り、開けたところで止まった。
目の前には車両進入禁止のバリケードが出ている。
「ここまでだな」
「宇田先生には帰ってもらった方がいいだろう、我が家はこの手のマナーには厳しいのでな」
「そうか、帰るときは連絡しろよ」
「よろしくお願いします」
そのまま宇田先生以外は車から降りる。
駐車場みたいな広さの場所だが…
「建物が見えないんですけど」
人工物がまるでない。木々や山が嗤う様にしてそこにある。
大自然さまに俺たちの命が手のひらで転がされているようだ。
「ここからは徒歩だ」
嫌な予感が的中した。
「いやあの…どんくらい歩くんです?」
「30分くらいだろうか?」
「30分!?車で来たのに30分…」
「なんだ、楽勝だろ」
石井が余裕気な発言をする。
石井この野郎、そんなこと言うと会長が大丈夫と思っちまうだろうが!
車と言う期待値があったせいで落差が激しい。
ああ、車が遠ざかっていく…サヨナラ俺のエデン。
「会長、二人を連れて行く」
「うむ、頼むぞ」
根室がなんか俺と陽太郎に合図をする。
「貴様らは、俺についてこい」
「いったいどこに連れてかれるんだァ?眠気で何もわからん」
お前もお前でその姿勢はどうなんだよ、殴り込みに行くやつの発言とは思えない。
「先生、許可をお願いします」
「え?あ、はい、どうぞ」
「よし、では数時間後、我が家で合流するとしよう」
そういえばこれ部活だったわ。
先生が流されている、なんだこの適当な申請は。
「さて、行くとするか」
「どこ行くの?」
「山の奥」
え?何?俺殺される?訓練される?
「イヤ!アタイ知らないところに連れて行かれそうになってる!」
「めんどくせえな、別に取って食われるわけじゃねえんだから抵抗すんなよ」
「これも必要なことだ、足掻くな、運命を受け入れろ」
がっちり俺の両肩を二人が抑えてきた。
やばい、抜け出せない筋肉を感じる。
「先生!助けて先生!」
「え、ええと、二人とも、悪ふざけはほどほどにね?」
「俺は至って真面目だ」
「心配することねえんですよ、いつもハードな訓練してんですから」
阿武先生は俺を心配する様な目線を送れど、そのまま会長と一緒に行ってしまった。
「大月!お前は俺を見捨てたりしないよな?」
「…ほゎ」
大月は大月で寝ぼけた顔で俺を一瞥する。そしてサムズアップ。
「GOD LUCK」
ネイティブな発音だけ残し、行ってしまった。
俺の全身の色が抜け落ちていく。コニチハ俺のヘル。
人物ノート㉔
宇田 哲也
数学教師ではあるが、玲瓏高校に潜むコルセルニ教会の関係者の一人でもある。
カウェアには巻き込まれないが事情を把握しており、有史たちのサポートを行う。
実家はマタギ。




