十三
勇一の夏休みの始まりは勇一の父、優司の誕生日から始まる。
そして、何事もなく夏休みが終わる。
毎年、それの繰り返し。
だが、今年の勇一は違っていた。
夏休みもあと半分で終わるという頃、みゆきちゃんから一通のメールが来た。
「夏休みのお知らせ?」
みゆきちゃんのメールの内容は勇一に活力を与えた。
そして、迷うこともなくみゆきちゃんにメールの返信を送ったのであった――。
それから数日後、勇一は旅行鞄を持って海に来ていた。
ザザーン。
海の音が心地良い。
勇一の先に見えるのは青い海と空と砂浜とそれからみゆきちゃん。
(来て良かった……)
「ゆーいちくーん! 見て見て! こんなにきれいな貝殻拾っちゃった!」
貝殻を持ったみゆきちゃんが勇一の所まで走って見せに来た。
「きれいな貝だね」
「でしょー。何ていう貝なのかな? 勇一くん分かる?」
「石田に分かる訳がないだろ」
「そーそー」
「図鑑で調べた方が絶対早いって」
渡辺と鈴木と香織がみゆきちゃんの貝殻を見て言った。
「皆でそんなこと言わなくても良いんじゃ……」
「そっか……」
みゆきちゃんは少し残念そうだ。
(さっきまでこいつらここじゃなくて海の中で遊んでたくせに!)
勇一はこの三人が邪魔をしてきたとしか思えなかった。
勇一達は受験勉強の息抜きのために泊まり掛けで海にやって来た。
「何か喉が乾かない?」
鈴木が汗を拭きながら言った。
「そうだね。何か冷たいのが飲みたいよねー」
香織の言葉を聞いたみゆきちゃんは香織の腕を掴んで立ち上がった。
「ちょっ! みゆき?」
「私、今から香織と一緒に近くの自動販売機で飲み物買ってくるね! 何でも良いよね?」
「え?」
みゆきちゃん以外は皆きょとんとしている。
「熱中症で倒れたら全然意味ないもん!」
そう言ってみゆきちゃんは香織を連れて海から近くの自動販売機に行ったのであった。
「どうしたんだろ? みゆきちゃん」
勇一はみゆきちゃんの行動が気になった。
「みゆき? どうしたの? いったい……」
香織はみゆきちゃんに訊いた。
「勇一くんが倒れたら意味ないの!」
「は?」
香織はみゆきちゃんの言っている意味が分からなかった。
「みゆき、遊ぶために来たんじゃないんだからね?」
「分かってる」
みゆきちゃんは自動販売機を見つけた。
「あそこで買おー!」
みゆきちゃんは少し立ち止まり、香織に言った。
「あっ! お金持って来るの忘れた!」
「もー! みゆきは……」
みゆきちゃんは最初から遊ぶために海に来たかったがそれではいけないという香織の説得により受験勉強の息抜きということにしたことを男、三人は知らないでいた。
「良い? ちゃんと受験勉強の息抜きしてますって感じを出すのよ?」
香織は再度みゆきちゃんに確認した。
「分かってるって」
みゆきちゃんは適当に答えた。
(ほんとにもう! この子は……受験で泣いても知らないからね!)
香織はみゆきちゃんの将来が不安になる時が多々あった。
それから二日が経った。
その二日間はとても受験生とは思えない時間を過ごした。
みゆきちゃんは海で溺れかけたり、香織は日焼けしたり、『海といえばスイカ割りでしょ!』というみゆきちゃんと香織の発言から渡辺が西瓜を買いに1時間以上も歩いて西瓜を探したり、鈴木はデジカメで学年トップレベルの二人を撮りまくったり、勇一は友人達にみゆきちゃんと二人っきりになるのを邪魔されたりしていた。
そんなこんなでこの息抜きも最後の夜となった。
いつの間にか渡辺と鈴木と香織は花火を買いに行ってしまった。
勇一とみゆきちゃんは何をするわけでもなく、ただ海の音を聞きながら砂浜に座っていた。
数十分後、溜め息をつきながらみゆきちゃんが言った。
「はー、明日帰るのかー」
その溜め息を聞いた勇一はみゆきちゃんを見ながら言った。
「まだここに居たいって感じ?」
「うん。ずっとここに居たい」
みゆきちゃんは海を見つめた。
勇一はずっとみゆきちゃんを見ていたかったができなかった。
みゆきちゃんは海を見つめたまま勇一に言った。
「もう半年だよ?」
「え?」
勇一は海を見続けるみゆきちゃんを見た。
みゆきちゃんは勇一を見ない。
「もう半年経つんだよ。勇一くんと私。なのに、何もないなんておかしいよ」
勇一はみゆきちゃんの言っていることが分からないふりをした。
「普通ならもうキスとかいっぱいして……るんだ……よ……」
みゆきちゃんは唐突に泣き出した。
「だ、大丈夫?」
勇一はみゆきちゃんが泣いているのを見てどうして良いのか分からなくなった。
「とりあえず、これで」
勇一はズボンのポケットからハンカチを取り出し、みゆきちゃんに差し出した。
だが、みゆきちゃんは首を横にいっぱい振ると泣きながら立ち、灯りのない方へ突然、走り出した。
勇一はみゆきちゃんを追いかけなくてはいけない気持ちがした。
(追いかけないと!)
勇一はみゆきちゃんを追いかけるために立ち上がり、みゆきちゃんの背中を探した。
(みゆきちゃん! そっちは……)
そして、勇一もまた灯りのない方へ走り出した――。
三人は二人が居るはずであろう砂浜に花火を持って帰って来た。
「あれ? いないねー、二人とも」
鈴木が辺りを見回しながら言った。
「しょうがない。三人でやるか。花火」
渡辺が花火の袋を開けた。
「そのうち帰って来るでしょ」
香織はろうそくに火をつけた。
「はあ、はあ……とっ……止まってって……みゆきちゃん」
勇一は走りながらみゆきちゃんに言った。
「ついて来ないで!」
みゆきちゃんは少し加速した。
(何であんなに体力が……)
勇一もみゆきちゃんの背中だけを見ながら少し加速した。
「はあ、はあ、はあ、はあ……こ、ここまで来れば……」
みゆきちゃんは今まで全速力で走っていた。
勇一の姿は見えない。
安心したのかみゆきちゃんはその場に座り込んでしまった。
走りながら考えていた。
(どうしてこんなに大声で私を止めようとするんだろう? 疲れないのかな? こんな私を追いかけたって意味がないのに……)
「……私は勇一くんの何なの?」
みゆきちゃんはぼそっと言った。
「みゆきちゃんは……おれの……か、かの女じゃん」
月明かりに照らされながら息も絶え絶えに勇一が歩いて来た。
「足、速いんだね……俺、途中から歩いちゃったよ。はは……」
「……何で歩いてまで来たの? 皆の所に帰れば良かったのに」
勇一はみゆきちゃんの隣に座った。
「みゆきちゃんを追いかけてちゃんと泣いてる理由聞きたかったから」
「それだけ?」
みゆきちゃんは勇一を見ないようにした。
「それだけじゃないよ。海に来てから二人だけの時間ってあんまりなかったから。二人だけになりたかった」
みゆきちゃんは何も言わない。
ただ、波の音がするだけ。
勇一が息を整えるのが聞こえる。
みゆきちゃんは目を閉じた。
勇一の匂いが風に乗ってみゆきちゃんを包む。
みゆきちゃんは目を開け、勇一に身体を預けた。
月明かりの優しさが伝わる。
勇一はみゆきちゃんの顔を見つめた。
二人を邪魔する者はもう誰もいない。
みゆきちゃんは何かを待っているかのように勇一を見つめた。
勇一はそれに応えるかのようにみゆきちゃんの唇目掛けて自分の口を近付けた――。




