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第二十五話 失恋したことにしましょ

 警察を出ると、夕焼け空が一日の終わりを告げていた。残念ながら、昼間の暑さは、その時間になっても和らいではいなかった。




「面白かったぁ」




 警察を出ると瑛子が叫んだ。




「でも、ハラハラものだったよ」




 夏美が大きなため息を吐いた。




「何でぇ?」


「決まってるじゃない。瑛子がエロイからいけないんだよ!」




 京香が瑛子を軽く叩いた。




「何で私が美人なのがいけないのよ!」


「どういう耳してるのよ、あんた!」


「京香はこの間のデートのことを言ってるんだよ。大人とエロイ事したら、捕まるんだよ」


「えー! そうなの? でも、私エロイことなんてしてないもん」


「それは、助けたからしなかっただけでしょ!」




 京香が真面目な顔で瑛子を睨んだ。



「あー、分かったよ。何もかも私が悪かったんでしょ」


「そうそう、分かればいいのよ」




 京香の言葉に夏美も頷いて見せた。




「でもさ、私のおかげでこんな体験できたんだから、感謝して欲しいよね」


「あんたのおかげじゃなくて、単にあそこでバイトしてたから、参考人として呼ばれたんでしょ!」




 まだ分からないのかと言うように、京香が怒鳴った。夕暮れ時の蝉が、三人のやり取りを聞いて笑っているように、鳴き叫んでいる。




「うるさいよ! 蝉!」




 瑛子が木の上の蝉に怒鳴るが、そんな事で蝉の鳴き声が止むわけも無い。


 三人は、熱気の立ち上るアスファルトの上を歩きながら、残りわずかな夏休みの今日を楽しんでいた。




「そう言えばさぁ、瑛子はこれからどうするわけ?」




 夏美が唐突に瑛子に話し掛けた。




「どうするって何が?」




 京香も不思議そうに夏美を見ている。




「荒木さんのこと好きだったわけじゃない。でも、荒木さんって殺人犯なわけでしょ。それでも、好きでいるのかなぁって」


「えー! 荒木さんって殺人犯人なわけ?」




 瑛子が大きな声で叫んだ。




「あんた、あの刑事さんの話聞いてなかったの?」




 京香は流れる汗を拭いながら、瑛子を見た。




「聞いてたよ」




 平然と言ってのける瑛子。




「聞いてて分からないって、どこまで理解力がないわけ?」


「……舞い上がってただけだよ。多分」


「暑かったしね」




 夏美がボソッと呟いた。


 確かに暑かった。あれほど暑い中で、取調べなるものが行われるのだから、刑事という仕事も大変なものだ。「どうせ捕まるなら冬場がいいね」と事情聴取を受けている最中に瑛子が漏らしたのだが、萩原はそれすらもスルーしてくれたのだ。どうも、刑事というのはお笑いのセンスがないようだ。




「いい? あの刑事さんが言ってたのはね」




 京香が取調室で刑事が話していたことを、おさらいするように話し出した。




「取調室に入って、四枚の写真を出されたでしょ。その中に荒木さんの写真があったよね」




 蒸し暑い取調室の中で、三人は別々に事情聴取を受けるはずだった。しかし、瑛子が一緒でなければ話さないとダダをこねたことで、三人一緒の事情聴取となったわけだが。その時に出されたのが、荒木を交えた四枚の写真だった。その写真の中で三人が知っていたのは荒木と、最後に見せられた被害者の瑠璃子だった。そして、どうして荒木を知ったのか、荒木とはどういう関係なのか、荒木のケイタイに瑛子の履歴が多数残されていたが、どういうことなのかという質問がなされた。


 瑛子が「何で荒木さんの事を調べているんですか?」と聞いたときに、刑事はゆっくりと三人の目を見てこういったのだ。




「荒木が山下瑠璃子さんを殺害した犯人なんだよ」




 荒木が山下瑠璃子さんを殺害したことは、報道や電話でも聞いて分かっていたことだ。しかし生で聞くその言葉は、今まで見てきたどんなドラマよりも感動的だった。感動的というのも可笑しなものだが、目の前で本物の刑事の口から出る言葉なのだ。これを感動せずにスルーできる高校生がいたらお目にかかりたいものだ。




「荒木さんが、殺したんですか?」




 こんな時は、どんなに感動しようと、驚こうと抑揚の無い夏美の話し方が救いになる。京香が夏美の声を聞いて我に返ると質問を繰り広げた。その結果、荒木と山下瑠璃子が恋人関係であったこと、殺害理由は分かっていないが、荒木が瑠璃子を殺したこと。その殺害方法が絞殺であったことなどが分かった。もちろん、これらの情報も京香と瑛子、夏美の三人が交互に質問と妄想を繰り広げ、刑事が折れた形で明らかになったのだが。しかし、残念なことに新たな情報は多くはなかった。




「って流れだったじゃないの。瑛子、あんなに興味深々で質問してたのに、覚えてないの?」


「そりゃぁ、全部忘れてるわけじゃないけどさ」


「で、これからどうするの? 恋を貫く?」




 瑛子がじっと前を向いていたかと思うと、にやりと笑い「恋を失った女は、恋する女よりも美しいものよ」と言ったのだった。




「あぁー、失恋を楽しむ系ですか」




 颯爽と歩く瑛子の背中を見ながら、京香と夏美が顔を見合わせて笑った。


 じっとりとまとわり付く風が、瑛子の髪に絡んで通りすぎた。



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