第二十二話 着信
バイト先から連絡が無いまま、八月も半ばになると、さすがに宿題のことが少しは気にしなるらしい。
「なんだろうね、このプリント。日本人が英語やってどうするんだろうね」
瑛子がプリントをヒラヒラと振って見せた。
どんなにエアコンの効いた部屋で、のんびりと話しながら鉛筆を持っていても、書くものが宿題のプリントなのだ。一向に鉛筆は動かず、出るのはため息ばかりだ。
「こんなの分かる訳無いじゃない」
「ねぇ、京香教えてよ」
「自分でやらないと意味が無いでしょ」
ソファーの上では、パリジャンヌがもこもこの毛皮を冷気にそよがせて、いかにも涼しそうだ。
「ちょっと、クマが暑苦しんだけど」
勉強もせずに涼しそうな顔をしているパリジャンヌに、腹立たしさを覚えた夏美は、八つ当たり気味だ。散々一馬に宿題しろと迫られながら、結局いつもと同じ事をしているのだから、成長がないというものだ。
「クマじゃないから。いい加減名前覚えなよ」
「合わないよ、パリジャンヌって。悪趣味すぎるって」
「確かに悪趣味だよね」
瑛子も同意見らしい。
「クマが合ってるよ。完全にクマだよね」
「クマって言うな!」
「ねぇ、クマぁ」
手を伸ばしてクマならぬ、パリジャンヌの毛皮を撫でると、嬉しそうに尻尾を振っている。
「ほら、やっぱりクマだってよ」
「夏美! それ以上、パリジャンヌに名前の変更を求めたら、入室を拒否るからね!」
「あぁー! 夏場はやめてくれー。ねぇ、パリジャンヌぅ」
三人が爆笑するが、笑いの種にされているパリジャンヌはうるさそうに目を閉じた。
「あれから、荒木さんから連絡あった?」
京香が瑛子のケイタイに目を落した。
「あるわけ無いでしょ! 私たちの愛を壊しておいて、よく言うよ!」
「あんた、あのまま放っておいたら、捕まってたわよ。殺人の次は、性犯罪ですかぁ、みたいなぁ。三面記事にデカデカと載るよ」
「中華料理店で繰り広げられる、犯罪の数々。JK・A子さんはバイト先の副店長荒木に課外授業をされていた!」
「この場合のA子はアルファベットだね。A子が瑛子だと分かって、秋には退学処分決定。三人グループは二人組みになっちゃうね」
夏美が解説をし、その後の展開をコメントすると、
「そうか、それは寂しいから、もう一人誰か募集するか」
京香が真剣に考える格好をした。
「ちょっと待ってよ! 分かったよ。感謝するわよ。助けてくれて、ありがとう」
いつの間にか、お礼を言う破目に陥っている瑛子だった。
「でも、いい感じだったんだけどなぁ」
未練たらたらという感じの瑛子が、両手で顔を覆った。
「分相応な相手と付き合いなさいよ」
そんな話をしているときに、瑛子のケイタイが鳴った。瑛子がケイタイを取り上げ、噂をすれば影だと喜びながらディスプレーを見てみると、そこには見たことの無い電話番号が表示されていた。
「なんだろう、これ」
三人が頭を寄せて、ディスプレーを確認するが、誰もわからない。
「どうする? 出る?」
「間違い電話かもしれないけど、掛かってくるだけなら、お金が掛かるわけじゃないし。ヤバイと思ったら着信拒否すればいいんだからさ。出てみたら?」
と京香が促す。
瑛子が京香を見て頷き、受話ボタンを押す。すると、全く聞いた事の無い男性の声がケイタイから流れ出てきた。
そしてその声は、一言こう言ったのだった。
「中央警察署の者ですが。南光瑛子さんのケイタイでしょうか?」
三人の頭に、数日前の荒木との行動が甦った。そして、三人揃って生唾を飲み込んだのだった。




