第二十一話 ソフトクリーム
「ソフトクリームが食べたい」
じっと荒木を見つめ、無表情にそう言ってのけたのだ。
「……」
京香の真意を読み取ろうとしているのか、荒木の動きが止まった。
「今日のこと、パートのオバサンたちが知ったら、大喜びするよねきっと」
一瞬、荒木の咽喉から『うっ』というような、声にならない声が漏れた。
「ねぇ、瑛子もそう思うよね」
「京香、あんた脅迫してるの?」
「違うよ。暑いし、こんなところでいつまで話していてもしょうがないじゃない。今に体中の水分が抜けてミイラになっちゃうよ。その前に、冷たいものを食べて元気になりたいと思わない?」
「それと、オバサンたちとどう関係があるのよ」
瑛子が挑みかかるように、京香を睨みつけてくる。
「関係? 無いよ。ただ、そう思っただけだよ。瑛子はそう思わない?」
「……そりゃぁ、オバサンたちが知ったら大変な騒ぎになるよ」
「でしょぅ。でさ、いつまでもここに立っていたら、オバサンたちの知り合いに会わないとも限らないと思わない?」
今度は夏美に向かって同意を求めてきた。
「そうだねぇ。オバサンたちだって、この町の人だから、情報網はあるよね」
段々荒木の顔が青ざめてくるのが分かった。これ程、暑い昼下がりに真っ青な顔なのだから、どれほどの動揺なのだろう。許されるなら、お腹を抱えて笑いたいところだ。
「そ、そうだね。冷たいものを食べに行こうか。頭を、いや体を冷やした方が良さそうだね」
荒木は踵を返すと、もと来た道を歩き出した。荒木の後を瑛子がふてくされたようについていく。その後ろを京香と夏美が歩き出した。京香の顔を覗き込むと、いかにも満足だといわんばかりの満面の笑みをたたえていた。
(相変わらず、京香は恐いなぁ)
「そういえば、今日のデートの事、彼氏に言ったの?」
「私の彼氏?」
京香が「何で自分の彼氏に言わなくちゃならないのだ」と言いたげに眉根を寄せた。
「違うよ……の」
夏美がそっと人差し指を瑛子に向けた。
「あぁー。言ったよ」
「言ったんだぁ」
「私が言ったんじゃないよ。私の彼氏が言った」
京香と瑛子の彼氏は同じ大学生だ。プールでトリプルデートをして以来、気があったのか連絡を取り合っているようだった。
「それって、計算ずくでしょ」
「まぁね」
京香の口元がニヤリと歪んだ。
「面白いことは、逃がさないようにしないとね」
(絶対に、京香には弱みを見せないようにしなくちゃ)
夏美の心に新たなる決意が生まれた瞬間だった。
イチゴシロップがたっぷり掛かったカキ氷に、アイスが乗っいる。シャリシャリと氷にスプーンを差し込んで、冷気を楽しむ。スプーンにピンクの氷を載せ、口へと運ぶ。思わず胸の前で、両手をグーにして体を縮めると目を瞑りながら「んー」と声が出る。やはり、冷たいものを食べているときが一番幸せだ。
「それからどうなったの?」
どんなに幸せを噛み締めていたくても、現実の声が夏美を引き戻す。
「え? なんだっけ?」
「だから、京香が瑛子の彼氏に暴露したんでしょ」
いつもなら、こんなゴシップネタに飛びつかないはずの一馬が、目を輝かせて話しに乗ってきていた。
「あぁ、その話ね。忘れてた」
「夏美は、何か食べてると思考が止まるからなぁ」
「うーんとね。別にどうってことなかったらしいよ」
結局は、京香の彼氏が瑛子の彼氏を哀れに思って暴露したのだが、さすがは瑛子の彼氏をしようというだけのことはあるようで『ほんのちょっと、瑛子は旅行をしてるだけだよ。恋という旅行をね。だから、帰ってくるまで待つよ』と言ったそうだ。
その話を聞いて、さすがだなと思いはしたが、同時に何故そこまでするんだろうという疑問が湧く。というのも、それほどまでの女だとは思えないからだ。これは瑛子には内緒だが。
それよりも、人の不幸を喜ぶ京香に恐怖を感じざるを得ない。そこまで性格が悪かったのかと疑いたくなった。以前から、面白いと思ったことには執拗に食らいついてくる感があったが、あそこまでされると引いてしまう。
だからって、友達を止める気は無いが。
あの日も、あれから駅ビルに戻り、荒木のおごりでソフトクリームを食べ、ゲーセンで散々遊んだ。ユーフォーキャッチャーでは、自分たちにはゲットでないぬいぐるみを荒木に取らせたりして、荒木が失敗すると散々こけ下ろした。
恐るべし、JK。
さすがに、バイト先の上司なのだから、これはやりすぎだろうと京香にこっそりと話したところ、「いけない事をしようとしてたのがばれるとヤバイでしょ? こっちは弱みを握ってるわけだから、大丈夫だよ」という返事だった。
ということで、夕暮れまで荒木の財布を我が財布と思い込んだ京香と、京香に好き放題されることが許せなくなった瑛子に、おもちゃのように扱われた荒木は、憔悴しきって帰路についた。
きっと後悔しているだろう。相手が悪すぎた。
「そういうのを悪女って言うんだろうな」
食べ終わった皿から手を離して、一馬が言った。
「悪女見習い……かな」
「見習い?」
「だって、まだ子供だから」
「子供のうちから、男を手玉に取ってるんだから、大人になったらどうなるんだろう。オレはごめんだな」
「よく、あの二人の彼氏は付き合ってるよね」
「どこかいいところがあるんだろうなぁ」
二人して、天井を仰いでじっと考える。が、しかし何も思い浮かばないのだ。
「やっぱ! ねーよ!」
それが結論だった。




