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第十九話 尾行

 広めのつばに、ひまわりをあしらった麦藁帽子。ブルーのワンピース。大きなサングラス。




「尾行するんだよねぇ」




 三日後の今日、駅前には到底尾行目的とは思えぬ格好の京香と、真夏の暑さに早くも負けを認めている夏美がいた。




「そうよ、尾行するんだよ」


「どう見ても尾行目的とは思えないんですけど」


「こういうのは、極普通の格好の方がいいのよ」


「普通ねぇ。目立ってるよ」


「そういう夏美だって、目立つよ」


「普通じゃん」


「この暑いのに、それが普通?」




 ヨレヨレのTシャツにGパン。長袖のヨットパーカー。そして、フードをすっぱりと被っているのだ。




「面が割れないように、この暑いのに頑張ってるんじゃない」


「そのパーカーは要らないよ」


「そうかなぁ」




 二人して、じっとお互いを見つめ直して大きなため息を吐いた。




「まぁ、良しとしよう。とにかく、瑛子だ!」




 二人が隠れている看板から顔を出し、遥か前方を見てみると、そこには瑛子が目一杯のおしゃれをして立っていた。




「力、入ってるよね」


「瑛子は、新しい恋に貪欲だからね」




 京香が面白そうに回答する。




「荒木さんも、物好きだよね」


「何で?」


「だって、瑛子だよ。何で、デブの瑛子なんだろう」


「それ、聞きようによっては、何で自分じゃないんだろうって聞こえるよ」




 夏美が頭を引っ込めると、壁に寄りかかった。




「別にぃ。私が声を掛けられたら断ってるけどさ。でも、ちょっと癪じゃない」


「そうかなぁ。オッサンじゃん」




 夏美は、どうしてもオッサンであることが引っ掛かるようだ。




「オッサンだけど、結構イケメンじゃない」


「イケメンでもオッサンはいやだ」


「てか、夏美に声を掛けるような勇気は無いと思うぞ」


「失礼だね」




 夏美が膨れて見せるが、京香はそんな夏美を見てはいない。




「失礼? そうでもないな」


「どうしてそう思うよ」


「その格好じゃ、恋が寄ってこない」




 畳み掛けるように追い討ちを掛ける京香。




「……来なくてもいいよ」




 そんな京香に諦め顔の夏美。




「あ! 来たよ」


「来なくていいよ」


「そっちじゃないわよ!」




 京香が夏美を小さく叩いた。




「痛いよ。夏場はお肌の露出度が高いから痛いんだよ」


「長袖着てるんだから大丈夫でしょ」




 前方に目を向けると、荒木が瑛子のそばに寄って行くところだ。




「へぇ、私服のオッサン。結構若く見える」


「世間的には若いだろ」


「いくつよ、あのオッサン」


「オッサンって、気に入ってるでしょ。その言葉」


「ちょっとね」


「あの人は、二十六歳。前にも言ったよ」




 とは言われても、覚えていないのだから仕方がない。




「九歳違いか」


「そうだね」


「犯罪だよ」


「でも……瑛子だから」




『瑛子だから』と二人の声が重なる。どれほど、瑛子を軽く見ているのやら。





「今日は来てくれて、ありがとう」




 荒木が瑛子に向かって笑ってみせる。




「荒木さん、すっごく疲れてるみたいですよぉ」


「あぁ、あんな事があって、警察が来たりあれやこれやで、面倒なことが多くて参るよ」


「そうなんですか。私に出来ることがあれば、お手伝いします!」


「ありがとう。瑛子ちゃんの笑顔が見れれば、それが一番かな」




 そう言うと、二人は歩き出した。もちろん、二人の後方をかなりの距離を開けて尾行している者がいることなど、全く気がついていない。瑛子の目には、荒木しか映っていないらしい。




「どこへ行こうか? 瑛子ちゃんが行きたいところに行こう」


「私はどこでも」


「そう? じゃぁ、気晴らしが出来るところがいいな」




 そういうと、荒木の腕が瑛子の肩を抱いた。





「この暑いのに、肩なんて抱いて。うっとおしくないのかなぁ」


「夏美はどうしてそう考える? これって、ヤバイ展開だと気がつかない?」


「まぁ、ヤバイといえばヤバイけど。暑いよ」


「その感性の薄さを何とかしたいよね」


「放っておいて欲しいね」





 京香と夏美は、ところどころで電柱や看板に身を潜めながら、後ろをついて歩いているのだが、その可笑しな行動に全く気がつかないのは瑛子だけではなかった。




「駅の裏手に静かなところがあるから、そっちへ行こうか」


「荒木さんが静かなところが良いなら、私はそれでいいわ」

 

「こっちって、いけない地帯じゃなかった?」


「いけない地帯?」




 汗だくになりながら、息遣いも荒く応える。そんな夏美に眉を寄せる京香だ。




「本当にドン臭いわね! ラブホ街だよ」


「えー! そうなの? よく知ってるね」


「この町に何年住んでるのよ。夏美って、本当は外人なんじゃないの?」


「外人でもいいけど、白人がいいな」


「似合わないよ。あ! やっぱり、いけない地帯だよ」


「あっりゃー。始めて見たよ」


「会ってすぐこれって、ダメでしょ」


「だから、あのオッサンはヤバイって」


「助けなくちゃ!」




 真昼間のラブホ街は死んでいるようで、違和感があった。至る所に、いけない雰囲気とけだるさが感じられる。それでいながら、始めて踏み込んだ世界に、都会へ出た田舎者のように、ホテルの入り口をもの珍しそうに覗き込んでしまう。




「夏美! キョロキョロしないでよ! 瑛子を救出に行くよ!」




 京香が夏美の腕を引っ張って、荒木と瑛子目掛けて走り出した。




「瑛子ぉ!」




 京香が大げさに頭上で手を振って、瑛子の名を叫んだ。


 しんと静まり返った街に、不釣合いな声が反響した。



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