第十八話 デートの相手はだぁれだ?
翌日からバイトが無くなった。三人は口々に「残念だ!」「もっと働きたいのに!」と言いながらも、どこかホッとしていた。しかし、その気持ちを表に出せば、必ず突っ込まれる。そんな事は分かりきっているので、誰も言い出さないのだ。
そして、うだうだと貴重な夏休みが安らかに過ぎていくのだった。
「暑い……」
蝉がうるさいくらいに鳴き続ける午後。
「うるさい……」
妹の冬香はプールへと出掛けている。
「アジィ……」
誰もいない家の中で、夏美はいつもと同じ様に大の字になって、扇風機に当たっていた。バイトがなくなったのは嬉しいが、この暑さから逃げられなくなったのは残念でならない。
ケイタイが鳴る。
「あー! 誰だよ!」
汗でべたつく体をねじって、ケイタイを手にする。
ディスプレーには【京香】の文字。
ふと、数日前の会話が思い起こされた。
『やっぱりあれって殺人だったね』
『あれって? 何のドラマ?』
『ドラマじゃないよ! この間の警察だよ』
『あぁ……何で?』
『あんた新聞読んでないの? 新聞に載ってたよ』
一馬からもその話は聞いていたが、大して興味が湧かなかったので、記憶の隅に埋もれていたのだ。
『山下さんが殺されてたんだってよ』
そうだ、一馬から聞かされたのもそうだった。聞いたときは確かに驚いた。あの優しく穏やかで明るい山下さんが、どうして殺されねばならないのか。
『誰が犯人なんだろうね。やっぱり店長かな』
京香はどうしても、店長を犯人にしたいらしく、その時も店長説を曲げなかった。それからは、ことあるごとに事件の事が話しに上った。
だから、今回も【京香】という文字を見て多少面倒だという想いが先に出たのだ。しかし、無視するわけにもいかない。
夏美は、ケイタイの受話ボタンを押した。すると、夏の暑さをより暑くするような切羽詰った京香の声が響いてきた。
「ちょっと、聞いた?」
開口一番のセリフがこれだ。しかも、聞いたかと言われても主語が無いので、何の話なのか全く分からない。
夏美はケイタイを耳に当てながら、台所へと移動した。
「聞いたかと言われても、何のことだか」
「そりゃそうよね! 瑛子がデートだってよ」
「それって、いつものことじゃない。別に目新しくないけど」
冷凍庫からカップアイスを取り出し、頬に当てる。アイスのひんやりとした感触が気持ちよい。
「ところが、彼氏に問題があるのよ」
「彼氏?」
「そうよ! 誰だと思う?」
「……」
大方、荒木副店長あたりだろう。とは思うが瑛子の事だ、案外全く想像できない相手かも知れない。
「ねぇ、誰だと思う?」
「選択肢は?」
「三人が良く知ってる人!」
「……徹ちゃん」
覚えているだろうか。三人の担任教師だ。
「ブー! そりゃ無いよぉ。いくらなんでも、瑛子が可哀想過ぎるでしょ」
「そら、確かに」
アイスの蓋を開けながら、上の空で返事をする。
「アイスなんて食べてる場合じゃないよ!」
(何故分かる?)
「……見てた?」
「んなわけ無いでしょ! でさ、相手だよ。相手!」
「三人が知ってて、徹ちゃんじゃなくて、京香が騒ぐってことは……」
「うん」
「かなり話題性の高い人だよね」
「そりゃそうよ!」
「……」
アイスが口の中で溶けると、冷たい液体が喉を通る。体の芯まで冷やしてくれそうな錯覚に陥る。これが至福の時というのだろう。
「もう、じれったいなぁ。相手はね、荒木さんだよ!」
「ほぅ、荒木さんかぁ」
「どう? 驚いた?」
「何で? 瑛子なら、有りでしょ」
「だって、犯人かもしれないじゃない」
未だに京香の中では、殺人事件が続いているようだ。
「犯人ねぇ」
よくよく聞いてみると、犯人かも知れないから、尾行しようということらしい。これだけ聞けば、誰だって友達思いだと思うことだろう。しかし、今時のJKがそんな清らかなはずも無く。
「友達思いだねぇ、表面的には」
「友達思い?」
「だって、犯人から瑛子を守ってあげようってことでしょ? 表面的には」
「だぁれが?」
「京香が」
「何で?」
「だって、殺人犯人かもしれないって言ったじゃない」
「そんな分けないじゃない。TVの見すぎだよ」
と大笑いする声が耳をつんざく。思わず、アイスを握りつぶすところだった。
「あんたが言ったんじゃない!」
「そりゃぁね、面白いからさ、その方が。でも、あるわけ無いじゃん」
「あぁ、そう」
もう、どうでも良くなってきた。
「瑛子のデートを尾行して、途中で合流するのよ。瑛子一人甘い汁を吸わせるのはもったいないじゃない」
「どういうこと?」
「相手は大人だよ。ちゃんと働いてるんだから」
そこまで聞いて納得した。京香の頭の中では《男=働く=財布》という図式があるのだ。今回もその図式は崩れないらしい。
「合流すれば、涼しいところで遊ぶお金くらい出してくれるんじゃないかなぁ」
くれると言うよりは、出させると言った方がいいだろう。
最後のひとすくいを口に入れると、せっかくの幸せを京香に吸い取られたようで哀しくなった。
「食べ終わったゴミはちゃんと捨てなさいよ。ゴキブリが来るからね」
「……」
時々、京香がエスパーではないかと疑いたくなる。
「どこかで見てるの?」
「あんたのため息で分かるのよ」
凄い洞察力だ。
「だから、三日後にデートだからね。十時に駅前集合ね」
(もう、決まってるわけね)
「でもさぁ、デートの邪魔しなくてもいいんじゃない」
「邪魔なんてしないわよ。面白そうだから、ちょっと参加するだけよ」
それを邪魔と言うのではないだろうか。
夏美は幸せを求めて冷凍庫を開けた。
「太るわよ!」
京香の声が夏美の鼓膜を大きく振るわせた。




