第十七話 やっぱり殺人事件ですかね?(1)
「あれじゃぁ、しばらく仕事出来そうに無いね」
瑛子がため息混じりに呟きながら、オレンジジュースのストローをもて遊んでいる。
三人が真夏の太陽から逃げるように入ったのは、窓から中華店が見えるファミレスだった。
「せっかく、バイト頑張ってたのにね」
夏美がよく冷えたお絞りで顔を拭いている。
「オジサンみたいだから、止めなよ」
京香が苦い顔をして夏美を見た。
「気持ち良いよ」
夏美にとっては、オジサンに見えようがどうしようが、気持ちがよい事の方が大事なのだ。顔と首を拭き終わると、腕を拭き始めた。このままでは、脇の下まで拭き上げそうな勢いだ。京香が「分かるけど、ファミレスの中では止めなよ」と、お絞りを取り上げた。
「荒木さんに会えなくなるよ」
窓から見える料理店に目を向けながら、瑛子がぼやいた。
「瑛子はバイトが目的じゃなくて、荒木さんが目的だったのか」
お絞りを取り上げられ、残念そうにしながらも、瑛子のぼやきを聞き逃さない夏美だ。
「そんなことないわよ」
夏美に顔を向け否定して見せた。
「周知の事実だから、否定は出来ないよね」
夏美との言葉に京香が頷いてみせる。瑛子がムッとして目を伏せた。
「それにしても、一体何があったんだろうね」
「本当だよね。警察が来るって、よっぽどだよ!」
京香がコップのしずくをナプキンで拭きながら言った。三人の前に置かれたコップの表面には、無数のしずくがついている。そのしずくを拭き取る京香に対して、瑛子はナプキンをコースター代わりに使う。夏美は、コップにナプキンを巻きつける。三人三様の飲み方だ。
「そうよ! 荒木さんがあんなに疲れた顔して……」
話しが核心に触れようとすると、荒木の話しに戻る。瑛子にとっては、真夏の暑さを吹き飛ばす、魅惑的な事件より荒木との恋の行方の方が大事らしい。
「瑛子は黙ってていいよ」
京香にそう言われて、瑛子が又してもむくれて見せた。
「そういえば、最近山下さんに会ってないなぁ」
夏美が思い出したように山下の事を話しに持ち出した。
「今日、山下さんのシフト入ってたよね」
「そうだよ。山下さん感じいいよね。今日は一緒のシフトだから、期待してたんだよね」
「私は前回のシフトで会ってるよ」
瑛子が自分だけが知っているのだと胸を張って見せた。瑛子の言によれば、前回山下瑠璃子に会った時には、瑠璃子の顔色は悪く、体中から黒いオーラが出ていたそうだ。
「オーラねぇ」
「瑛子、オーラなんて見えたっけ?」
「そんな感じがしたのよ」
「山下さんは瑛子の恋敵だから、瑛子の目がかすんでる可能性もあるよ」
瑛子のオーラ説に対して、京香が冷ややかに言った。
「それ! どういう意味よ!」
どういう意味かと言えば、そういう意味なのだが、瑛子としては面白くない。
「日本語勉強してから会話に加われよ」
夏美がわざとらしくため息を吐いた。
「山下さんと一緒のシフトだと、仕事がスムーズなんだよね」
バイトを始めて数回のシフトではあるが、一人前の会話が繰り広げられる。かなり一丁前の夏美だ。
「そうそう、最初から山下さんって感じよかったものね」
「でも、山下さん本当にため息ばっかり吐いてたよ」
瑛子が、コップの氷をカラカラと鳴らしながら言う。
夏美と京香が目を合わせた。合わせたからと言って意味があるわけでもないのだが。
「一体何が起こったんだろうねぇ」
またしても同じ言葉が口から漏れる。
視線を外に向けると、じりじりと照りつける陽射しがアスファルトに反射している。室内から見る外の世界は、全くの異世界だ。
「外出たくないよぉ」
ドリンクバーだけで、何時間も粘るのはたやすいことだが、どうしたって最後は外に出なくては帰ることが出来ないのだ。
「ドラえもんがいたらなぁ」
「どこでもドア?」
夏美の呟きに、京香が応える。
「うん、真夏と真冬限定でいいから、貸して欲しい」
「あぁ、分かる!」
「外出たくないよね、これで外に出たらきっとあまりの暑さに体がドロドロに溶けるよ」
瑛子の表現に、夏美と京香が「グロイグロイ」と眉を寄せながら笑った。




