第十六話 殺人事件ですか?(2)
「きっと、店長が金庫の鍵を持っているのを知ってる奴が殺したのよ!」
やはり、金庫説は譲れないようだ。
「もっと奇想天外なストーリーが良いな」
「じゃぁ、夏美はどんなだと思う?」
「そうだなぁ」
と、じっと入り口に目を向けて考えていると、中から副店長が現れた。その顔は疲れきって、顔色も悪くいつもの明るい、笑顔の爽やかな荒木副店長ではなかった。
「あ! 荒木副店長!」
瑛子が荒木を見つけると、両手を口に当てた。
パートのオバサン達も、荒木を囲むと口々に何があったのかと聞きたがった。
「スイマセン、今は応えられません。今日は、店を開けることが出来ないので、帰って結構です」
「帰って結構と言われても、連絡なく急にお休みになったんだから、時給はもらえるんですよね」
一人のオバサンが食って掛かっている。
「可哀想、荒木さん……」
瑛子が涙声になっている。
(あーあ、感情入っちゃってるよ)
夏美が京香に囁く。
(だって、かなり好きみたいだから、しょうがないよ)
京香が囁き返す。
「今日の時給については、ちゃんと店長に話しますから、安心してください」
京香が目を丸くして「店長は生きてるのね」と悔しそうに呟いた。本気で店長を殺したかったらしい。
「荒木さん! 警察は何でここに来てるのよ。ちょっとだけでも教えてよ」
「いやそれは……今は……。後日警察から皆さんのところには連絡が行くと思いますから、それまでは……自分からは……」
「何で私たちの所に警察が連絡してくるのよ。おかしいじゃない」
「そうは言っても……。お願いします。今日のところは」
「店長はどうしたのよ、パートだからって、ただ帰れって言われてもね。店長からちゃんと言われないと。後で、知らないって言われたら困るじゃない」
右からも左からもオバサンの槍が飛んでくる。
「荒木さんが可哀想……。なんでみんな荒木さんを苛めるのよ」
瑛子が涙を流しだした。いつでも泣けるところが恐ろしい。
「あれは苛めてるわけじゃないと思うけど」
「私もそう思うよ」
「あんた達には分からないのよ!」
「スイマセンね」
「そんな事言ってると、オバサンの刃がこっちに来るからね、瑛子!」
オバサンたちは何とかして、中の様子を探ろうと、荒木を締め上げて吐かせようと頑張っているが、荒木も頑として口を割る気配は無い。
今は荒木に夢中のオバサンたちだが、荒木から情報を得られなければ、その鬱憤を瑛子に向けてくるのは必然だろう。何せ、瑛子が荒木を好きだと言うことは周知の事実になりつつあるのだから。そうなれば、瑛子を使って荒木から情報を得ようとするだろう。そして、その友達である自分たちもターゲットになるのは分かりきっているのだ。溜まったものではない。
「とにかく、今日は店を営業できませんから、帰ってください。これは、警察からの指示です!」
最後の一言が効いたようで、オバサンたちの口が止まった。そして、しばらくすると残念そうに帰って行く。夏美たちも、多少の未練はあったが、その場から離れるしかなかった。もたもたしていて、オバサンたちにつかまるのも厄介だ。早くも瑛子の方を見て、囁いている人もいるくらいなのだから。
後ろ髪を引かれる様に、ゆっくりと歩を進めている瑛子を引っ張るようにして急ぐ二人。この状況を瑛子は理解できていないらしい。
「瑛子ちゃん!」
その時、荒木が近寄ってきた。オバサンたちの好奇な視線が痛い。が、瑛子は荒木に呼び止められて、夢の世界だ。夢の世界の瑛子の目には大粒の涙がたたえられていた。
(演技派だよねぇ)
「今日は瑛子ちゃんのシフトじゃなかったよね」
荒木が瑛子のそばに来ると、じっと瑛子の顔を見ている。
(チョイと、ヤバイ雰囲気じゃない?)
(完全にドラマ入ってるよぉ)
「えぇ、お店が大変な事になっているって、夏美がメールをくれたんです。私、心配で……」
(かなり喜んで飛んできたよね)
(ここは『面白そうだから飛んできました』とは言えない場面だよね)
(言った方が面白いけどね)
二人共、ヒソヒソクスクスとかなり楽しそうだ。
「そうか、夏美ちゃんがメールしたのか」
荒木は、やっと合点がいったと言いたげに頷いて見せた。
「そしたら、荒木副店長がオバサンたちに詰め寄られてて……私、荒木さんが可哀想で」
流れる涙をそのままに、瑛子はじっと荒木を見た。まるで、メロドラマのワンシーンのようだ。
「大丈夫だよ、ぼくは大人だからね。あれも仕事のうちだよ」
(主演女優賞ものだよ)
(女はいつでも女優なのよ)
「又、連絡していいかな」
「嬉しい!」
(あーあ、今の彼氏が過去の彼氏なるよー)
夏美が、可哀想にと言わんばかりに肩を落とした。
(時間の問題だったけどね)
可哀想だとは思うが、こればかりは瑛子を選んだ彼にも責任があるのだから、仕方が無い。
「さすがに、今度のことは……心が休まる場所が欲しいよ」
「私でよければいつでも!」
「嬉しいよ、ありがとう。じゃ、行くね」
「はい、頑張ってください」
走り去る荒木の背中をじっと見つめる瑛子だった。
(とうとう瑛子の手管に乗ったわね)
京香がため息を吐いた。
(あれは、瑛子の罠でもないような気がするぞ)
夏美が首をかしげながら呟いた。これが瑛子なら、小首をかしげ、あたかも女の子らしさを強調したように見えるのだが、夏見の場合はどうも男らしくという表現がよく似合う。
(と言うと?)
夏美と同じように首をかしげ、腕を組んではいるが、京香がやるとそれなりに女性らしさがにじみ出ているから不思議だ。
(何か、荒木さんから瑛子に言い寄って来てる感じがする)
(じゃぁ、両想いじゃない)
京香が面白くなさそうに、頬を膨らました。
(ちょうど警察がいるから、告発するか?)
(まだ、発展してないから、捕まらないよ。それより、夏美は荒木さんが嫌い?)
(あんまり好きじゃない)
(何で? オジサンだけどイケメンの部類じゃない)
(何か、あの人はダメだよ。私の好みじゃないもん)
(好みの問題か)
(そりゃね)
「お待たせ!」
さっきまでの大女優の顔はどこへ行ったのか、涙の痕も綺麗に消えて、満面の笑みで輝いている。
京香と夏美は顔を合わせると、同時に頷いた。
「何よ、あんたたち」
「瑛子は、生まれながらに女優だってことよ!」
意味が分からないと首をひねる瑛子を置いて、二人は歩き出した。
蝉がけたたましく、鳴き叫んでいる。忘れていた暑さが戻ってきた。




