第十六話 殺人事件ですか?(1)
八月に入ると、なお更暑く感じる。
よくも毎日、暑さが続くものだと感心したくなるくらいだ。
「あー、こう暑いと仕事なんてやりたくないよねぇ」
青く高く澄み渡る空の下、自転車をこぎながら夏美はぼやいた。
「大体さぁ、考えて無かったよね。バイト代って貰えるの一ヶ月先じゃん! 夏休み終わるっつーの。何のためのバイトなのさ」
駅が見えてくると、もう直ぐバイトが始まる。
「Uターンして帰りたいよー!」
と吠えまくるが、根が真面目だけに結局バイト先へと急いでいるのだ。
「この性格、嫌だぁ」
中華料理店に到着すると、なにやら店の状態がいつもと違うことに気がついた。店のドアには準備中のプレートが掛かっている。
「えー、ここまで来て、準備中って何よ!」
裏に回り、いつもの通用口から店内に入ろうと試みるが、通用口には何人ものパートのオバサンが中を覗き込んでいるではないか。
「おはようございます」
「あら、夏美ちゃん。おはよう」
パートのオバサンでも、ちゃんと挨拶を返してくれる人もいるのだ。
「どうしたんですか?」
「それがね、大変な事が起きてるらしいのよ」
「大変? お客さんが食中毒とか?」
「その位なら可愛いかもね」
「……なんで、中に入らないんですか?」
「入れないのよ、警察が中にいて、現場を荒らしたらいけないからって」
「警察!?」
「そう、警察」
一体全体、何が起こっているのやら、全く理解が出来ないまま、夏美は瑛子と京香にメールを送った。こういった面白そうな事は、友達同士で共有しなくては、後でどんな文句を言われるか分からないからだ。
『店で大変な事が起こったらしいよ』
直ぐに京香と瑛子からメールの返信が来た。
『大変な事って何?』
『分からないけど、警察が来てる』
すると、二人同時に『すぐ行く!』という返信が来た。
女子高生は野次馬根性の塊なのだ。
十分もすると瑛子が現れた。更に十分後には京香が到着した。それを見たパートのオバサンが目を丸くして三人を見ている。
「どうして居るの?」
「え、へへっ……」
返事にはならないが、その笑いで全てを察したオバサンは「凄い連絡網があるのね」と笑った。
三人の顔が揃ったところで、何が変わるわけでもなければ、中で何が起こっているのか分かるわけでもないのだが、一人で事の成り行きを見守るよりは盛り上がるというものだ。
「警察が来てるって事はよ。事件でしょ」
「そりゃ……火事だったら、消防だしねぇ」
「病人なら救急車だねぇ」
「どんな事件だろう」
パートのオバサンたちも同じ様に、同僚同士でわいわいと盛り上がっている。
帰る者は誰もいない。彼女たちを包む空気は熱く、吐く息も吸う息も熱い。
汗が額から流れ落ち、拭ってもぬぐっても流れ続ける。
建物の影に身を置き、少しでも暑さを避けようとするが、大して効果は期待できない。
「泥棒が入ったとか?」
瑛子が考えられる原因を想像する。
「こんな店に?」
夏美がありえないという風に言うと、京香が「こんなって、そりゃぁ失礼だ」と笑う。
「でも、大金は置いてないだろう」
どこまでも貧乏な店だと思いたい夏美だ。
「いつもレジには五千円札と千円札が数枚と小銭だけだよね」
京香も同意権らしい。
「きっと、奥に金庫があるのを知ってるやつだよ」
瑛子は泥棒路線を変えたくないようだ。
「え! 金庫があるの?」
二人が顔を合わせ、目を合わせる。
「知らないけど、そうかなって」
瑛子が力無げに返事をする。いつもの瑛子なら、負けを認めないのに、今日ばかりは警察がいるせいか、嘘を通すことが出来ないらしい。
「案外殺人事件とか!」
「えー! 誰が殺されたのよ」
「そうだなぁ、店長とか」
今度は京香の脳内劇場の幕が開いたようだ。




