第十四話 恋の噂話(2)
「これ以上たかられたら、オレのバイト代がなくなるから、ごめん被る」
「残念!」
さて、そんなこんなで結局三角関係の相手が誰なのかということだが。
「あまりにもありきたりだから、もう少しひねったストーリーがいいんだけど」
「人生、そんなにひねった展開なんて無いもんだよ」
京香が分かったように頷いてみせる。
「悟ってるねえ」
一馬が京香を見て笑う。
「そりゃ、大人ですから」
「いいよ、そこのくだりは。店で働いている人でしょ」
「まぁ、この流れからすると、そうなるね」
京香が神妙に頷く。
「分かった! パートの大原さん!」
「な、分けない!」
「パートの大原さんって?」
一馬が知らないのも無理は無い。中華料理店で働いていなければ、話が見えるわけが無いのだから。
「うちらの母親位の人だよ。結構、性格悪いけどね。しかも、私達の教育担当で、めっちゃうるさいんだよ」
「そうなんだ」
「あの人とは、一緒のシフトになりたくないよね。とりあえず、シフトがばらばらになったから、あのオバサンともあまり会わなくなったけど」
京香が同感だと言わんばかりに、首を縦に動かした。
「で、冗談はさて置きだ。誰が真犯人だと思うよ」
京香が話の続きを促す。
「犯人になっちゃったよ。そうだなぁ、年齢的に考えると山下さん辺りかな」
夏美がフラッペをスプーンでかき回しながら言った。
「大当たり!」
京香が大仰に驚いて見せるが、店のスタッフを考えると、副店長と合いそうな年齢の女性と言えば山下瑠璃子位しか思い当たらないのだ。後は、年齢の離れたパートのオバサンと高校生のアルバイトばかりだ。
「パートのオバサンって線も捨てがたいだろう」
一馬が又しても腕を組んで、神妙に言ってのける。
「ありえんティ!」
「恋に年齢は関係ないぞ!」
「そうだけど、恋に落ちそうな綺麗なオバサンがいない」
「そうか、そいつは残念だ」
「何が残念なの?」
「年上の女性に憧れるんだよ。男ってヤツは」
「夏美。コイツ、このままにしておいていいの?」
京香が一馬をあごでしゃくって見せる。
「脳内劇場上演中だから、放っておくのが一番でしょ。構うと余計に図に乗るから」
「お前らには分からないよ、男のロマンは」
「男のロマンじゃなくて、男のエロマンでしょ」
「……オレ、帰るわ」
京香と夏美の爆笑を聞きながら、一馬が席を立った。さすがに、女子の口にかなう男子はいないようだ。
一馬の姿が見えなくなると、京香が聞いてきた。
「いいの? 夏美」
自分が言った事が原因だとは、全く理解していないような聞き方だ。
「いいのって、京香が怒らせたんジャン」
優秀な頭脳を持っているはずの京香だが、自分の言動が人をどう動かすかという点においては、全くと言ってよいほど理解していない。
これで本当に学年トップクラスなのだから、大した学校ではないのではないかと思う夏美だ。
「バカな事言ってるから、ちょっと遊んだだけなんだけどな。だから、ガキだって言うんだよ」
京香がムッとしたように、腕を組んで見せた。これ以上、この話しをしていたのでは、京香の感情を煽るだけなので、夏美は話を元に戻すことした。
「で、山下瑠璃子さんと副店長が付き合ってること、瑛子は知ってるの?」
「知ってるよ。瑛子から聞いたんだもん」
「あー、また瑛子の病気が出たんだぁ」
「障害があるほど燃えるヤツですから」
したり顔で頷きあう二人だ。
「でも、さすがに副店長は大人だから。どうにもならないでしょう」
「さぁね、大人だって女子高生に押し切られたら、ヨロッてなるかもよ」
しばしの沈黙……。
そして、またしても同時に頷く。
「まして瑛子だもんね。あの巨乳で言い寄られたら、さすがにヤバイか」
「副店長っていくつなんだろう」
「確か、二六歳とかだよ」
「よく調べてるねぇ」
「瑛子から聞いた」
「よく調べてるねぇ」
ここまで来ると、声のトーンも落ちてくる。
「何だか、副店長が可哀想に思えるのは私だけだろうか」
夏美がため息を吐きながら、顔を伏せる。
「いやぁ、私も同感だよ。でもさぁ、同感だけど面白い!」
「そう?」
「だって、副店長は大人だから、いくら言い寄られて付き合っちゃっても、瑛子が高校生であることに間違いはないんだから、副店長が犯罪者になるじゃん」
「自由恋愛は成立しないかぁ?」
「瑛子が二十歳ならね。お互いに大人だから」
「恋する感情だけなら?」
「そりゃ、プラトニックなら問題ないだろうけど、瑛子だから」
「そうだね……瑛子だからなぁ」
どこまでも瑛子をコケにする二人だ。
「ね! だから、面白いんじゃない」
「何だか、週刊誌の記事みたいだ。そうなると、今の彼氏が過去の彼氏になるのも時間の問題かぁ」
「瑛子は二股しないからね」
「よく次々と彼氏が出来るよね」
「本当よね、あのデブのどこがいいんだか」
二人して頬杖をつきながら、瑛子の体型を思い描きため息を吐いた。
決して痩せているわけではない。どちらかといえば、太っている部類だろう。スタイルが良くて、美人ならもてるのも分かるが、小太りなだけで、美人でも可愛いわけでもないのだ。
「謎だねぇ」
「うん、謎だぁ」
二人は視線を合わせると、おかしそうに笑いあった。




