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『俺が本気で好きになった女は、俺を好きにならなかった』  作者: こうた
第一章 出会い――金から始まった関係――

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第7話 止める人

 翌日の昼。


 けんじは、ながとの家まで来ていた。


「お前、昨日さくらちゃんに何送った?」


「なんで知ってんねん」


「たけしから聞いた」


「別に普通やろ」


「普通ちゃう」


 けんじはスマホを取り出した。


「『俺のこと嫌い?』って送ったんやろ」


「送ったけど」


「なんでそんなこと聞くんや」


「好きやからや」


「付き合ってないやろ」


「これから付き合うんや」


 けんじは黙った。


 そして、ながとの前に座った。


「お前、今いくら持ってる?」


「……千円くらい」


「さくらちゃんから借りた金は?」


「まだ返してない」


「それでまた会おうとしてるんか?」


「別に金だけちゃうわ」


「じゃあ何や」


「好きやから」


 ながとは即答した。


 けんじは財布を指差した。


「じゃあ、その金でパチンコ行くな」


「なんでや」


「まず借りた金を返せ」


「給料入ったら返すって」


「いつ?」


「……来月」


「来月まで会わんほうがええ」


「は?」


「金を返してから、改めて飯でも誘え」


 ながとは顔をしかめた。


「お前、俺の味方ちゃうんか?」


「味方やから言ってる」


 けんじは立ち上がった。


「今日は俺がお前の金預かる」


「は?」


「パチンコに使うやろ」


「使わへんわ」


「昨日もそう言ってたやろ」


 けんじは、ながとの財布から千円札を一枚抜いた。


「返すまで預かる」


「おい!」


「俺に怒る前に、さくらちゃんの立場考えろ」


 ながとは舌打ちした。


 けんじは帰り際、もう一度振り返った。


「ながと」


「なんや」


「女の子が断らへんからって、嫌じゃないとは限らんぞ」


「……」


「そこだけは覚えとけ」


 ドアが閉まった。


 ながとは一人になった。


「……うるさいねん」


 そう呟いた。


 だが、その言葉とは裏腹に、胸の奥には引っかかるものが残った。


     *


 同じ頃。


 さくらは会社にいた。


 昼休み。


 スマホを見る。


 ながとからメッセージが来ている。


『今日会える?』


 さくらは画面を見つめた。


 断りたい。


 でも、昨日の電話を思い出す。


『俺のこと嫌い?』


 あの言葉。


 もし「嫌いです」と言ったら。


 怒られるだろうか。


 責められるだろうか。


 借りたお金を返せと言われたらどうしよう。


 それなら、まだいい。


 もし「今すぐ返せ」と言われたら。


 5,000円。


 10,000円。


 合計15,000円。


 払えないわけではない。


 でも、今月は一人暮らしを始めたばかりで、家賃も光熱費もある。


 大学を卒業したばかり。


 社会人になったばかり。


 給料だって、それほど多くない。


 さくらは財布を開いた。


 残りの現金を確認する。


 そして、ため息をついた。


 ――もう貸さない。


 そう決めた。


 スマホを持つ。


『今日は会えません』


 入力。


 送信しようとして、止まる。


 消す。


 代わりに、


『今日は仕事があるので……』


 と打つ。


 また消す。


 最終的に、


『今日は難しいです』


 と送った。


 送信。


 数秒後。


『なんで?』


 さくらの心臓が跳ねた。


『仕事が終わるのが遅いので』


『じゃあ終わってから』


 さくらは返信しなかった。


 すると、


『待ってるわ』


 と来た。


「……え」


 血の気が引いた。


『待たなくていいです』


 送った。


『なんで?』


『本当に今日は無理です』


『分かった』


 それだけ。


 さくらはホッとした。


 しかし――


 仕事が終わる時間が近づくにつれ、不安が大きくなっていった。


 会社を出る。


 駅まで歩く。


 いつもなら何も考えない道。


 今日は違った。


 後ろを見る。


 誰もいない。


 角を曲がる。


 また振り返る。


 いない。


 駅に着く。


 改札を通る。


 ホームへ向かう。


 それでも、胸の奥が落ち着かない。


 ――もし待っていたら?


 そう思ってしまう。


 電車が来る。


 乗り込む。


 ドアが閉まる。


 ようやく息を吐いた。


     *


 だが――


 ながとは駅の外にいた。


 けんじに止められた。


 さくらにも断られた。


 それでも、来てしまった。


「別に、待ってるだけやし」


 自分ではそう思っていた。


 会えれば話す。


 会えなければ帰る。


 それだけ。


 そう考えていた。


 しかし、時間が経つにつれて苛立ちが増した。


「なんで来えへんねん」


 スマホを見る。


 午後七時。


 八時。


 九時。


 もう帰ろうと思った。


 そのとき、さくらからメッセージが来た。


『今日は会えなくてごめんなさい』


 ながとの指が止まった。


「……なんやねん」


 すぐに返信する。


『ちょっとだけでも会えたやろ』


 既読がつかない。


 もう一度。


『俺、待ってたんやけど』


 既読。


 返信はない。


 ながとの顔から笑顔が消えた。


「……無視かよ」


     *


 その夜。


 さくらは自宅の玄関前で立ち止まった。


 鍵を出す。


 周囲を見る。


 誰もいない。


 鍵を開ける。


 すぐに中へ入る。


 ドアを閉める。


 鍵を掛ける。


 チェーンを掛ける。


 さらにもう一度、ドアノブを確認する。


 カチッ。


 ちゃんと閉まっている。


 それでも安心できない。


 カーテンを閉める。


 部屋の電気をつける。


 スマホを見る。


 ながとからメッセージ。


『なんで無視すんの?』


 さくらは返信しなかった。


 すると、


『俺なんか悪いことした?』


『さくらが好きやから会いたいって言ってるだけやん』


『なんで逃げるん?』


 次々に届く。


 さくらの手が震えた。


 逃げる。


 その言葉に、胸が締め付けられる。


 ――私は逃げている。


 そう認めてしまった。


 でも、逃げたい。


 それが本音だった。


 さくらはスマホを伏せた。


 そして、その夜から変わった。


 会社から帰る時間を少しずらす。


 駅から自宅までの道を変える。


 一人でコンビニに寄らなくなる。


 友達に「帰った」と連絡する。


 以前は必要なかったことばかり。


 全部――


 ながとに会わないためだった。


     *


 数日後。


 ながとは、さくらの勤務先近くまで来ていた。


 本人に場所を教えてもらったわけではない。


 以前、二人で話しているときに聞いた会社名を覚えていた。


「この辺やろ」


 ながとはスマホを見ながら歩く。


 目的は一つ。


 直接会って話す。


 メッセージでは、さくらが逃げる。


 なら、直接話せばいい。


「俺、何も悪いことしてへんし」


 そう呟いた。


 そして会社の前で立ち止まる。


 中から社員が出てくる。


 女性もいる。


 その中に――


 さくらがいた。


「さくら!」


 大きな声。


 さくらが振り向いた。


 顔色が変わった。


「……ながとさん」


「やっと会えた」


 ながとは笑って近づいた。


 さくらは一歩下がった。


 その動きを見て、ながとは少し傷ついた。


「なんで下がるん?」


「……どうしてここに?」


「会いたかったから」


「会社ですよ」


「知ってる」


 さくらの顔が強張った。


「今日は帰ります」


「待ってや」


 ながとが一歩近づく。


 さくらが一歩下がる。


 それを見て、ながとはようやく気づいた。


 ――さくらは、俺を怖がっている。


 だが、その事実を認めることができなかった。


「俺、そんな怖い?」


 さくらは答えなかった。


「なあ」


 ながとの声が少し低くなる。


「俺、さくらのこと好きやで」


「……はい」


「付き合いたい」


「……」


「一緒にいたい」


 さくらは俯いた。


「でも……私は……」


「好きになってくれたらええやん」


 その言葉に、さくらは顔を上げた。


「……そんな簡単なことじゃないです」


「なんで?」


「……分かってください」


「分からん」


 ながとは首を振った。


「俺、こんなに好きやのに」


 さくらの目に涙が浮かんだ。


 それを見たながとは、一瞬黙った。


 けれど――


 自分が傷つけているとは思わなかった。


 ただ、自分の気持ちを理解してほしい。


 そう思っていた。


 だから、さらに言った。


「俺がちゃんとしたら付き合ってくれる?」


 さくらは答えられなかった。


 その沈黙を――


 ながとは「可能性がある」と受け取った。


「じゃあ、俺、変わるわ」


 さくらは首を横に振った。


「そういう意味じゃ……」


「大丈夫やって」


 ながとは笑った。


「俺、さくらのためなら変われるから」


 そしてその日。


 ながとは初めて――


 さくらの「嫌だ」を、真正面から聞かないまま帰った。


 さくらは会社のトイレに駆け込み、鍵を掛けた。


 そして、声を押し殺して泣いた。


 怖かった。


 でも、それ以上に――


 自分が「怖い」と言えないことが怖かった。


 その夜。


 けんじのスマホに、ながとから電話が入った。


「俺、さくらと付き合えると思う」


「……なんで?」


「今日、会社まで会いに行った」


 電話の向こうが静かになった。


「ながと」


「ん?」


「それ、もうやめろ」


「なんでや」


「お前、自分が何してるか分かってへん」


「好きな女に会いに行っただけや」


「違う」


 けんじの声は、今までになく強かった。


「お前が好きなのは、さくらの気持ちやない」


「……」


「お前、自分の気持ちを通そうとしてるだけや」


 ながとは何も答えなかった。


 電話を切ったあと。


 スマホを握りしめる。


「……俺は、本気や」


 誰に言うでもなく、呟いた。


 その言葉だけが――


 暗い部屋の中に残った。

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