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『俺が本気で好きになった女は、俺を好きにならなかった』  作者: こうた
第一章 出会い――金から始まった関係――

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第37話 昔の俺



その夜。


ながとは、久しぶりに実家へ電話をした。


特別な用事があったわけではない。


ただ、なんとなく声を聞きたかった。


「もしもし」


『……ながとか?』


「うん」


『珍しいな。どうした?』


「いや……なんとなく」


少し話したあと、ながとは聞いた。


「俺って、高校の頃どんなやつやった?」


電話の向こうが静かになった。


『急にどうしたんや』


「ええから」


『……怖かったな』


「やっぱり?」


『身体も大きかったし、声も大きかった』


ながとは苦笑した。


「俺、強かった?」


『強かったというより……』


少し間があった。


『怒らせたら怖い、って感じやった』


「……そうか」


電話を切ったあとも、その言葉が残った。


怖かった。


強かったわけではない。


ただ、


怒らせたら何をするか分からない。


そう思われていただけだった。


ながとはベッドに座った。


高校時代のことを思い出す。


自分より弱そうな人間には強く出た。


逆に、


自分より怖そうな相手には何も言えなかった。


教師に注意されれば黙る。


会社員には頭を下げる。


でも、同じ立場の人間には偉そうにする。


「……俺、ずっとこれやったんやな」


自分が本当に強い人間ではないことを、


薄々分かっていた。


だから、


人より大きな声を出した。


人より威圧的に振る舞った。


人に負けることが怖かった。


そして、


「負ける」ということを、


「自分の価値がなくなること」だと思っていた。


さくらに振られたときも、


同じだった。


好きな女性に選ばれなかった。


それだけなのに、


自分そのものを否定されたように感じた。


だから、


「俺の方が好きや」


と言った。


「俺の方が頑張ってる」


と言った。


「俺が変わったら」


と言った。


全部、


負けたくなかったからだ。


ながとは、スマホを手に取った。


さくらの番号は、


もうない。


それでも、


名前を検索しそうになって、


やめた。


「……あかん」


スマホを置いた。


以前なら、


そこで連絡していた。


今は、


連絡しない。


それだけのこと。


でも、


その「それだけ」が、


自分には難しかった。


翌日。


仕事で小さなミスをした。


上司から注意された。


「ながとさん、ここ確認してから出して」


「……すみません」


以前なら、


腹が立っていた。


「俺だけ言われる」


「なんで俺や」


そんなことを思っていた。


でも、その日は違った。


「すみません。確認し直します」


それだけ言った。


昼休み。


一人で弁当を食べながら、


ながとは考えた。


「……怒られたら、謝ればええんやな」


当たり前のことだった。


でも、


自分には新しい感覚だった。


怒られる。


失敗する。


負ける。


それでも、


自分の価値がゼロになるわけじゃない。


そう思えるようになっていた。


仕事が終わった。


帰り道、


夕焼けが見えた。


ながとは足を止めた。


スマホを取り出す。


写真フォルダを開く。


昔の写真。


友達との写真。


パチンコの景品。


馬券。


飲み会。


高校時代。


そして、


さくらと一緒に撮った写真はなかった。


一枚も。


それに気づいて、


少し笑った。


「……そういや、一枚も撮ってへんな」


それが妙に寂しかった。


でも、


同時に思った。


さくらとの時間は、


写真に残すようなものではなかった。


自分の記憶にだけ残っている。


それでいい。


そう思った。


その夜。


ながとは机に向かった。


紙を一枚出す。


そして、


これまでの人生で、


自分が逃げてきたものを書き出した。


仕事。


金。


人間関係。


恋愛。


自分自身。


五つ書いたところで、


ペンが止まった。


その下に、


一つだけ書き足した。


「負けること」


ながとは、その文字を見つめた。


「俺は、ずっと負けるのが怖かったんやな」


だから、


勝とうとした。


パチンコで。


人間関係で。


恋愛で。


でも、


人生には、


勝ち負けでは決められないことがある。


誰かに好きになってもらえるか。


誰かに選ばれるか。


それは、


努力だけでは決められない。


ながとは紙を折った。


捨てなかった。


机の引き出しに入れた。


そして、


「明日も仕事行こ」


そう呟いた。


大きな目標ではない。


人生を変えるような決意でもない。


ただ、


明日も仕事へ行く。


負けても逃げない。


それだけ。


三十八年間、


できなかったことを、


一つずつ始める。


その頃。


さくらは、


新しい生活を送っていた。


仕事帰りに友達と笑い、


休日には買い物をし、


家に帰れば、


鍵を一度だけ確認して、


チェーンをかける。


以前のように、


何度も後ろを振り返ることはなくなった。


そして――


もう一度、


普通の日常を取り戻し始めていた。


二人の人生は、


もう交わらない。


ながとは、


まだ知らなかった。


その数か月後。


偶然、


二人が再び同じ場所に立つことを。

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