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『俺が本気で好きになった女は、俺を好きにならなかった』  作者: こうた
第一章 出会い――金から始まった関係――

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第3話 また貸して

 翌朝。


 ながとは目を覚ますと、枕元に置いたスマホを手に取った。


 時刻は午前九時過ぎ。


「……眠い」


 今日は昼からバイトだった。


 昨日パチンコで負けたせいか、気分が重い。


 だが、そんなことよりも先に確認したものがあった。


 財布。


 中を開く。


「……ない」


 昨日借りた一万円は、もうない。


 パチンコで全部使った。


 当然だった。


 勝つつもりだった。


 負けたのは運が悪かっただけ。


 ながとはそう考えていた。


 スマホを開く。


 昨日のさくらとのメッセージが目に入った。


『次は貸せませんからね』


「……次は、か」


 ながとはベッドに寝転がった。


 今日、バイトに行けば給料が入る。


 だが、給料日はまだ先だ。


 財布には小銭しかない。


 冷蔵庫を開ける。


 何もない。


「腹減った……」


 しばらく冷蔵庫を眺めたあと、扉を閉めた。


 そして、再びスマホを見る。


 さくらの名前。


 ながとの指が止まった。


「……まあ、ちょっとだけやったら」


 昨日の一万円を借りたときも、最初はそうだった。


 今日も同じ。


 少しだけ借りればいい。


 給料が入ったら返す。


 そうすれば問題ない。


 ながとは電話をかけた。


 呼び出し音。


 出ない。


「仕事か?」


 もう一度かけようとしたところで、メッセージが届いた。


『すみません、仕事中なので電話に出られません』


 ながとは返信する。


『ちょっと頼みあるねん』


 既読がつく。


 しばらくして、


『なんでしょうか?』


 と返ってきた。


 ながとは少し迷った。


 そして、


『悪いけど、また金貸してくれへん?』


 送った。


 今度はなかなか既読がつかなかった。


 ながとはスマホを握ったまま待つ。


 一分。


 三分。


 五分。


「なんやねん……」


 ようやく既読がついた。


『昨日、次は貸せないと言いましたよね?』


「……」


 ながとは眉をひそめた。


 断られた。


 当然だ。


 それでも、面白くなかった。


『でも今ほんまに金ないねん』


『昨日貸したお金も、まだ返してもらってません』


『分かってる』


『いつ返してくれますか?』


 ながとは返事を止めた。


 正直に言えば、分からない。


 給料が入ったら返せる。


 でも、給料が入ったらパチンコにも行きたい。


 全部返してしまえば、遊ぶ金がなくなる。


『給料入ったら返す』


 そう送った。


 さくらから、


『分かりました』


 と返ってきた。


 そこで終わると思った。


 しかし、ながとはもう一度送った。


『ほんまにちょっとだけでええから』


 既読。


 返信なし。


 ながとは舌打ちした。


「なんやねん」


 スマホを放り投げる。


 ところが十分後。


 スマホが震えた。


『いくら必要ですか?』


 ながとは起き上がった。


 口元が緩む。


『五千円』


 すぐに返事が来る。


『今回だけですよ』


「……やっぱり貸してくれるやん」


 ながとは笑った。


* * *


 昼過ぎ。


 仕事へ向かう前に、駅でさくらと会った。


 さくらは小さな封筒を持っていた。


「これ……五千円です」


「ありがとな」


 ながとは受け取る。


「本当に、これで最後ですよ」


「分かってるって」


「昨日も同じこと言ってましたよ」


「昨日は一万円やったやろ」


「金額の問題じゃないです」


 さくらの声が少しだけ強くなった。


 ながとは一瞬黙る。


 だが、すぐに笑った。


「まあ、分かった分かった」


「……お願いしますね」


 さくらは小さく頭を下げた。


 ながとは封筒をポケットに入れた。


 そして、ふと気づいた。


「今日、仕事?」


「はい」


「何時まで?」


「六時くらいです」


「そうか」


「ながとさんは?」


「俺は今からバイト」


「そうなんですね」


 それだけの会話。


 なのに、ながとは妙に気分が良かった。


 金を借りたから。


 それもある。


 でも――。


 さくらと直接会って話したことが、少し嬉しかった。


「じゃあ、行くわ」


「はい。お仕事頑張ってください」


「ああ」


 歩き出す。


 数メートル進んだところで、ながとは振り返った。


 さくらはまだそこにいた。


「……なんやろな」


 ながとは独り言を呟いた。


 嫌いではない。


 むしろ、一緒にいると気分がいい。


 優しい。


 話しやすい。


 それに――。


「可愛いよな」


 その言葉が口から出た瞬間、ながとは自分で少し驚いた。


 今まで、さくらをそんな目で見たことはなかった。


 ただの「金を貸してくれる女」。


 それだけだった。


 なのに。


 今日は少し違って見えた。


* * *


 その日のバイト。


「ながと、今日なんか機嫌ええな」


 同じバイトのたけしが言った。


「そうか?」


「ニヤニヤしてるぞ」


「してへんわ」


「女か?」


「……まあな」


 ながとは意味深に笑った。


「マジで?」


「昨日言ってた子?」


「そうや」


「付き合ったん?」


「まだや」


「じゃあ何やねん」


「まあ、そのうちな」


 たけしは笑った。


「お前が恋愛とか珍しいな」


「俺だって女くらいおるわ」


「いや、そういう意味ちゃうって」


 ながとは笑ってごまかした。


 だが、仕事をしながら何度もスマホを確認していた。


 さくらから連絡が来ないか。


 そればかり気になった。


 午後六時。


 仕事が終わる。


 スマホを見る。


 通知はない。


「……まだ仕事中か」


 自分でも驚くほど、さくらのことが気になっていた。


 その夜。


 午後七時過ぎ。


 ようやくメッセージが届いた。


『今日もお仕事お疲れさまでした』


 ながとはすぐに返信した。


『そっちもお疲れ』


 少しして、


『ありがとうございます』


 と返ってくる。


 それだけだった。


 それなのに、ながとはスマホを見ながら笑っていた。


「……なんやねん、俺」


 自分でも理由が分からない。


 ただ、さくらから連絡が来ると嬉しい。


 そして――。


 その日の夜。


 ながとは友人のたけしに電話をした。


「なあ、たけし」


『なんや?』


「俺……」


 一瞬、言葉を止める。


「もしかしたら、あの子のこと好きかもしれん」


 電話の向こうで沈黙。


 そして、


『……は?』


「いや、だから」


『お前、マジで言ってんの?』


「分からんけど……」


『まだ会って二日やぞ』


「そうやけど」


『しかも金借りてる相手やろ?』


「……まあな」


『それ恋ちゃうやろ』


「うるさいわ」


 電話を切る。


 ながとはベッドに横になった。


 天井を見る。


 頭に浮かぶのは、さくらの顔。


 小さな体。


 優しい声。


 そして、


「ながとさんも、気をつけて帰ってくださいね」


 その言葉。


 たった一言。


 それが妙に嬉しかった。


 ながとは目を閉じた。


 まだ自分でも、この感情の名前を知らない。


 ただ一つだけ確かなことがあった。


 昨日までは、


「金を貸してくれる女」


だった。


 今日からは――。


「また会いたい女」


になっていた。

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