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『俺が本気で好きになった女は、俺を好きにならなかった』  作者: こうた
第一章 出会い――金から始まった関係――

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第2話 金、貸してくれへん?

 別のパチンコ屋に向かう途中、ながとは何度も財布を確認していた。


 二千三百円。


 これで何ができる。


 飯を食べれば終わる。


 パチンコを打てば、数十分で終わる。


 それでも、ながとは店に向かっていた。


 理由なんて簡単だった。


 ――勝てばいい。


 それだけだ。


「たけし、もう着いたんか?」


 スマホを耳に当てながら歩く。


『まだや。あと十分くらい』


「分かった」


『ほんまに金あるんか?』


「あるって言うてるやろ」


『二千円とかやったら打てへんぞ』


「分かっとるわ」


 電話を切る。


 ながとは舌打ちした。


「……うるさいねん」


 しかし、実際にはたけしの言う通りだった。


 二千三百円。


 パチンコを打つには心細すぎる。


 そもそも、今日勝てる保証なんてない。


 そんなことは分かっている。


 それでも行く。


 それが、ながとの生活だった。


 そのときだった。


「あれ……?」


 ながとは足を止めた。


 スマホの連絡先。


 今日、街で出会った女性の名前が表示されていた。


 まだ登録したばかりの番号。


 名前は――。


 さくら。


「……そういや」


 ながとは立ち止まった。


 今日、さくらと少し話した。


 そのとき、偶然会話が弾んで連絡先を交換した。


 大した意味はない。


 少なくとも、ながとはそう思っていた。


「金……貸してくれへんかな」


 口から出た言葉に、自分で笑う。


「いや、無理やろ」


 今日初めて会った女だ。


 そんな相手から金を借りる。


 普通ならありえない。


 だが、ながとは少し考えた。


 そして電話をかけた。


 数回の呼び出し音。


「……もしもし?」


 さくらの声だった。


「俺や」


「ながとさん?」


「そうそう」


「どうしました?」


 声が柔らかい。


 ながとは一瞬だけ言葉に詰まった。


 しかし、すぐに本題に入った。


「いや……悪いんやけどな」


「はい」


「ちょっと金貸してくれへん?」


 沈黙。


「……え?」


「いや、ちょっとだけや」


「お金……ですか?」


「そう」


「どうしてですか?」


「今日、財布にあんまり入ってなくてな」


 本当はパチンコをするためだった。


 だが、そんなことは言わなかった。


「明日には返すから」


「……」


「頼むわ」


 電話の向こうで、さくらが困っているのが分かる。


「今日、初めて会ったばかりですよね?」


「そうやけど」


「なのに、お金を貸してほしいって……」


「いや、ほんまにすぐ返すから」


 ながとは少し苛立っていた。


 なぜ迷う。


 たった数千円だ。


 そう思っていた。


 やがて、さくらが小さな声で言った。


「……いくらですか?」


「一万円」


「一万円……」


「無理?」


「……分かりました」


 ながとの顔が明るくなった。


「マジで?」


「はい……」


「助かるわ!」


 ながとは笑った。


「じゃあ、今から――」


「待ってください」


「ん?」


「必ず返してくださいね」


「ああ、分かってるって」


「約束ですよ」


「約束、約束」


 電話を切った。


 ながとはスマホをポケットに入れた。


「……チョロいな」


 思わず呟く。


 そして、さくらから送られてきた場所へ向かった。


 十分ほど歩くと、駅前の小さな広場に着いた。


 さくらはベンチの横に立っていた。


 両手でバッグを抱えている。


「ながとさん」


「おう」


「これ……」


 さくらが封筒を差し出した。


「一万円です」


「ありがとな」


 ながとは受け取った。


 中身を確認する。


 一万円。


 確かに入っている。


「明日返すから」


「……はい」


「じゃあな」


 ながとは踵を返した。


 数歩歩いてから、振り返る。


 さくらはまだそこに立っていた。


「どうしたんですか?」


「いや」


 ながとは少し考えてから言った。


「……寒いから、気をつけて帰れよ」


「はい」


 さくらが笑った。


「ながとさんも」


「ああ」


 ながとはその場を離れた。


 駅へ向かいながら、一万円をポケットの中で確認する。


「これで打てるな」


 嬉しかった。


 ただ、それだけだった。


 さくらが笑っていたことも。


 自分を心配してくれたことも。


 今のながとにとっては、大した意味を持っていなかった。


 ――少なくとも、この時は。


* * *


 パチンコ屋に到着すると、たけしが入口で待っていた。


「遅かったな」


「ちょっと用事や」


「金は?」


 ながとは財布を見せた。


「一万円あるぞ」


「どこから出てきたん?」


「借りた」


「誰に?」


「今日知り合った女」


 たけしが目を丸くする。


「は?」


「一万円貸してくれた」


「今日会った女から?」


「そうや」


「お前、すげえな」


「普通やろ」


「いや普通ちゃうやろ」


 たけしは笑った。


「返すんか?」


「明日返すって言うた」


「ほんまに?」


「返すって」


 ながとは店内に入った。


 大量のパチンコ台。


 響き渡る電子音。


 いつもの場所。


 さっきまでの寒さが嘘のようだった。


 ながとは一万円を握りしめる。


「よし……」


 席を探す。


 そして座った。


 千円札を一枚取り出す。


 機械に入れる。


 玉が出てくる。


 ながとは画面を見つめた。


「頼むぞ……」


 打ち始める。


 五分。


 十分。


 二十分。


 玉が減っていく。


「……クソ」


 さらに千円。


 そしてまた千円。


 気がつけば、一万円は半分になっていた。


「……なんでや」


 ながとは台を睨む。


 そのとき、スマホが震えた。


 画面を見る。


 さくらからだった。


『今日はありがとうございました。ちゃんと帰れましたか?』


 ながとは返信する。


『今パチンコ』


 送信。


 すぐに返事が来る。


『そうなんですね。ほどほどにしてくださいね』


 ながとは笑った。


「なんやねん、この子」


 不思議だった。


 たった一度会っただけなのに。


 金まで貸してくれて。


 しかも心配までしてくる。


 ながとはスマホを置いた。


 そして、もう一度台を見る。


「……まあええわ」


 まだ勝てる。


 そう思った。


 その夜。


 一万円は、全部なくなった。


 帰り道。


 ながとはスマホを取り出した。


 さくらとのメッセージ画面を見る。


 少し考える。


 そして――。


『ごめん。明日返すって言ったけど、もう一日待って』


 送信。


 すぐには返事が来なかった。


 ながとは歩きながら、スマホを何度も確認する。


 数分後。


 返信が来た。


『分かりました。でも、次は貸せませんからね』


 ながとはその文章を見て、


「……はいはい」


 と呟いた。


 そしてスマホをポケットにしまう。


 この時のながとは、まだ知らなかった。


 明日。


 また彼女に金を借りることになることを。


 そして――。


 その「金を借りる」という関係が、やがて自分の人生で初めての恋に変わっていくことを。

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