↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『俺が本気で好きになった女は、俺を好きにならなかった』  作者: こうた
第一章 出会い――金から始まった関係――

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/40

第1話 閉まったパチンコ屋

 寒かった。


 十二月の夕方。


 吐いた息が白くなるほどではないが、風が妙に冷たい。


 ながとは、両手をジャージのポケットに突っ込んだまま、いつもの道を歩いていた。


 目的地は決まっている。


 駅前のパチンコ屋。


 今日も勝つ。


 それだけだった。


「……今日は出るやろ」


 根拠なんてない。


 昨日負けた。


 一昨日も負けた。


 その前の日も負けた。


 それでも、ながとは店に向かっていた。


 38歳。


 仕事はアルバイト。


 高校は卒業していない。


 正社員として働いた経験もない。


 貯金もほとんどない。


 それでも、本人は特に困っているとは思っていなかった。


 金がなくなれば誰かに借りればいい。


 働けば、また金は入ってくる。


 そして金が入れば、パチンコを打つ。


 勝てば全部取り戻せる。


 少なくとも、ながとはそう思っていた。


「今日こそ十万勝つで」


 誰に言うでもなく呟く。


 角を曲がる。


 駅前が見えてきた。


 そして――。


「……あ?」


 ながとは足を止めた。


 いつものパチンコ屋。


 赤い看板。


 大きな駐車場。


 毎日のように通っている場所。


 その入口に、見慣れない張り紙が貼られていた。


 ながとは近づいた。


 紙を見る。


「臨時休業……?」


 しばらく意味が分からなかった。


「なんでやねん」


 店は閉まっていた。


 入口にはシャッター。


 駐車場もガラガラ。


 普段なら聞こえてくる、あの騒音もない。


 2020年。


 街では新しい感染症の話が日に日に大きくなっていた。


 テレビでは連日、コロナウイルスという言葉が流れている。


 けれど、ながとにとっては遠い話だった。


 自分には関係ない。


 そう思っていた。


 ところが、その「遠い話」のせいで、今日の楽しみが消えた。


「マジかよ……」


 スマホを取り出す。


 友人のたけしに電話をかける。


「もしもし」


『なんや?』


「店閉まっとるぞ」


『どこの?』


「いつものとこや」


『あー……マジ?』


「マジや。今日休みとか聞いてへんぞ」


『俺も知らんわ』


「どうすんねん」


『どうするって……帰れば?』


「アホか。まだ夕方やぞ」


『じゃあ別の店行けや』


「金ない」


『……また借りたんか?』


「うるさいな」


 電話を切った。


 ポケットの中には、数千円しかない。


 別の店に行っても、すぐなくなるだろう。


 それなら今日は帰るしかない。


 だが、家に帰って何をする?


 テレビを見る。


 寝る。


 そして明日、また仕事。


 それだけ。


「……暇やな」


 ながとは駅前を歩き始めた。


 目的地はない。


 ただ、家に帰りたくなかった。


 しばらく歩く。


 商店街を抜ける。


 コンビニの前を通る。


 寒そうにマフラーを巻いた会社員たちとすれ違う。


 ながとは彼らを見る。


 自分より年下に見える男もいる。


 スーツを着て、スマホを見ながら歩いている。


「会社員なんか、しんどいやろ」


 そう呟いた。


 自分には関係ない。


 正社員なんて面倒だ。


 責任もある。


 上司にも頭を下げないといけない。


 だから、自分はアルバイトでいい。


 そうやって38年間、生きてきた。


 別に後悔していない。


 ――そのはずだった。


「……腹減ったな」


 ながとはコンビニに入ろうとした。


 そのときだった。


「あっ……」


 前から歩いてきた小さな女性が、ながとの肩にぶつかった。


 女性の手から、小さな紙袋が落ちる。


「あ、すみません!」


「……あ?」


 ながとが足を止める。


 女性は慌てて紙袋を拾った。


「ごめんなさい。私、前を見てなくて……」


 ながとは女性を見る。


 小さい。


 自分よりかなり背が低い。


 長い髪。


 柔らかそうな雰囲気。


 派手な化粧をしているわけでもない。


 それなのに、妙に目を引いた。


「……別にええけど」


「あ、ありがとうございます」


 女性は小さく頭を下げた。


 そして、そのまま歩いていこうとする。


 ながとは何となく、その背中を見送った。


 ――このときは、まだ何も思わなかった。


 この女性が自分の人生を大きく変えることになるなんて。


 もちろん、知るはずもなかった。


「……腹減った」


 ながとは再び歩き出す。


 そして数分後。


 財布の中身を確認した。


「……二千三百円か」


 パチンコ屋が閉まっていなければ、もう少し金を持っていた。


 いや。


 持っていたとしても、全部使っていたかもしれない。


「……明日のバイト代まで長いな」


 その瞬間。


 ながとのスマホが鳴った。


 たけしからだった。


『今から別の店行くけど来る?』


 ながとは財布を見る。


 二千三百円。


 そして、スマホを見る。


「……行く」


『金あるんか?』


「あるわ」


 嘘だった。


 ながとは電話を切った。


 そして――。


 さっきの小さな女性が歩いていった方向を、何となく眺めた。


 その女性の名前を、ながとはまだ知らない。


 彼女の名前は――。


 さくら。


 22歳。


 大学を卒業したばかりの会社員。


 地元を離れ、一人暮らしを始めたばかりだった。


 そしてこの日。


 ながとは人生で初めて、本気で誰かを好きになるための入口に立っていた。


 ただし。


 その入口に置かれていたものは――。


 恋ではなかった。


 金だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。