第26話 味方がいない
「裏切り者や」
店を出てからも、
ながとはその言葉を繰り返していた。
けんじ。
まさひこ。
ひろき。
みんな昔から知っている。
パチンコ屋で負けたときも、
金がなくなったときも、
仕事の愚痴を言ったときも、
一緒にいた。
なのに。
さくらのことになると、
誰も自分の味方をしてくれない。
「なんでや……」
ながとは歩きながら考えた。
自分は、
「さくらが好き」
と言っているだけだ。
「付き合いたい」
と言っているだけだ。
それなのに、
みんなが、
「やめろ」
と言う。
「連絡するな」
「会いに行くな」
「諦めろ」
まるで自分が悪い人間みたいだった。
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家に帰る。
部屋は暗い。
電気をつける。
誰もいない。
テレビをつけても、
何も頭に入ってこない。
スマートフォンを見る。
メッセージはない。
さくらからも。
仲間からも。
「……俺、一人やん」
その瞬間、
胸の奥に昔の感覚が戻ってきた。
高校時代。
教室の中で、
誰も自分の味方ではなかった。
笑われる。
馬鹿にされる。
金を取られる。
殴られる。
そのたびに、
自分は大きな声を出した。
怖い顔をした。
相手より強そうに振る舞った。
そうすれば、
誰も近づいてこなくなった。
それでも、
本当に味方になってくれる人はいなかった。
だから、
ながとは「仲間」というものに、
少し変な期待を持っていた。
一緒にいるなら、
自分の味方をしてくれる。
自分を否定しない。
自分が困ったときには、
一緒に怒ってくれる。
それが、
ながとの中の「仲間」だった。
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だから、
けんじの言葉が理解できなかった。
「やめろ」
それは、
ながとを嫌っているからではない。
本当は逆だった。
止めている。
壊れる前に。
誰かを傷つける前に。
自分自身を傷つける前に。
けれど、
ながとには、
それが分からなかった。
「俺の味方なら、俺を応援してくれるはずや」
そう思っていた。
だから、
反対されることが、
「裏切り」に感じられた。
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翌日。
たけしから電話が来た。
「ながと、昨日は悪かった」
「……」
「俺も言い過ぎた」
「別に」
「さくらちゃんのこと、もう追わん方がええ」
ながとは黙った。
「たけし」
「ん?」
「お前も、俺のこと嫌いになったん?」
電話の向こうが静かになる。
「何でそうなるねん」
「みんな俺にやめろって言うやん」
「そら、お前が――」
たけしは言葉を止めた。
「……心配やからや」
「なら、俺の気持ち応援してくれや」
「それは無理や」
その瞬間。
ながとの中で、
何かが切れた。
「……そうか」
「ながと?」
「もうええわ」
電話を切った。
スマートフォンを机に投げる。
「結局、誰も分かってへん」
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その夜。
まさひこからも連絡が来た。
『話したい』
ながとは既読をつけなかった。
何度か通知が来る。
それでも、
画面を開かなかった。
「どうせ、やめろって言うだけや」
本当は怖かった。
まさひこに、
「諦めろ」
と言われるのが。
それを認めたら、
本当に終わってしまう気がした。
だから、
話を聞かない。
見ない。
考えない。
自分を守るために、
都合の悪い言葉を、
「敵の言葉」に変えた。
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数日後。
ながとは一人でパチンコ屋へ向かった。
以前なら、
仲間と一緒だった。
「今日こそ勝つぞ」
「負けたら飯おごれ」
そんなくだらない会話をしていた。
しかし、
今日は一人だった。
台に座る。
玉を入れる。
ハンドルを握る。
画面を見る。
何も楽しくない。
頭の中には、
さくらしかいなかった。
そして、
仲間の顔も浮かんだ。
――やめろ。
――もう終わりや。
――相手の気持ちを見ろ。
「うるさいねん……」
ながとは呟いた。
「俺の気持ちは誰が考えるねん」
玉が減っていく。
それでもやめない。
「俺はずっと一人やった」
さらに玉を入れる。
「今回くらい……」
また入れる。
「俺の好きなようにさせてくれや」
そして、
気づいた。
自分は今、
さくらに拒絶された寂しさを、
パチンコで埋めようとしている。
昔と同じだった。
嫌なことがあれば、
ギャンブルに逃げる。
現実が苦しければ、
金を賭ける。
負ければ、
さらに取り返そうとする。
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閉店時間。
結局、負けた。
ながとは店を出た。
スマートフォンを見る。
着信が一件。
けんじだった。
しばらく画面を見つめる。
出ようか。
迷う。
しかし、
出なかった。
「どうせ、また説教や」
ポケットにしまう。
その瞬間、
別の感情が湧いた。
――本当は、出てほしかった。
誰かに、
「大丈夫か」
と言ってほしかった。
「お前は一人じゃない」
と言ってほしかった。
でも、
素直にそう言えなかった。
だから、
自分から仲間を遠ざけた。
そして、
遠ざけたあとで、
「誰も俺の味方じゃない」
と思った。
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翌朝。
けんじから最後のメッセージが届いた。
『俺はお前の敵ちゃうぞ』
ながとは、
その文章を長い間見つめていた。
返信欄を開く。
『分かってる』
と入力した。
しかし、
送れなかった。
消す。
代わりに、
『もう俺のことほっといて』
と入力する。
送信。
けんじから返信は来なかった。
ながとはスマートフォンを置いた。
胸が痛かった。
でも、
「これでいい」
と思った。
そう思わなければ、
自分が間違っていることを認めることになるから。
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一方。
けんじは、
届いたメッセージを見つめていた。
「……ながと」
隣にいたまさひこが聞く。
「何て?」
「ほっといてくれって」
まさひこは黙った。
けんじはスマートフォンを伏せた。
「もう、俺らだけじゃ無理かもしれんな」
その言葉には、
怒りではなく、
諦めに近い悲しさがあった。
ながとは、
仲間を裏切り者にした。
でも本当は、
仲間が裏切ったのではない。
「自分の望む答えをくれない人間」を、味方ではないと判断するようになった。
それだけだった。
そして、
その孤独が深くなるほど、
ながとは、
さくらへの執着だけを、
自分の中に残していった。
「さくらだけは、俺を分かってくれる」
そう思い始めていた。
もちろん――
それもまた、
ながとの一方的な思い込みだった。




