第27話 さくらだけ
仲間と距離を置いてから、
ながとは一人でいる時間が増えた。
たけしから連絡は来なくなった。
けんじからも来ない。
まさひこからのメッセージも、
ながとは開かなかった。
ひろきとも、
ほとんど話さなくなった。
以前なら、
「今日どうする?」
「パチンコ行く?」
そんな連絡が毎日のようにあった。
今は、
スマートフォンを見ても何もない。
最初は、
「別にええわ」
と思っていた。
だが、
三日。
一週間。
二週間。
誰からも連絡がない。
部屋の静けさが、
少しずつ重くなっていった。
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そんな夜。
ながとは、
さくらとの写真を見ていた。
一緒に食事をしたときの写真。
さくらが笑っている。
ほんの一枚。
それだけだった。
「……さくら」
名前を呼ぶ。
返事はない。
当然だった。
でも、
ながとは画面を見ながら話しかけた。
「俺な……」
「ほんまに変わったんやで」
仕事もするようになった。
ギャンブルも減らした。
痩せた。
金も返した。
「だから……」
言葉が止まる。
「俺のこと、もう一回見てくれへんかな」
涙が出そうになる。
けれど、
泣かなかった。
泣くことが恥ずかしいと思っていた。
高校時代から、
弱みを見せないことだけは、
身につけていた。
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翌日。
ながとは仕事へ向かった。
以前なら、
仕事が終わればすぐにギャンブルだった。
今は、
まっすぐ帰ることが増えた。
そのことだけは、
自分でも少し誇らしかった。
「俺は変わった」
そう思う。
しかし、
変わった理由を考えると、
結局いつも同じ場所に戻る。
――さくらに好きになってもらいたい。
「……」
それが、
苦しかった。
自分のために変わったのか。
さくらのために変わったのか。
もう、
分からなくなっていた。
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その頃。
さくらは、
会社で一つのお願いをしていた。
「帰るとき、できれば誰かと一緒に出てもいいですか?」
上司は頷いた。
「もちろん」
「すみません」
「だから謝らなくていいですよ」
さくらは小さく頭を下げた。
仕事には支障を出したくない。
周囲に迷惑をかけたくない。
そう思っている。
それでも、
一人で帰ることだけは、
怖かった。
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ある日の帰宅途中。
さくらは、
コンビニの前で足を止めた。
以前なら、
仕事帰りによく寄っていた店。
しかし、
最近は寄らなくなった。
「今日は……大丈夫かな」
そう思って、
店に入った。
飲み物を買う。
レジに並ぶ。
普通の夜。
何も起きない。
店を出る。
数メートル歩いたところで、
後ろから足音がした。
コツ。
コツ。
コツ。
さくらの歩く速度が上がる。
後ろの足音も速くなる。
心臓が激しく鳴る。
振り返る。
若い男性が歩いているだけだった。
さくらを見ているわけでもない。
ただ、
同じ方向に歩いていただけ。
「……違う」
さくらは胸に手を当てた。
「違う人……」
頭では分かっている。
それでも、
怖い。
その男性が角を曲がるまで、
さくらは動けなかった。
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家に着く。
鍵を開ける。
中に入る。
すぐに鍵を閉める。
チェーン。
確認。
もう一度、
ドアノブを引く。
開かない。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせる。
部屋の中は安全。
そう思おうとする。
でも、
以前とは違う。
「ながとさんが来るかもしれない」
という可能性が、
頭から離れない。
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その夜。
あやから電話が来た。
「最近どう?」
「うん……」
「まだ怖い?」
さくらは少し考えた。
「うん」
「会社では?」
「会社は大丈夫」
「帰りは?」
「一人にならないようにしてる」
「そっか」
少し沈黙があった。
さくらが言った。
「ねえ、あや」
「ん?」
「私、いつまでこうしてなきゃいけないのかな」
あやは答えられなかった。
「普通に帰りたい」
「うん」
「普通に買い物したい」
「うん」
「知らない人を見ても、ながとさんかもしれないって思いたくない」
声が震える。
「……私の生活、戻ってくるのかな」
あやは静かに答えた。
「戻ってくるよ」
「ほんと?」
「うん」
「いつ?」
「分からないけど……」
あやも、
簡単な約束はできなかった。
ただ、
「一人にしないから」
そう言った。
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一方。
ながとは、
スマートフォンの連絡先を開いていた。
さくらの名前。
指を止める。
電話はしない。
メッセージもしない。
そう決めている。
でも、
名前を見るだけならいい。
そう思った。
そして、
プロフィール写真を見る。
笑っているさくら。
「……やっぱり、かわいいな」
胸が苦しくなる。
「俺が守ってやりたい」
その言葉が自然に出てきた。
しかし、
さくらは、
ながとに守ってほしいとは思っていなかった。
むしろ、
一番望んでいたのは――
ながとから何もされない日常だった。
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ながとは、
ベッドに横になった。
目を閉じる。
「さくらだけや」
そう呟いた。
「俺のこと分かってくれるのは……」
本当は、
誰もそう言っていない。
さくらも。
仲間も。
誰も。
それでも、
孤独になったながとの心は、
その言葉を必要としていた。
自分を否定しない存在。
自分を見捨てない存在。
自分の努力を認めてくれる存在。
それを、
さくら一人に求め始めていた。
だから――
さくらを失うことは、
恋を失うことだけではなくなっていた。
自分自身の価値まで失うことのように、ながとには感じられていた。
そして、
その感覚が、
ながとの執着をさらに深くしていく。
翌朝。
ながとのスマートフォンに、
久しぶりの着信が入った。
相手は――
まさひこだった。




