第25話 裏切り者
「亮介っていう男、知ってる?」
ながとが聞いた。
相手は、ひろきだった。
「知ってるっていうか……名前聞いただけやけど」
「どんな奴や?」
「普通の会社員ちゃう?」
「年齢は?」
「さくらちゃんと同じくらい」
「彼女と付き合ってるんか?」
「そこまでは知らん」
ながとは黙った。
「調べられへん?」
ひろきの顔が曇った。
「何を?」
「そいつのこと」
「いや、そこまでする必要ある?」
「俺にはある」
「なんで?」
ながとは答えた。
「さくらを取られるからや」
ひろきは苦笑した。
「まだ付き合ってへんやろ」
その瞬間、
ながとの表情が変わった。
「……お前まで言うんか」
「いや、事実やん」
「俺は本気や」
「本気とか関係ないって」
「関係あるやろ」
ながとは声を荒げた。
「俺は、あの子のために変わったんやぞ」
「それはお前の努力やろ」
「だから何やねん」
「だから、さくらちゃんが返事する話や」
ながとは黙った。
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その日の夜。
たけしから電話があった。
「ながと、今どこおる?」
「家」
「ほんまか?」
「何で?」
「さくらちゃんの会社の近くにおるって聞いたぞ」
ながとは答えなかった。
実際には、
会社から少し離れた場所にいた。
帰宅するさくらを見るためではない。
そう自分に言い聞かせていた。
ただ、
亮介という男が本当にいるのか、
確認したかっただけ。
「ちょっと歩いてるだけや」
「帰れ」
「なんでや」
「もうやめろ」
「俺は何もしてへん」
「その言葉、もう聞き飽きた」
電話が切れた。
ながとはスマートフォンを見つめた。
「……なんやねん」
自分はただ好きなだけ。
ただ確かめたいだけ。
ただ話したいだけ。
なのに、
みんなが自分を止めようとする。
まるで、
自分だけが悪いみたいに。
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その頃。
さくらは会社を出ていた。
あやが迎えに来ている。
「今日は一緒に帰ろ」
「ありがとう」
二人で歩く。
駅に着くまで、
何度も後ろを確認する。
「あの人……」
さくらが突然立ち止まった。
「どうしたの?」
「あそこにいる人」
遠くに男性が立っていた。
暗くて顔は見えない。
あやも見る。
「……誰?」
「分からない」
二人はしばらく動かなかった。
男性がこちらを見る。
さくらの心臓が跳ねた。
「行こう」
あやが手を引く。
二人は駅へ急いだ。
電車に乗り込む。
ドアが閉まる。
さくらは窓から外を見る。
男性は、
ホームに入ってこなかった。
「……ながとさんじゃなかったのかな」
「分からない」
「でも……」
さくらは胸を押さえた。
「怖かった」
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翌日。
さくらは会社で、
上司に相談した。
「また電話がありました」
「同じ男性ですか?」
「はい」
「何と言っていました?」
「私と話したいと……」
上司は少し考えた。
「今後は、あなたに直接取り次がないようにします」
「すみません」
「謝らなくていいです」
そして、
「もし会社の近くで待っているなどがあれば、すぐ教えてください」
と続けた。
さくらは頷いた。
「はい」
自分のためだけではない。
会社の人まで、
自分を守るために動いてくれている。
そのことが、
ありがたくて。
申し訳なくて。
涙が出そうになった。
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昼休み。
亮介が声を掛けてきた。
「さくらさん」
「はい?」
「最近、大丈夫ですか?」
さくらは一瞬迷った。
「……はい」
「無理してません?」
「大丈夫です」
亮介は、それ以上聞かなかった。
「何かあったら言ってください」
それだけ言って、
自分の席に戻った。
さくらはその背中を見た。
安心した。
それと同時に、
少しだけ怖くなった。
――また、誰かを巻き込んでしまうんじゃないか。
そう思った。
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夜。
男たちが集まっていた。
ながとは、亮介の話をしていた。
「そいつ、さくらと帰ってるらしい」
「へえ」
「笑ってた」
たけしが言う。
「だから何やねん」
「……」
「会社の同僚やろ」
「でも、あいつはさくらのタイプや」
「細マッチョ?」
「そうや」
「じゃあ、お前が痩せればええやん」
ながとは黙った。
「俺、痩せてきたやろ」
「うん」
「仕事もちゃんとしてる」
「うん」
「なのに……」
言葉が止まる。
そのとき、
まさひこが口を開いた。
「ながと」
「何や」
「お前、さくらちゃんが亮介を好きやったらどうする?」
ながとの顔が強張った。
「……嫌や」
「何で?」
「俺の方が好きやから」
「それだけ?」
「それだけで十分やろ」
まさひこは首を振った。
「違う」
「何が?」
「お前がどれだけ好きでも、さくらちゃんが誰を好きになるかは、さくらちゃんが決める」
ながとは睨んだ。
「お前も俺を否定するんか」
「否定してへん」
「じゃあ何や」
まさひこは静かに言った。
「俺は、お前が壊れていくのを見たくないだけや」
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ながとは席を立った。
「もうええわ」
「ながと」
「みんな、俺の邪魔ばっかりや」
店を出る。
外は暗かった。
ながとは歩きながら、
一人ずつ名前を思い浮かべた。
けんじ。
まさひこ。
ひろき。
たけし。
昔から一緒にいた仲間。
なのに、
今は誰も自分の味方をしてくれない。
「……裏切り者や」
そう呟いた。
本当は、
誰も裏切っていなかった。
ただ、
ながとの恋を、
恋としてではなく、
「相手の意思を尊重するべき問題」
として見始めていただけだった。
しかし、
ながとの中では違った。
自分を止める人間は、
自分の恋を邪魔する人間だった。
そして、
その考えは――
次第に、
友人との関係まで壊し始めていた。




