第24話 友達の忠告
「もう、やめとけ」
けんじは、何度目か分からない言葉を口にした。
場所は、いつものファミレスだった。
ながとは黙ってコーヒーを飲んでいる。
「何を?」
「さくらちゃんのこと」
「……」
「もう、十分やろ」
ながとはカップを置いた。
「俺、何もしてへんやん」
「またそれか」
「ほんまにそうやろ」
「お前、自分で分かってへんだけや」
ながとは苛立った。
「じゃあ、俺は何したんや」
「連絡した」
「それだけや」
「断られた」
「……」
「また連絡した」
「俺は話したかっただけや」
「会いに行った」
「偶然や」
「待ってた」
「ちょっと話したかっただけや」
「プレゼント渡した」
「好きな人にプレゼントするのは普通やろ」
けんじは黙った。
そして、
「全部、お前の中では正当なんやな」
と言った。
ながとは睨んだ。
「当たり前や」
「だから怖いんや」
「何が?」
「お前自身が」
その言葉に、
ながとの顔が固まった。
---
一方。
さくらは会社で、少しずつ変わっていた。
以前なら、
仕事が終わればすぐに帰っていた。
今は違う。
一人になる時間を減らしていた。
誰かが残業していれば、
少しだけ仕事を手伝う。
同僚が帰る時間まで、
会社に残る。
一人で駅へ向かわないためだった。
ある日。
亮介が声を掛けた。
「さくらさん、今日も残るんですか?」
「はい」
「仕事、まだあります?」
「少しだけ」
「じゃあ、僕も残ります」
「え?」
「僕も終わってないので」
亮介は笑った。
それ以上、
何も聞かなかった。
その距離感が、
さくらにはありがたかった。
---
午後六時。
会社の電話が鳴った。
「はい、○○株式会社です」
事務員が電話を取る。
しばらくして、
「さくらさん、男性の方からお電話です」
さくらの顔が強張った。
「名前は?」
「ながとさん、と」
心臓が跳ねた。
周囲の人には、
電話の内容までは分からない。
でも、
自分だけは分かる。
「……私、出ません」
「分かりました」
電話は切られた。
数分後。
また鳴った。
「さくらさん宛てです」
「……」
今度も出ない。
さらに、
もう一度。
三回目の電話で、
上司が気づいた。
「誰から?」
事務員が小声で答える。
「以前から何度か電話してくる男性だそうです」
上司の表情が変わった。
「本人には取り次がなくていい」
「はい」
さくらは、
その会話を聞いていた。
申し訳なかった。
自分のせいで、
会社にまで迷惑をかけている。
「すみません……」
思わず口から出た。
上司は首を振った。
「謝らなくていいですよ」
「でも……」
「あなたが悪いわけじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、
さくらの目に涙が浮かんだ。
---
その夜。
さくらは、
あや、みほ、えり、なな、ゆかと集まった。
「会社にも電話が来た」
さくらが言うと、
全員の表情が変わった。
「まだ続いてるの?」
みほが聞く。
「うん」
「直接?」
「電話だけ」
えりが腕を組む。
「でも、もう十分だと思う」
「何が?」
「さくらが嫌だって言ってるのに、相手がやめない」
ななが静かに言った。
「これ以上、一人で対応しない方がいいよ」
ゆかも頷く。
「会社にも相談した方がいい」
さくらは俯いた。
「……そこまでしたら、大げさかな」
「大げさじゃない」
あやが言った。
「怖いと思ってるなら、それを無視しちゃ駄目だよ」
さくらは黙っていた。
そして、
「私……」
小さな声で言った。
「最初は、ただお金を貸しただけだったんだよ」
誰も口を挟まない。
「こんなことになるなんて、思わなかった」
---
同じ頃。
ながとは、まさると話していた。
「会社に電話した」
「え?」
「さくらに直接かけても出えへんから」
「それ、大丈夫なん?」
「何が?」
「会社やろ?」
「別に」
ながとは平然としていた。
「本人が出たら話せるやん」
「でも、嫌がってるんやろ?」
「だから、ちゃんと話せばええねん」
「……」
「俺は逃げてるだけやと思う」
ながとは言った。
「俺のことを怖いって思ってるなら、ちゃんと話して誤解を解けばええ」
「でも――」
「俺は悪くない」
その言葉を、
ながとは繰り返した。
「俺は悪くない」
まるで、
自分自身に言い聞かせるように。
---
その夜。
さくらは自宅のインターホンが鳴っただけで、
身体が跳ねた。
「……はい」
画面を見る。
宅配業者だった。
ほっとする。
けれど、
その安心感が怖かった。
自分はもう、
インターホンが鳴るだけで、
ながとを疑っている。
窓の外を見る。
人影はない。
カーテンを閉める。
玄関の鍵を確認する。
チェーンを確認する。
スマートフォンを見る。
着信はない。
メッセージもない。
なのに眠れない。
布団に入っても、
小さな物音が気になる。
車のドアが閉まる音。
誰かの足音。
遠くの話し声。
そのたびに目を開ける。
「……もう嫌」
さくらは布団の中で、
小さく呟いた。
---
翌朝。
ながとは鏡の前に立った。
体重は、
また少し減っていた。
「俺、ちゃんと変わってる」
以前の自分とは違う。
仕事もしている。
金も返した。
見た目も変わった。
それなのに、
さくらは自分を選ばない。
その事実が、
どうしても理解できない。
そして、
スマートフォンを見る。
さくらからの連絡はない。
ながとは呟いた。
「……俺、こんなに頑張ってるのに」
その瞬間。
自分の努力が、
「さくらに好きになってもらうための権利」
へと変わっていく。
本人は、
まだそれに気づいていなかった。
ただ、
胸の奥には一つの感情だけが残っていた。
――俺を選べ。
それが、
「好き」
という言葉の形をしていた。




