第21話 俺の方が好きや
駅のホーム。
ながとは、少し離れた場所から二人を見ていた。
さくらと、知らない男。
二人は並んで歩いていた。
そして――
笑っていた。
「……誰やねん」
ながとは呟いた。
男は細かった。
髪も整っている。
服もきれいだった。
歩き方まで、どこか余裕がある。
ながとは、自分の腹を見た。
そして男を見る。
「……俺より細いやん」
胸の奥が熱くなった。
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翌日。
ながとは、たけしに電話した。
「昨日、さくらと男が一緒におった」
「会社の男?」
「たぶんな」
「へえ」
「笑ってた」
たけしは少し黙った。
「そら会社の同僚やろ」
「でも、あんな笑い方してなかった」
「お前と?」
「……」
答えられなかった。
さくらは、ながとの前ではいつも緊張していた。
笑うことはあった。
でも、どこか遠慮した笑顔だった。
昨日の笑顔とは違った。
それが、
どうしても許せなかった。
「俺がどんだけ好きか知ってんのかな」
ながとが言う。
「知らんやろ」
「俺は、あの子のために変わったんやぞ」
「うん」
「仕事もちゃんとするようになった」
「うん」
「パチンコも減らした」
「うん」
「痩せた」
「うん」
「金も返した」
そこまで言って、
ながとは声を荒らげた。
「それでも、あいつの方がええんか?」
たけしは答えなかった。
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その夜。
ながとは鏡の前に立った。
服を脱ぐ。
以前より腹は小さくなっていた。
体重計に乗る。
数字を見る。
「……あと十キロ」
十キロ痩せれば。
もっと見た目が変わる。
そうすれば。
さくらも――
「俺を見るやろ」
しかし、その考えのすぐ後ろから、
別の声が聞こえた。
――もう見てる。
――でも、好きじゃないって言った。
ながとは首を振った。
「違う」
――連絡しないでって言った。
「今はや」
――怖いって言った。
「それも、そのうち変わる」
自分に言い聞かせるように呟く。
「俺は本気やから」
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数日後。
仕事帰りのさくらが駅へ向かっていると、
「さくらさん」
後ろから声を掛けられた。
振り返る。
亮介だった。
「駅まで一緒ですね」
「あ、はい」
「今日、忙しかったですね」
「そうですね」
二人は並んで歩いた。
その後ろを――
ながとが歩いていた。
一定の距離を保ちながら。
二人の会話は聞こえない。
それでも、
さくらが笑っているのは分かった。
「……また笑ってる」
ながとの足が止まる。
胸が苦しい。
嫉妬だった。
今まで感じたことのないほど強い嫉妬だった。
「あいつの何がええねん」
握った拳に力が入る。
「俺の方が好きやろ」
自分でも、
何を比較しているのか分からなかった。
好きという気持ちは、
誰かと競争して勝つものではない。
それでも、ながとの中では、
いつの間にか勝負になっていた。
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その日の夜。
男たちが集まっていた。
「そいつ、どんな奴やった?」
たけしが聞く。
「細い」
「それだけ?」
「清潔そうやった」
「会社員?」
「たぶんな」
まさるが笑った。
「なら、お前も負けてへんやん」
「何が?」
「お前の方が、さくらちゃんのこと好きなんやろ?」
「……そうや」
ながとは即答した。
「俺の方が好きや」
ひろきが言う。
「ほんなら、気持ち伝えたらええやん」
けんじが睨んだ。
「それ以上言うな」
「なんでやねん」
「もう告白して断られてる」
「でも――」
「何回言わせるねん」
店内が静かになった。
けんじはながとを見る。
「好きやからって、何回も気持ちをぶつけてええわけちゃうぞ」
ながとは俯いた。
そして、
「……俺は、あいつより本気や」
「だから?」
「さくらを幸せにできるのは俺や」
けんじは頭を抱えた。
「それ、さくらちゃんが決めることや」
「俺には分かる」
「分からん」
「分かるって」
「お前は、自分の気持ちしか見てへん」
ながとの顔が険しくなった。
「俺の気持ちを否定すんなや」
「否定してへん」
けんじは静かに言った。
「お前の『好き』は本物やと思う」
ながとは少し驚いた。
「でもな」
けんじは続けた。
「本物の好きでも、相手を苦しめることはある」
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帰宅したながとは、
ベッドに横になった。
眠れない。
頭の中に、
さくらの笑顔が浮かぶ。
その隣に、
あの男がいる。
「……嫌や」
目を閉じる。
「俺の方が好きや」
また呟く。
「俺の方が、ずっと好きや」
何度言っても、
胸の苦しさは消えなかった。
そして翌朝。
ながとは一つのことを決めた。
「俺が、あいつよりええ男になったらええ」
それは一見、
前向きな決意だった。
だが――
その目的の中には、
「さくらが選ぶ」
という考えがなかった。
あるのは、
「俺が勝てば、さくらは俺を選ぶ」
という思いだけだった。
そしてその思いは、
やがて――
さくらの人生に、
もう一度踏み込む理由へと変わっていく。




