第22話 やめてください
翌週。
ながとは、また駅にいた。
手には何も持っていない。
プレゼントもない。
ただ、さくらを待っていた。
「今日は話すだけや」
自分に言い聞かせる。
追いかけるわけじゃない。
怒鳴るわけでもない。
ただ、ちゃんと話したい。
それだけ。
そう思っていた。
けれど――
さくらが駅から出てきた瞬間。
ながとは歩き出した。
「さくら」
その声を聞いた瞬間、
さくらの表情が固まった。
「……ながとさん」
「ちょっとだけ話そうや」
「無理です」
即答だった。
ながとは足を止めた。
「なんで?」
「話したくありません」
「俺、何もせえへんって」
「そういう問題じゃありません」
「じゃあ、何やねん」
さくらはしばらく黙った。
周囲には人がいる。
だからこそ、
今まで言えなかった言葉を、
今日は言おうと思った。
「私、ながとさんのことが好きじゃありません」
「……」
「これからも、好きになることはありません」
ながとの顔が固まった。
「そんなの……」
「私が決めることです」
初めてだった。
さくらが、ながとの言葉を遮った。
「私は、ながとさんと付き合いたくありません」
「でも俺――」
「聞いてください」
声は震えていた。
それでも、逃げなかった。
「私に連絡しないでください」
「……」
「私の会社にも来ないでください」
「会社には行ってへんやろ」
「私のことを友達に聞いたりするのもやめてください」
ながとの目が泳いだ。
「それは……」
「駅で待つのもやめてください」
「……」
「プレゼントもいりません」
「俺はただ――」
「やめてください」
その言葉が、
駅前に響いた。
ながとは黙った。
さくらの目には涙が浮かんでいた。
「私、怖いんです」
「……」
「最初は、ながとさんが悪い人だと思ってませんでした」
「俺も悪いことしてへん」
「そういうところです」
「え?」
「ながとさんは、自分が悪くないと思ってる」
さくらは涙を拭った。
「だから、私が嫌だって言っても、まだ大丈夫だと思ってる」
「……」
「私が断っても、いつか好きになるって思ってる」
ながとは答えられなかった。
図星だった。
「私の気持ちは、ながとさんが決めることじゃありません」
その言葉だけは、
はっきり聞こえた。
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少し離れた場所で、
けんじが見ていた。
ながとから、
「今日、さくらと話す」
と聞いていた。
嫌な予感がして、
様子を見に来ていた。
さくらが去った後、
けんじはながとのところへ歩いていった。
「聞いたか?」
「……何を」
「今の話」
ながとは俯いていた。
「俺、ちゃんと話そうとしただけや」
「それで?」
「……」
「何て言われた?」
ながとは答えなかった。
けんじが代わりに言った。
「『やめてください』やろ」
「……」
「もう、これ以上ないくらい分かりやすいやろ」
ながとの拳が震えた。
「でも……」
「でも、ちゃう」
「俺は、あいつのこと好きや」
「それでもや」
「俺の気持ちはどうなんねん」
けんじは黙った。
「お前の気持ちは、お前のものや」
「……」
「さくらちゃんの気持ちは、さくらちゃんのものや」
ながとは顔を上げた。
「俺だけ我慢せえってことか?」
「そうや」
「なんで俺だけ」
「恋愛は我慢比べちゃう」
「……」
「相手が嫌やと言ったら、そこで終わりや」
ながとは何も言わなかった。
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その夜。
さくらは自分の部屋で泣いていた。
「もう……嫌」
スマートフォンを手に取る。
あやへ電話する。
「どうした?」
「今日、また会った」
「あの人?」
「うん」
「何された?」
「何も……」
「何も?」
「ただ、話そうって」
さくらは言葉を詰まらせた。
「でも、怖かった」
あやは静かに答えた。
「もう一人で抱えなくていいよ」
「……うん」
「会社にも相談しよう」
「そこまでしていいのかな」
「いいよ」
あやの声は強かった。
「さくらが怖いと思ってるなら、それだけで十分だから」
さくらは泣きながら頷いた。
電話だから、あやには見えない。
それでも、
「うん」
と答えた。
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一方。
ながとは一人で部屋にいた。
今日の会話を何度も思い返していた。
――好きじゃありません。
――これからも好きになることはありません。
――やめてください。
「……」
胸が痛い。
苦しい。
悔しい。
悲しい。
そして、
嫉妬していた。
あの男には笑顔を見せる。
自分には、
「怖い」
と言う。
「なんでや……」
ながとは頭を抱えた。
そして、
一番認めたくないことを考えた。
――もしかして、本当に俺じゃない男が好きなのか?
その考えが、
初めて現実味を持って迫ってきた。
そして翌日。
ながとのもとへ、
一通のメッセージが届く。
送り主は、
さくらではなかった。
『話したいことがある』
差出人は――
まさひこだった。




