第17話 さくらの友達
「……怖い」
電話の向こうで、さくらがそう呟いた。
あやは何も言わなかった。
さくらが泣いているわけではない。
怒っているわけでもない。
ただ――
声が小さかった。
「私、もう終わったと思ってた」
「うん」
「お金も返したし……好きじゃないって言ったし……もう連絡しないでって言った」
「うん」
「なのに……」
さくらは言葉を止めた。
「どうして、まだ私のことを追いかけるんだろう」
あやにも答えられなかった。
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その頃。
ながとは、ひろきから聞いた話を嬉しそうに話していた。
「さくらの友達が、俺のこと知ったらしい」
たけしが笑う。
「ええやん」
「俺が変わったって、伝わるやろ」
「そら伝わるって」
ながとは満足そうだった。
「俺、悪いことしてへんし」
その一言に、けんじが顔を上げた。
「……ながと」
「なんや」
「お前、本当にそう思ってるんか?」
「何が?」
「悪いことしてへんって」
ながとは不思議そうな顔をした。
「してへんやろ」
「さくらが怖いって言ってる」
「それは分かってる」
「連絡するなとも言われてる」
「今は連絡してへん」
「でも、友達を使って近づこうとしてる」
「近づこうとしてるんやない」
ながとは少し苛立った。
「俺のことを分かってもらおうとしてるだけや」
「それを、さくらが望んでると思うか?」
「……」
ながとは黙った。
だが、すぐに答えた。
「望んでるかどうかは、分からん」
「なら、やめろ」
「でも、俺が何もせんかったら、ずっと誤解されたままやん」
けんじはため息をついた。
「お前……」
言葉が続かなかった。
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ながとは本当に、自分が悪いことをしているとは思っていなかった。
それが一番怖かった。
自分の中では、
金を返してもらった。
一ヶ月待った。
痩せた。
仕事もしている。
パチンコも減らした。
だから、
「俺はもう変わった」
そう思っている。
さくらに会いたい。
話したい。
気持ちを伝えたい。
それだけ。
暴力を振るうわけでもない。
怒鳴りつけるわけでもない。
だから――
「何が悪いんや?」
本気でそう思っていた。
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数日後。
さくらは会社の昼休みに、あやから電話を受けた。
「ながとさん、最近痩せたらしいよ」
「……そうなんだ」
「仕事も真面目に行ってるって」
「……」
「友達から聞いた」
さくらはしばらく黙った。
そして言った。
「それって……」
「うん」
「私のためなのかな」
あやは答えなかった。
さくら自身も分かっていた。
たぶん、そうだ。
それが怖かった。
もし本当に自分のためなら――
「ありがとう」
と言えるかもしれない。
でも、
自分に好きになってもらうための努力なら。
それは、さくらにとってプレッシャーだった。
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その日の帰り。
さくらは一人で駅へ向かった。
後ろから足音が聞こえる。
振り返る。
知らない男だった。
それだけなのに、心臓が跳ねた。
早足になる。
駅に入る。
人の多い場所へ行く。
スマホを見る。
あやからメッセージが来ている。
『大丈夫?』
さくらは、
『うん』
と返した。
でも本当は、
大丈夫ではなかった。
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一方、ながとは自宅で写真を見ていた。
昔の自分。
太っている。
髪も長い。
服も適当。
「……ひどいな」
そして今の自分。
少し痩せた。
服も変えた。
髪も整えた。
「俺、こんなに変わったんや」
その瞬間、
スマホに一つの通知が入った。
ひろきからだった。
『さくらの友達、今度話せるかもしれん』
ながとの目が輝いた。
「よし」
思わず声が出る。
「これで全部説明できる」
何を説明するのか。
自分がどれだけ努力したか。
どれだけ本気だったか。
どれだけ好きなのか。
全部話せば、きっと分かってくれる。
そして、その話がさくらに伝われば――
きっと。
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だが、さくらの友達からすれば違った。
あやは、ながとの話を聞いた。
「ながとさん、私と話したいって?」
ひろきが言った。
「そうみたい」
「なんで?」
「さくらのこと」
あやの表情が変わった。
「……私は話したくない」
「でも――」
「ごめん」
あやははっきり言った。
「さくらが嫌がってるから」
ひろきは黙った。
「あの人がどれだけ変わったとか、どれだけ好きだとか、私は知らない」
あやは続けた。
「でも、さくらが怖いって言ってることだけは知ってる」
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その夜。
ながとは、ひろきから断られたことを聞いた。
「なんでや」
「友達が嫌やって」
「俺、何もしてへんのに」
「まあ……そうやな」
「なんで、そこまで警戒されるんや」
ながとの声に苛立ちが混じった。
「俺はさくらを傷つけたいんちゃう」
「分かってる」
「じゃあ何でや!」
声が大きくなる。
「俺はただ、好きなだけやろ!」
電話の向こうで、ひろきが黙る。
ながとは息を吐いた。
「……俺、そんな怖い男なんかな」
その言葉だけは、本当に寂しそうだった。
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電話を切った後。
ながとは一人で考えた。
自分は何が悪かったのか。
金を借りたことか。
何度も会おうとしたことか。
家に行こうとしたことか。
待っていたことか。
何度も連絡したことか。
友達に頼ったことか。
一つずつ考える。
そして最後に――
「……でも、全部好きやったからや」
そう結論づけた。
そこに、
「好きだから」という言葉を使えば、
自分の行動を正当化できてしまう危うさ
があった。
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翌日。
けんじがながとを呼び出した。
「もう、やめろ」
「何を?」
「さくらの友達に近づくのも」
「……」
「会社に行くのも」
「行ってへん」
「連絡するのも」
「してへん」
「なら、このまま終われ」
ながとは黙った。
そして、静かに言った。
「……俺には無理や」
けんじが目を閉じる。
「ながと」
「俺、初めて本気で好きになったんや」
「……」
「今まで、女なんかどうでもよかった」
「……」
「でも、さくらだけは違う」
ながとは拳を握った。
「だから、簡単に諦められへん」
けんじは、その言葉を聞いて確信した。
ながとは今、
「好きな女性を追いかけている男」
ではない。
「自分の中で作った恋の結末を、現実にしようとしている男」
になりつつある。
そして――
本人だけが、その違いに気づいていなかった。




