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第9話 『鉱山襲撃』

辺境伯邸がアルムによる凄惨な「駆除」とミシャルの「再生訓練」によって血の海に沈んでいた、ちょうどその頃。

領都からほど近い北方の鉱山は、ネフィリム騎士団による苛烈な夜襲によって、帝国の怒号と絶望の悲鳴に包まれていた。


『これより不当に囚われし同胞を解放する! 騎士団、突撃!』


騎士団長スクルドの号令とともに、漆黒の夜闇を裂いてネフィリムの戦士たちが鉱山へと一斉に雪崩れ込んだ。

不意を突かれた帝国の警備兵どもは、ネフィリム本来の圧倒的な身体能力の前に、反撃の暇もなく次々と肉を切り裂かれ、地に伏していく。


ーーその戦闘が始まる直前。

鉱山に併設された掘っ建て小屋の地下、冷たい岩肌に囲まれた奴隷たちの監獄の天井に、空間を歪めるような魔力の渦が発生した。


現れたのは、王太子ヴィルヘルム。

そして、アルムによって帝都から救出され、この北方の拠点で息子クルシュとの再会を果たした女性――エルマだった。

彼女の秘めたクラスは《跳躍ジャンプ》。

空間を飛び越え、指定した座標へと瞬時に移動する異能。ヴィルヘルムはこの決戦の瞬間のために、彼女の力を借りて最前線へと降り立ったのだ。


『同胞たちよ、顔を上げよ!』


鉄格子の向こう、過酷な強制労働で痩せ細り、絶望に目を濁らせていたネフィリムの男たちの前に、ヴィルヘルムが毅然と立ち塞がる。その身から溢れる王族の威光と圧倒的な魔力に、男たちが息を呑んだ。


『私はネフィリム王国王太子ヴィルヘルム・レグリア・フォン・ネフィリムだ。2年前のあの日、我らはすべてを奪われた。

諸君らも言葉では表せないほどの苦しみと屈辱を味わってきただろう。だが、牙まで失ってはいないはずだ。我らネフィリムはそこまで弱ってないはずだ。今こそ立ち上がれ!私がお前たちに、消えぬ勝利の灯火を授けよう!ーー祖神よ我が同胞に祝福を!!』


ヴィルヘルムが両手を掲げ、自身のクラス《祝福ブレス》を解放した。

眩い光の波動が牢獄を満たし、奴隷たちの肉体へと染み込んでいく。瞬間、衰弱しきっていた彼らの身体に爆発的な筋力と豊富な魔力が、そして何よりも「戦う意志」が凄まじい濁流となって巻き起こった。


『おおおおおっ……! 力が、力が湧いてくる!』

『殿下……! 我ら、喜んで命を捧げましょう!』

『王太子殿下万歳!』


肉体の制限を強制的に突破された男たちは、獣のような咆哮を上げながら鉄格子を力任せに引き剥がし、武装蜂起した。内と外からの同時強襲。鉱山の警備隊は、完全に崩壊した。


「こいつらどうやってっ!?」

「なんだこいつらどっから湧いて出てきやがった!?」

「ぐぁああ!?切られた!?」

「け、警備は何をしていたんだ!!」


鉱山を警備、鉱山奴隷を管理していた帝国兵達は武装蜂起した奴隷達に呆気なく制圧されていく。

王太子のクラスの力で強化されたネフィリム奴隷たちに追い風になる声が届く。


『これより不当に囚われし同胞を解放する! 騎士団、突撃!』


ネフィリム騎士団団長のスクルドの号令が鉱山に響いたのだ。


『騎士団だ!』

『騎士団が来てくれた!!』

『これで奴隷生活ともオサラバだ!!』


奴隷だったネフィリム達の士気はより一層高まった。

武装蜂起した奴隷達とスクルド率いる騎士団が中央の広場を制圧したその時、豪華な馬車を守るようにして円陣を組む、一際洗練された帝国私兵の一団が目に入った。

その中心にいたのは、偶然にもこの夜、鉱山の視察に訪れていた帝国の高貴な血筋――『第7皇女』であった。


「皇女殿下をお守りしろ!辺境伯の援軍が来るまで耐えるぞ!!」


帝国兵に囲まれる形で守られているのは帝国の皇女であるようだ。


『団長!守られてるのは帝国皇女との事です!』

『なにぃっ!?ならば生きて捕らえよ!』


スクルドの指示で、騎士団が私兵を瞬く間に各個撃破していく。護衛を失い、冷たい地面にへたり込んだ少女を、ヴィルヘルムは冷徹な目で見下ろした。

彼女こそが、帝国の皇女。


同胞を虐げ、玩具のように扱い、命を奪った人間達の国の皇女。

ヴィルヘルムは剣を突きつけ、静かに告げる。


「帝国第7皇女だな。お前の命は、帝国との交渉を有利に進めるための『カード』として使わせてもらう。拘束しろ」


こうして鉱山の制圧は完全に完了した。

騎士団は囚われていたネフィリムの同胞をすべて解放し、さらに同じく強制労働を強いられていた他種族の奴隷たちにも、ヴィルヘルムの温情によって軍医の手当てが施された。

彼らが帰路につくための手筈を整えていたところへ、領都の辺境伯邸を完全に壊滅させたアルム、ミリアリア、ラハンナの『人間処理部隊』がミシャルを連れて合流を果たす。


全身に返り血を浴び、未だ狂気と残虐の余韻を瞳に宿したアルムが、ヴィルヘルムの元へと歩み寄ってきた。


『兄上、お久しぶりです。辺境伯邸の害虫はすべて潰して来ました。そして思わぬ土産が…………ソレは?』

『久しぶりだね。コレは帝国の皇女だよ、第7皇女。』

『ほぅ……。』


アルムの冷たい視線が、縛り上げられた第7皇女へと注がれる。


『先に聞かせてもらおう、そちらはどうだった?』


ヴィルヘルムはアルムに問う。


『少しばかり予定が早まりましたが主目的の同胞の救出及び害虫の駆除が完了しました。』

『【狐】の報告で聞いた通りだね。収穫もあったらしいじゃないか。』

『はい。この子は《再生(リジェネシス)》のクラスを発現させていました。今後は軍医達の下で経験を積ませようかと思っています。』

『いや、その子は『人間処理部隊』に配属する。いつまでもミリアリアの固定に頼る訳にも行かんだろう?』

『それは……分かりました、仰せのままに致します。』

『うん。』

『それで兄上、ソレはどうするので?私の方で処分しておきましょうか?』

『いや、帝国皇女ともなれば使い道は多いだろう?少し考えたいんだ。』

『なるほど。』


ネフィリム族の王子達が母国語で会話する中、皇女は恐怖に身体を震わせながらも、必死に声を絞り出して2人に割り込んだ。


「ま、待って……殺さないで……。私は、私はあなたたちと同じ、ネフィリムの血が……流れているの……! 母は、第4皇妃、ルシアーダ・ヨグルト・フォン・ネフィリムよ……!」


その告白が響いた瞬間、広間の空気が一変した。


「……何だと?」


アルムの青い瞳から感情が完全に消え失せ、底知れない闇が広がる。彼にとって、人間と交わり、祖国を滅ぼした帝国に身を捧げた裏切り者の血筋など、害虫以上の「汚物」でしかなかった。


ベキベキと音を立てて、アルムの右腕が巨大な異形の刃へと《変化》していく。


「ルシアーダ……人間と交わった不浄の女か。裏切り者の苗床が生んだ蛆虫が……。今すぐその首を叩き落としてやる」


アルムが寸分の躊躇もなく、皇女の細い首を目がけて刃を振り下ろした。


ガキィィィンッ!!


けたたましい金属音が炸裂する。アルムの刃を受け止めたのは、ヴィルヘルムの抜いた剣だった。


『待て、アルム! 刃を引け!』

『なぜですか、兄上。こいつは人間の血が入った汚物です。生かしておく価値などどこにあると言うのですか?』


実の兄に刃を阻まれたアルムは、感情の乗らない冷酷な声で問い詰める。しかし、ヴィルヘルムは弟の狂気を真っ向から見据え、強い口調で言い放った。


『コレは皇女だ。帝国の心臓部へ揺さぶりをかけるための、これ以上ない最高級の捕虜となる。王国の再興と、帝国の完全なる排除のためには、今ここでこいつを殺すよりも、生かして利用する方が遥かに合理的だ。……分かるな、アルム?』


「合理的」という言葉を引き合いに出され、アルムは数秒の間、兄を無表情に見つめ返した。やがて、腕の刃を静かに元の肉体へと戻していく。


『……分かりました、兄上。王太子であるあなたの判断に従います。だが――』


アルムは縛られた第7皇女を、まるで泥水でも見るかのような蔑みの目で見下ろした。


「役に立たなくなった瞬間、その時は私の手で、貴様を最も惨たらしく切り刻んでやる」


命拾いをした皇女が激しくガタガタと震える中、ネフィリムの軍勢は、解放した同胞たちを連れて暗い夜の闇へと撤退を開始した。

反撃の狼煙は、今、確かに帝国北部で大きな火の手を上げていた。

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