第8話 『辺境伯邸の惨劇』
夜の帳が降りた辺境伯邸は、煌びやかな魔導灯の明かりに照らされ、不快な嬌声と下卑た熱気に満ち満ちていた。
「……チッ、予定より開始が早いな」
天井裏の狭い梁の上で、アルムは不快げに舌を鳴らした。事前にラハンナたちが把握していた侵入ルートは、警備の手が薄い邸の離れを経由するものだ。そのため、すでに夜会が催されている本館の大ホールへ移動するには、予想以上の時間を要してしまっていた。
焦りを孕みながらも、アルム、ミリアリア、ラハンナ、そして暗部の【鴉】は音もなく天井裏を駆け、ようやく会場の真上へとたどり着いた。通気口の隙間から階下を見下ろした瞬間、彼らの目に最悪の光景が飛び込んでくる。
ホールの中心に設置された豪奢な舞台。
そこには太い鉄鎖で四肢を大の字に縛り付けられた、ネフィリムの若い男が転がされていた。
その傍らには、重い手枷と足枷を嵌められ、恐怖に震えるネフィリムの幼い少女が立たされている。
「さあ、皆様ご覧ください! これが我が領の誇る、再生の奇跡でございます!」
きらびやかなドレスを纏った辺境伯夫人が、下卑た笑みを浮かべて扇子を掲げた。彼女の合図を受けた使用人が、大鉈を男の腕へと振り下ろす。
グシャリ、と肉が裂け、骨が断たれる鈍い音がホールに響き渡った。男の絶叫が木霊する中、切り落とされた腕からドクドクと鮮血が溢れ出し、周囲でワインを片手に眺めていた帝国貴族たちは、その凄惨な光景に興奮の声を上げて拍手喝采する。
「さあ、早くやりなさい! グズグズするんじゃないよ!」
夫人が声を荒らげると、少女はボロボロと涙を流しながら、必死に男の傷口へと両手を向けた。少女が持つ治癒のクラスが発動し、淡い光が傷を包み込む。
みるみるうちに肉が盛り上がり、骨が繋がり、失われたはずの腕が傷口から「再生」していった。男は激痛と恐怖のあまり白目を剥き、過呼吸で泡を吹いている。
「素晴らしい!」
「これならどれだけ切り刻んでも死なないな!」
「最高の玩具だ!」
狂った拍手が巻き起こる中、夫人は満足げに贅肉のついた顎を揺らした。
「これはまだ序の口です。さあ、集めた者たちを並べなさい!」
ホールの中心へ、次々とネフィリムの同胞たちが引きずり出されていく。少年、少女、若い男女から、屈強な男、成熟した女まで、彼らは一糸まとわぬ姿にされ、尊厳を完全に踏みにじられた状態で家畜のように整列させられた。
「……殺す。一匹残らず。」
天井裏で、アルムの全身から漏れ出た魔力が、周囲の空気を凍りつかせた。その瞳には、容赦のない、底知れない狂気と怒りが宿っている。
「ミリアリア、動くぞ。私がクラスで部屋の出入り口をすべて塞ぐ。お前は即座に、ネフィリム以外の足元を床に《固定》しろ」
「かしこまりました、アルム様。一人だって、楽には死なせないわ」
「ラハンナ、鴉。お前たちは私とミリアリアが害虫駆除をしているうちに、邸内に囚われている残りの同胞をすべて救出しろ」
「「御意」」
二人が影に消えると同時に、アルムはクラス《変化》を解放した。
ベキベキと激しい音が響き、ホールの巨大な扉や窓が瞬く間に分厚い石壁へと姿を変え、完全に消失する。会場は一瞬にして、逃げ場のない完全な密室へと変貌した。
「な、なんだ!? 出入り口が消えたぞ!?」
「窓がない!」
パニックに陥る貴族たちに、ミリアリアの冷徹な声が追い打ちをかける。
「《固定》――!」
瞬間、会場にいたすべての人間たちの両足が、床と強固に一体化した。
「ひっ、あ、足が……!? 動かない!?」
「おい、離れないぞ! 床にくっついて……!」
上半身は必死にバタつかせることができるのに、その場から一歩も逃げられない。突然部屋の内容が変化した混乱と身動きの取れない恐怖に、害虫どもがその場で身悶えし、完全なパニックに陥る。
そこへ、天井を突き破って、アルムとミリアリアが堂々と姿を現した。
突然の乱入者に呆然とする同胞たちに向け、アルムは高らかに名乗りをあげる。
「私はネフィリム王国の第2王子、アルム・スヴェント・フォン・ネフィリムだ。同胞よ、お前たちを助けに来た!」
その圧倒的な威光に、囚われていた者たちの目に涙と希望の光が灯る。
アルムは、その場に直立したままガタガタと震えている辺境伯夫人の前へと歩み寄った。ミリアリアに彼女の固定だけを解除させると、夫人は床に醜く這いつくばった。
「ね、ネフィリム……!? 第2王子!?い、生き残っていたの!?誰か、この者を捕まえなさい!」
「無駄だ。警備兵どもも一歩も動けない。ネフィリムの持つクラスの効果は絶大だからな。」
アルムは夫人に言い捨てると拘束具に固定されたネフィリムの男の拘束を解く。
「……あなた…様は……」
「喋るな、いくら再生されたと言えど失った血は戻っていない。今は己の命を繋ぎ止めることに注力しろ。間に合ってよかった。」
「殿下……あり……ます。」
拘束が解かれた男はまた気絶してしまった。
《キュア》
アルムは男に回復魔法をかけた。
気休め程度かもしれないが、少しでも傷みが和らげばと思ったのだ。
そして踵を返すと舞台から足を固定されて動けない人間貴族達を一瞥する。
「……さて、人間ども!これより、お前たちの命を使った極上のショーを始めてやろう!我が同胞が受けた屈辱を身をもって分からせてやる!」
アルムは狂気を孕んだ笑顔を浮かべ、夫人に向き直ると右腕を巨大な一本の剣へと《変化》させた。
「ひぃっ!?」
夫人は己に向き直ったアルムに戦慄した。
その表情は、まるで捕まえた昆虫の手足を一枚ずつ毟って楽しむ子供のような、無邪気で底知れない残虐さに満ちていた。
「まずは、その汚らしい口からだ」
アルムは腕の剣を振るい、命乞いをしようと開いた夫人の顎を、真横に深く切り裂いた。ボトリ、と肉の塊と化した下顎が床へ落ち、夫人は言葉にならない絶叫を上げながら血の海にのたうち回る。
「次は腕だ。人間の女よ、お前のその肥った身体が、どこまで耐えられるか試してやろう」
アルムは笑顔のまま、のたうち回る夫人の背中を踏みつけて床に固定した後、右腕を肩の根元からザクリと切り落とした。さらに息つく暇もなく左腕、そして両足を次々と切断していく。四肢を失い、ダルマのようになった夫人の肉体から、間欠泉のように鮮血が噴き出し、ホールの床を真っ赤に染め上げていく。
「両腕を落とした程度で気絶したか…人間と言うものは本当に脆いな。」
アルムは心底つまらなそうに吐き捨て、床にころがっている夫人だった肉塊を舞台から蹴り落とした。
ゴトッ!ボトッ…ビチャッ…と肉塊は血を撒き散らしながら床を転がる。
周囲に直立不動のまま固定されている貴族たちは、次に自分が同じ目に遭うのだと理解し、失禁し、涙と鼻水を流して狂ったように絶叫していた。だが、アルムの瞳には慈悲など一滴もない。ただただ、目の前の害虫を磨り潰す悦びに、その心を躍らせていた。
「殿下、お召により罷り越しました。」
そんなアルムの背に2人のネフィリムが跪いた。
軍に派遣を要請していた軍医達だ。
「来たか。本来お前たちにはこのゴミ共の手足をもいで地下農場の餌にする"下処理"とここに囚われていた同胞の手当をと思ってたんだがな……」
「なるほど、こやつらでは餌にもなりませんね。」
「ですが、同胞達の手当は必要そうです。仕事があって良かったですよ。」
「枷は破壊して良い、まずは移動できる程度でいいから回復させろ。」
「「御意」」
「このゴミ共はどうしようか。地下農場に連れて行っても大した餌にはならんだろう、体内に所有する魔素が少なすぎる。」
「であれば1人か2人、我々に頂けませんか?医療系クラスの進化に使えますので。」
「なるほど、許可する。手頃なものを見繕え。」
「「御意」」
軍医達は手際よく同胞達の枷を破壊し、手当を進めていく。
「酷い栄養失調だ、すぐに栄養剤を」
「こちらの傷は深い、魔力伝導糸を用意しろ」
慌ただしく動く軍医たちの様子を横目に、アルムは血に濡れた腕の剣を元の形に戻し、冷徹に思考を巡らせていた。
周囲には、未だミリアリアの《固定》によって地面に縫い付けられたまま、次は自分が解体される番だとガタガタと震えている人間の貴族たちが並んでいる。彼らはいつでも殺せる。生かしているのは、ただの的として都合が良いからだ。
(ミリアリアやラハンナは、すでに能力を覚醒させ、安定してクラスを使えている。……今、我が国の再興のために最優先で確保し、育てるべきは……。再生か。)
アルムの青い瞳が、部屋の隅で毛布にくるまり、小さく身を縮めている幼い少女へと向けられた。
「そこの娘、こちらに来い」
「は、はい……っ」
手枷と足枷を外されたばかりの少女は、全身をガタガタと震わせながら、怯えた様子でアルムの傍へと歩み寄ってきた。先ほどまで目の前で人間をダルマに変えてみせた王子の放つ圧倒的な威圧感に、完全に呑まれている。
アルムは少女の前に屈み、その怯える瞳をじっと見つめた。その声は冷徹ながらも、どこか静かな威厳を湛えている。
「私はネフィリム王国第2王子、アルムだ。そなたの名を教えてもらえるか?」
「わ、私は……ミシャル……です」
「ミシャル、そなたのクラスは《再生》か?」
「は、はい……」
「凄いな。そなたはそのクラスを更に良いものにしたいか?」
「良いもの……ですか?」
ミシャルは涙に濡れた大きな瞳を瞬かせ、アルムの言葉の意味が分からず小首を傾げた。
アルムは立ち上がり、周囲に固定されている人間の貴族たちを冷酷に見下ろしながら言葉を続ける。
「そうだ。その力を進化させ、いつでも完璧に使いこなせるようになれ。お前の異能は、我が国を再建するための重要なパーツだ」
だが、まだ10歳にも満たないであろうミシャルは、アルムの冷徹な合理主義を理解できず、再びポロポロと涙を溢れさせた。
「しんか……? よく、わかりません……。私は、もう、あんなおぞましいこと、したくないです……っ」
「拒絶は許さない。戦時下において、王族の命令は絶対だ」
アルムの声には、子供を労るような甘さは微塵もなかった。
「あ……あの男の人の腕が、切り落されて、血がたくさん出て……っ。私が手を出すと、生えてくるんです……! 気持ち悪くて、怖くて……! 人間たちがあんなに嬉しそうに笑うのが、本当に嫌だったの……っ! もう、誰も切りたくない……!」
ミシャルは頭を抱え、床にうずくまって泣き叫んだ。無理もない。人間の余興のために、何度も目の前で同胞が五体を切断され、それを自分の力で修復させられていたのだ。その精神的なトラウマは計り知れない。
しかし、アルムは少女の細い肩を容赦なく掴み、強引に顔を上げさせた。
「勘違いするな」
氷の刃のような声が、ミシャルの鼓膜を突き刺す。
「お前に、もう一度人間のためにその力を使えと言っているのではない。……あの害虫どもを、一気が残らず駆除するためにその力を寄こせと言っているのだ」
「……え?」
「お前が力を惜しめば、前線で戦う同胞が死ぬ。兄上が、騎士たちが、軍の者たちが、お前が怯えている間に人間に殺される。それでもいいのか?」
「それは……嫌、です……」
「なら強くなれ。お前のそのクラスは、人間のおもちゃではない。害虫どもを絶滅させるための、我がネフィリムの至高の兵器だ」
アルムはそう言うと、首を横に振って怯える貴族の一人を冷たく指差した。
「ちょうどいい的がそこに転がっている。今から私がこいつの身体を切っていく。お前はそれを、己の意思で『再生』させろ。人間の命令ではなく、我がネフィリムの未来のために、その力を完全に制御する訓練を始めるのだ」
「ひっ……あ、あああ……っ!」
指差された貴族の男が、絶望に顔を歪めて悲鳴を上げる。
あまりにも過酷で、しかし寸分の狂いもない王子の正論と狂気に、ミシャルは涙を流しながらも、その小さな拳をぎゅっと握りしめた。壊れた人形のような王子と、地獄から救い出された幼き少女。二人の歪な問答の裏で、辺境伯邸を血の海に沈める真の地獄が、再び幕を開けようとしていた。
「ひっ、あああ! 助けてくれ! 私は何も知らない、私はただ夜会に招かれただけで――」
「うるさい」
アルムは一歩踏み出し、右腕を鋭利な大鉈へと《変化》させた。そして迷いなく、命乞いをする貴族の右腕を肩の付け根からザクリと切り落とした。
「ぎゃあああああああああああああッ!!」
噴水のように鮮血が飛び散る。アルムは表情一つ変えず、のたうち回る男の返り血を浴びながらミシャルを振り返った。
「ミシャル。この害虫の腕を、お前の意志で《再生》させろ」
「う、うああ……っ!」
ミシャルは吐き気と恐怖で頭を抱えそうになったが、王子の絶対的な眼光に射抜かれ、震える手を男の傷口へと向けた。
「《再生》……!」
淡い光が男の肩を包み込む。肉が急速に盛り上がり、骨が繋がり、数秒で元通りの腕が生えていく。男は恐怖と激痛、そして自分の身体が異常な速度で変貌する不気味さに白目を剥いた。
「よし、次だ」
アルムは間髪入れずに、今生えたばかりの右腕を再び切り落とした。
「あがぁぁぁぁぁッ!? ひ、ぎ、あああああ!」
ホールに響き渡る、鼓膜を突き刺すような絶叫。
「もう一度だ、ミシャル。先ほどよりも肉の結合を早く、魔力の流れを意識しろ」
「は、はい……っ!」
二度目の再生。ミシャルの額に汗が滲む。だが、アルムの指摘通りに魔力を制御したことで、先ほどよりも肉の盛り上がる速度が明確に上がっていた。精度が向上している。
「いいぞ。では、2人目だ」
アルムは次に、直立不動のまま恐怖で失禁している若き貴族の男の元へ歩み寄った。ミリアリアが固定を解くと同時に、アルムはその両足を膝元から容赦なく切断する。
切り離された身体は血塗れの床に転がる。
若者は自分の足が切断されてもなお床に直立しているのを見て発狂した。
「嫌だ、嫌だあああ! 僕の足が! 足がああ!」
アルムは喚きながら床を転がる若者の胴体を踏みつけて固定する。
「ミシャル、やれ」
「うっ……《再生》っ!!」
今度は両足という大きな部位の同時修復だ。ミシャルは必死に魔力を練り上げる。肉と骨が凄まじい音を立てて若者の胴体から再生していくが、若者の足が半分ほど形作られたところで、突然ミシャルの身体がガクガクと激しく震えだした。視界が急速に狭くなり、体中から急速に力が抜けていく。
「あ……れ……? な、に?…魔力が……足り、ない……?」
ミシャルの保有魔力の総量を超えたのだ。再生の光が激しく明滅し、効果が安定しなくなる。若者の足の指は歪に癒着し、不完全な肉の塊のまま再生が止まりかけていた。ミシャルは絶望に目を見開く。
そこへ、アルムがすっと近づき、ミシャルの小さな頭にそっと手を置いた。その手のひらから、優しくも純度の高いアルムの魔力がミシャルの体内へと流れ込んでいく。
「焦るな、ミシャル。それはお前の魔力の限界だ。一度使い切ることで、体内の魔力の器は少しずつ破壊され、次に回復した時には前よりも総量が増える」
「総量が……増える……?」
「そうだ。今は私の魔力を一時的に貸す。これで感覚を掴め。お前の身体が魔力を使い果たす感覚を覚え、そして『休むことで回復する』というネフィリムの循環を身につけるのだ。……さあ、その不完全な害虫の足を、完全に再生させろ」
アルムの魔力を得たミシャルの《再生》が、再び強烈な輝きを取り戻した。若者の歪な足は瞬く間に正常な形へと修復され、若者は恐怖のあまり泡を吹いて気絶した。
「ふぅ……ふぅ……っ」
ミシャルは激しい息切れをしながらも、自分の体内で魔力の器が微かに広がり、熱を帯びていく不思議な感覚を覚えていた。
「では、3人目だ」
アルムの冷徹な声が響く。彼が次に目を向けたのは、直立したまま涙と鼻水で顔をグシャグシャにしている初老の貴族だった。ミリアリアが固定を解く。
アルムはその男の胸元を、骨が見えるほど深く、十文字に切り裂いた。
「がはっ、ひ、ひいいいっ!」
致命傷に近い一撃。ドクドクと溢れ出る血の海の中、ミシャルは今度はアルムの補助なしで、自らの内に微かに広がりかけた魔力を絞り出した。
使い果たしたはずの魔力の底から、新しく湧き上がる感覚。
「《再生》……っ!!」
今度の光は、これまでで最も安定していた。傷口は一瞬で塞がり、初老の男は自分の胸を狂ったように確認しながら、腰を抜かしてのたうち回った。
「見事だ、ミシャル。3人目でここまで精度と安定性を引き上げるとはな。ネフィリムと人間の身体の構造はよく似ている、コレらで再生の練習をすればお前の力で同胞の怪我が治せるのだ。」
「はぁ……はあ……は、はい……。」
アルムの賞賛の言葉に、ミシャルは激しい疲労で膝をつきながらも、涙の奥で確かな手応えを感じていた。人間の命令に怯えていた少女は今、壊れた王子の手によって、人間を最も絶望させるための「ネフィリムの至高の兵器」へと、その産声を上げつつあった。
「少し休むか、進化用の素材は腐るほどある。ミリアリア、固定を解除していい。そなたも休め。この部屋の出口は塞いだ、コレらも逃げられはせん。」
「はい、アルム様。」
そして辺境伯邸の大ホールには、ミリアリアの固定を解除されてもなお直立したまま絶望を待つ貴族たちの悲鳴が途切れることなく響き渡っていた。




