第7話『再興の道』
奴隷市場でエルマを救出し、人間を駆除した日から数日後。
帝都郊外の屋敷の地下深くでは、一人の男が変わり果てた姿で椅子に縛り付けられていた。
男は帝国辺境伯だった。帝国北部、かつてのネフィリム王国南部領土と隣接する要衝を治める有力貴族だ。奴隷市場にてエルマを買い付けようとして他にもネフィリムを奴隷にしていると言うような発言をしたためにアルム達に捕縛されたのだ。
彼の精神は、暗部による苛烈な拷問、催眠術、そして思考を狂わせる自白剤の投与によって完全に崩壊していた。虚ろな目で、知る限りの情報を洗いざらい吐き出し続けている。
「……ネフィリムの、女は……我がコレクションに……。男、男どもは……私が所有する、北方の鉱山へ送り……死ぬまで、強制労働を、させている……。私の記憶、だけでも……数十人、いや、それ以上が……領内に、いる……」
その言葉を冷徹な青い瞳で見下ろしながら聞いていたアルムは、隣に控える王宮事務次官のマリクへ視線を向けた。
「上出来だ。害虫の分際で、我が同胞を家畜のように扱った代償を支払わせてやる」
アルムはその場で、マリクに向けて矢継ぎ早に命令を下した。
「マリク、即座に動け。以下の内容をヴィルヘルム兄上へと伝えるのだ」
アルムの口から、冷酷かつ極めて合理的な軍事作戦が告げられていく。
「まず、暗部と共に王国南部へ『ダンジョンコア』を設置し、新たな地下拠点を構築するよう兄上に要請しろ。この時、南部に配置するダンジョンコアは“若く、貪食なもの”を指定するのだ」
「……貪食なものを、ですか?」
マリクは一瞬、眼鏡の奥の目を細めた。アルムの底知れない意図を即座に察知し、背筋に冷たいものが走る。
(なるほど……アルム様は、辺境伯領にいるすべての人間種をそのコアの『餌』にし、新たな地下拠点を急速に育成・肥大化させるおつもりか)
人間の命をただの間引きではなく、自国の礎となるリソースに変換する。その凄惨な合理性にマリクは内心で感嘆しつつ、アルムの言葉にさらに耳を傾けた。
「そして、ネフィリム騎士団には、辺境伯領への出兵を命ずる。大義名分は『領内にて不当に囚われている同胞の解放』。鉱山を急襲し、強制労働を強いられている同胞の救出、およびそこにいる人間の駆除を行わせろ。なお、同胞以外の他種族の奴隷の処遇については、王太子である兄上の判断に委ねる。……ああ、それと」
アルムは思い出したように、氷のような声を付け足した。
「先の命令で、新しく軍に配属された戦闘系クラスを持つ女性軍人達がいるだろう。彼女たちを今回の鉱山急襲作戦に組み込め。……実戦という名の練兵とせよ」
かつて傷つき虐げられた女性たちを、間髪入れずに前線の殺戮へ投入する。それすらもアルムにとっては効率的な軍事判断でしかなかった。
「ネフィリム王国軍には、ラスター侯爵領をはじめとする、帝国と隣接している国境地帯の防衛を依頼。国境を完全に封鎖させろ。そして――」
アルムの瞳に、ぞっとするような殺意の刃が宿る。
「帝都潜伏中の、私直轄の『人間処理部隊』は、この辺境伯の本邸へ侵入する。邸内に囚われている同胞を解放し、屋敷にいる人間をすべて駆除する」
マリクが「御意」と深く頭を下げると、アルムは部屋を出て、すでに待機していたミリアリアとラハンナの元へと向かった。
「ミリアリア、ラハンナ。辺境伯邸への襲撃を敢行する。出立の準備をしろ」
「かしこまりました。」
「《影》の準備も万全です。アルム殿下。」
辱めを受け、復讐の鬼と化した二人の少女は、冷たい微笑みを浮かべて深く頷いた。
一方、マリクは屋敷の最奥にある隠し部屋へと入り、懐から小さな魔道具を取り出した。ネフィリム王家でも限られた者しかその存在を知らされていない、最高機密の通信用魔道具だ。魔力を込め、北方の地下ダンジョンへ向けて信号を送る。
やがて、魔道具から低く威厳のある声が響いた。
[マリクか。帝都で何か動きがあったか]
[ヴィルヘルム殿下、お耳に入れたい緊急の案件がございます。アルム殿下が奴隷市場にて帝国の辺境伯を捕縛。その口から、辺境伯領内北方の鉱山にて強制労働を強いられている数十人以上の同胞の居場所を突き止めました]
マリクはアルムから託された命令内容――貪食なダンジョンコアの指定、女性軍人の実戦投入、騎士団による鉱山襲撃、軍による国境防衛――そのすべてを、寸分の狂いもなくヴィルヘルムへと共有していく。通信の向こうで、ヴィルヘルムは激しい葛藤を押し殺すように短く息を呑んだ。
[……分かった。アルムの策を採用する。ただちにこちらでも手配を始める。マリク、お前たちも無茶はするなよ。アルムを頼む]
[はっ。皇祖神の御加護のあらんことを]
通信が切れると同時に、ヴィルヘルムは自室の鐘を鳴らし、即座に二人の重臣を招聘した。
部屋に現れたのは、軍の将軍グライド・タグル・マーカス。そして、ネフィリム王国の治安維持の要であり、ネフィリム騎士団の団長を務める男、スクルドだ。
「二人とも、急に呼び出してすまない。先ほど、帝都のマリクから緊急の連絡が入った。……反撃の時が来たぞ」
ヴィルヘルムは二人に、辺境伯領における同胞の強制労働の事実と、アルムから提案された作戦プランをすべて明かした。
「マーカス将軍、お前はただちに軍を動かし、国境のラスター侯爵領の防衛を固めろ。帝国の増援を一切通すな。数日中に、軍へ新たに配属された戦闘系の女性たちもそちらの前線へ送り届ける。彼女たちを今回の鉱山急襲作戦に組み込み、実戦で鍛え上げるのだ」
「ハッ……! 了解いたしました。彼女たちの覚悟、このグライドがしかと戦場で受け止めましょう」
「そしてスクルド騎士団長、騎士団を率いて辺境伯領の鉱山を急襲せよ。大義名分は我が同胞の解放だ。鉱山にいる人間を駆除し、囚われの身となっている者たちを一人残らず救い出すのだ。同時に、南部へ“若く、貪食な”ダンジョンコアを設置する準備も進めよ」
ヴィルヘルムの毅然とした大命に、マーカス将軍とスクルド騎士団長は顔を見合わせ、その瞳に熱い闘志を宿した。
「ついに、こちらから打って出られるのですな……! 軍の盾、国境にて人間どもを圧殺してご覧にいれましょう」
「騎士団の誇りにかけて、必ずや同胞を救い出し、人間どもにネフィリムの恐ろしさを刻み込んでやります」
「頼む。これより、我がネフィリム王国の『再興への道』を切り拓く。総員、ただちに準備に取りかかれ!」
「「ハッ!!」」
二人の将が力強く応じ、部屋を飛び出していく。一人残されたヴィルヘルムは、机の上の地図を見つめ、弟が帝都で灯した反撃の狼煙が、やがて人間たちを貪り尽くす巨大な業火となって帝国を焼き尽くす未来を確信していた。
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帝都を出発し、早馬に馬車を引かせること3日。
アルム、ミリアリア、ラハンナの三人は、帝国北部にある辺境伯領の領都へと到着した。
車窓の外にはのどかな田舎風景が広がっていたが、三人はそんなものに一切目もくれず、ただ冷徹に辺境伯邸の方向を見据えていた。
領都の入り口には厳重な検問が敷かれていたが、潜入の障害にはならなかった。アルムの能力〈変化〉によって、彼らは人間の商人の一団へと姿を変えていたからだ。
ラハンナを商会長の娘、ミリアリアをその妹、そしてアルム自身は身分の低い使用人兼護衛になりすます。
偽造した通行証を提示すると、門兵たちは何一つ疑うことなく、彼らを難なく領内へと通過させた。
確保した宿の室内に入ると、三人はすぐに作戦会議を始めた。
「辺境伯邸への襲撃は、今日の陽が落ちると同時、日暮れに敢行する」
アルムが静かに方針を告げる。
「それまでの間、ラハンナは自身のクラスを用いて、一足先に辺境伯邸へと侵入しろ。現地で待機している暗部の【鴉】と合流し、邸内で同胞が囚われている正確な場所を特定するんだ。私とミリアリアは領都の店を回り、辺境伯が帝都から戻らないことがどう伝わっているか、あるいは話題にもなっていないのかを聞き込みし、周辺の警備状態を探る」
「了解いたしました、アルム様」
「はい。」
ラハンナとミリアリアがそれぞれ頷き、即座に行動を開始した。
暗部所属の男【鴉】と合流したラハンナは、自身の能力《影》を発動させ、文字通り影に溶け込むようにして辺境伯邸へと潜入した。見張りの兵や使用人たちの死角をすり抜け、邸内の会話を盗み聞きしながら重要な情報を掴み取っていく。彼らが掴んだ情報は、あまりにも悍ましいものだった。
「……本日、辺境伯夫人が邸内で夜会を開く。そして、その夜会の『出し物』として、辺境伯のコレクションを披露するそうだ」
「目玉は……“どれだけ傷つけても即座に再生するネフィリム”とのことです。人間どもの玩具にされています」
鴉が吐き捨てるように告げた報告に、ラハンナはフードの奥で奥歯を強く噛み締めた。
一方、アルムとミリアリアは領都の酒場にいた。人間の商人を装い、酒の勢いに乗せて荒くれ者や地元の人間に揺さぶりをかけ、辺境伯領の現状と鉱山の情報を引き出していく。
「ここ1、2年は特にこの領地も景気が良くてな。辺境伯様が古代種――あのネフィリムを高値で買い取ってくださるのさ。一山当てようと、旧王国領の村からネフィリムの子供を攫ってくる不埒な奴らも後を絶たんよ」
「そういえば最近は、ユリス教公国の人間も頻繁に見かけるな。あいつら、やたらとネフィリム狩りに血眼になってやがる」
酒場の男たちが下卑た笑みを浮かべて語る。
ユリス教は、女神ユリスを主神と崇める人間種中心の宗教だ。公国の国主である教皇は、ネフィリムの祖神ヴェルミザント・ネフィリムを『邪神』と断定し、ネフィリムを異教徒として苛烈に弾圧していた。王国滅亡前は、純粋な武力においてネフィリムに到底敵わなかったため、ことあるごとに難癖を付けてくる程度だったが、国が帝国に滅ぼされたことを契機に、彼らのネフィリム狩りは歯止めが利かないほどに加速していた。
日が暮れる前、宿へと戻った三人はそれぞれの情報を共有した。すべてのパズルが嵌まり、状況を把握したアルムは、室内の影に向けて冷たく声をかけた。
「鴉、いるな。ヴィルヘルム兄上への伝令を命ずる。暗部の連絡網を最大速度で回せ」
「ハッ」
影から這い出た鴉に対し、アルムは一気呵成に命令を下した。
「騎士団長スクルドに、今夜ただちに辺境伯領の鉱山を急襲するよう要請しろ。さらに、傷ついた同胞を即座に治療するため、軍医を2名ほど我々『人間処理部隊』の元へ送るよう軍に伝えろ。……そして、何より重要なことだ」
アルムの青い瞳の奥に、どす黒い狂気の炎がゆらりと揺らめいた。
「鉱山奴隷にされている同胞の男たちにも今夜、同時に武装蜂起をしてもらう。抑圧され、絶望しかけている彼らの心を一瞬で戦士へと変えるには、兄上のクラスが絶対に必要だ。兄上に、その力を国境を越えて届ける準備をさせろ」
そこまで言い放ったアルムの顔には、これまでの冷徹な無表情からは想像もつかない、歪に吊り上がった狂気の笑顔が浮かんでいた。害虫どもを一人残らず、最も残酷な方法で踏みつぶせる瞬間がようやく訪れる――その純粋な悦びに、彼の精神は歓喜していた。
「今夜だ。今夜、あの屋敷に集まる害虫どもを、一匹残らず磨り潰す」
その凄まじい殺気と狂気を含んだ笑顔に、隣にいたミリアリアとラハンナは、一瞬だけ背筋に酷い悪寒を感じ、ぞっと息を呑んだ。しかし同時に、かつて自分たちを地獄へ叩き落とした人間への、尽きることのない復讐の火が、彼女たちの胸の中の刃を鋭く研ぎ澄ませていくのだった。




