表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

第10話 『姉の調停(ルール)』

血の匂いが立ち込める北方の鉱山。

その最奥で、アルムは冷徹な青い瞳を兄ヴィルヘルムへと向けていた。


『兄上、辺境伯領の北方一帯、この鉱山まで我が国のダンジョン領域を即座に拡張すべきです」

「拡張だと? この状況でか」


怪訝そうに眉をひそめるヴィルヘルムに、アルムは淡々と淡白色の魔導具を見せながら、歪な合理性を孕んだ進言を続ける。


「ええ。目的は辺境伯領に住まう人間どもの下処理、及び『駆除』。ダンジョン産の魔物を地上の街へ解き放ち、害虫どもを襲わせるのです。それがそのまま、我が国のダンジョンコアの急速な『糧(餌)』になります」


アルムの口から、ダンジョンの基本構造を冷酷に応用した魔素の収集方法が澱みなく語られる。


「ダンジョンコアの成長に必要な魔素は、二つの方法で収集される。一つは、ダンジョン内で生き物が息絶え、その亡骸をコアが直接取り込む方法。そしてもう一つは、ダンジョン産の魔物が外の世界へ出て他の生命を狩り、帰還した際に魔物から少しずつ魔素を自動で徴収する方法です」


アルムの唇が、氷のように冷たく吊り上がった。


「これならば、私たちが一度国境であるラスター侯爵領へと身を引いたとしても、自動でダンジョンは肥大化し、人間種の間引きも滞りなく継続できる。極めて合理的です」


しかし、その提案をヴィルヘルムは毅然とした態度で遮った。


「却下だ、アルム。直ちにラスター侯爵領へ全面撤退する」

「なぜですか。何一つ不都合など――」

「お前は周りが見えなくなっている。連戦が続いたミリアリア、そして精神的にも魔力総量的にも限界を迎えている幼いミシャルを見ろ。彼女たち女性陣には今、何よりも『休憩』が必要だ。これ以上の進軍も、拠点防衛の維持も認めん」


王太子の厳格な命令。だが、人間への復讐と効率的な駆除に脳を支配されているアルムは、珍しく激しく食い下がった。


「ならば、ミリアリアやミシャルたちは先に侯爵領へ下がらせればいい。私一人でここに残り、ダンジョンコアの設置と害虫どもの間引きの基盤を完成させます!」

「アルム、お前は――!」


ヴィルヘルムが語気を強め、兄弟の意見が真っ向から対立したその瞬間、二人の間の空間が微かに歪んだ。影の中から音もなく這い出てきたのは、暗部所属の女性――【狐】だった。いつになくその表情は険しく、緊迫した魔力を帯びている。


「アルム殿下、ヴィルヘルム殿下! 至急、中央広場へ向かってください!」

「どうした、狐。残党でも出たか」


アルムが冷たく問うが、狐は首を大きく横に振った。


「違います! 先ほど広場に、帝国筆頭騎士を名乗る人物が現れました。そして……その隣に、ネフィリム王国第1王女、アリシア様が同行されています! 現場はあまりの衝撃に混乱に陥っています、すぐにお戻りを!」

「……姉上が!?」


ヴィルヘルムの声が震える。2年前の滅亡の日から生死すら不明だった姉の名。アルムの青い瞳にも一瞬の動揺が走る。二人は言葉を交わすことなく、即座に中央広場へと走りだした。


広場にたどり着いた彼らの目に飛び込んできたのは、静まり返るネフィリムの戦士たちと、その中心に堂々と佇む二人の姿だった。

一人は、白銀の甲冑を身に纏い、腰に一振りの美しい大剣を帯びた若き騎士。ウェイン・ガーランド。19歳にして、無数にいる帝国騎士の頂点に君臨する帝国筆頭騎士――別名、聖剣の騎士。

そして、そのウェインのすぐ後ろから寄り添うように立つ女性。

女性を見た瞬間、ヴィルヘルムもアルムも、その場に縫い付けられたように足を止めた。


「……あり、しあ……姉上……?」


アルムが呆然と呟く。

そこにいたのは、間違いなくアリシア・マグナ・フォン・ネフィリムその人であった。


「ヴィルヘルム、アルム……。本当に、あなたたちなのね……」

「姉上、なぜ人間の、それも帝国の筆頭騎士などと行動を共にしているのです!」


我に返ったアルムの右腕が、激しい怒りと共にピキピキと異形の剣へと《変化》していく。


「その男も我が国を滅ぼした害虫の一匹だ。今すぐその首を――」

「それは許さないわ、アルム」


アリシアの一言が、冷徹なルールとなって広場の空気を支配した。

彼女の持つクラスは《調停ルール》。言葉一つで場を掌握し、己に絶対的な有利な交渉の場を作り出す異能。その魔力の波動が広がると同時に、アルムの右腕の《変化》が不自然に強制解除され、元の少年の腕へと戻された。


「っ……! ?クラスが、解除された……!?」

「ウェインは、私を地獄から救い出し、今も多くの同胞を自身の屋敷で匿ってくれている恩人です。あなたたちに、この人を傷つけさせるわけにはいきません」


アリシアはウェインの前に進み出ると、弟たちではなくその背後に縛り付けられている少女――第7皇女へと視線を向けた。

ウェインがここに赴いた真の目的。それは、鉱山視察中にネフィリム王国軍の襲撃を受けた帝国第7皇女の救出であった。ウェインは静かに大剣の柄に手をかけ、一歩も引かぬ構えをとる。


「私の目的は、ダリア皇女殿下の身柄の安全と確保だ。彼女には、ネフィリム迫害への加担も、この鉱山の搾取への関与もない。ネフィリムの王子たちよ、これ以上の流血を望まぬのであれば、皇女殿下をこちらへ引き渡してもらおう」


広場を圧するウェインの凛烈な宣告。

だが、その言葉に怯むアルムではなかった。アリシアの《調停ルール》によって武器への《変化チェンジ》を封じられたにもかかわらず、アルムは静かに両の拳を構えた。

幼くして祖国を追われ、暗部たちに生泥をすするような“殺し”を叩き込まれてきたアルムにとって、手元に獲物がないことなど戦わない理由にはならないのだ。


「はいそうですかと渡すわけがない。これは帝国皇女なのだろう? ならば、帝国の民が犯した罪を償ってもらわねばな。そのために、殺さずに捕らえているのだから」


ウェインの正論を冷酷に切り捨てるように、アルムは吐き捨てた。

ウェインはわずかに眉を動かし、アルムの構えを凝視する。


「無手で私と?」


引き絞られるような緊迫感の中、ウェインが背の大剣を抜いた。白銀の刃が月光を反射して冷たく煌めき、一騎当千と称される「聖剣の騎士」の隙のない構えが完成する。


「はぁ……舐められたものだな」


アルムは小さくため息を吐いた。

直後、爆音と共に地面を蹴った。


「っ!?」


ウェインの視界から、少年の姿が一瞬で掻き消える。

ドン、と遅れて大気を割る音が響く。凄ましじい肉体強度を持つネフィリム本来の身体能力。ウェインは本能的な直感に従い、たたらを踏むように数歩後ろに下がって、自身の直前を横薙ぎに吹き抜けたアルムの“首を狙った蹴り”を辛うじて避けた。

空振った風圧だけで周囲の瓦礫が弾け飛ぶ。

蹴りを避けられたアルムは、着地と同時に懐へ潜り込もうと、さらに姿勢を低くしてウェインに肉薄した。人間の反応速度の限界を超える、暗部特有の超高速の踏み込み。


「ふっ!」


アルムは濃密な魔力を拳へと収束させ、ウェインの心臓を目がけて冷徹に突き出した。

だが、ウェインもまた帝国最強の座にある男。超人的な反射速度で、引き絞られた大剣のひらを盾のようになぞらせ、アルムの拳を最小限の動きで捌きにいく。


ガキィィンッ!


金属同士が激突したかのような、硬質で甲高い衝撃音が鉱山の広場に炸裂した。人間の肉体と白銀の聖剣。両者の意地と異能が真っ向からぶつかり合い、周囲の空間に激しい衝撃波が吹き荒れる。


「っ、この重さ……! 本当に無手か!」

「害虫を駆除するのに、刃の有無など関係ない」


ウェインの驚愕を、アルムの凍てついた青い瞳が冷酷に射抜く。

激しく拳と剣が交錯しようとしたその瞬間、再び広場全体に冷徹なプレッシャーが走った。




「そこまでです! 二人とも、武器を収めなさい!」




姉アリシアの凛とした声が響き渡る。彼女の瞳が黄金色に輝き、クラス《調停ルール》が更なる深層へと発動した。

「《調停ルール》――『魔力の使用を禁ずる(サイレンス)』」


不可視の戒律が空間を支配する。瞬間、アルムの拳に纏われていた濃密な魔力と、ウェインの聖剣から溢れ出ていたオーラが一斉に霧散し、両者は強制的に引き離された。アリシアの調停は、この場におけるあらゆる「魔力の行使」を法律として禁じたのだ。

魔力を奪われ、舌を鳴らすアルム。だが、その背後から力強い足音が迫る。


「アルム! 引くなっ! 魔力が使えないなら魔素を使えばいい!」


兄ヴィルヘルムの叫び。その一言に、アルムの思考が瞬時に切り替わった。

魔力とは、空気中の魔素を体内に取り込んで変換・生成されるもの。そして魔素とは、魔力の素であり、魔法の残滓でもある世界に漂う元素そのものだ。ネフィリムのクラスは魔力を糧に発現するのが一般的だが、過酷な戦場を生き抜いてきた熟練の戦士は、空気中の魔素を直接糧としてクラスを起動する高次元の術を身につけている。


(……なるほど、姉上の法は体内の『魔力』しか縛っていない)


アルムは即座に呼吸を整え、周囲の空間から漂う濃厚な魔素を強引に引き寄せた。先ほどまで飛び散っていた戦闘の残滓、そして鉱山に澱む大地の魔素が、アルムの意志に従ってその右腕へと渦巻いていく。


ベキベキベキッ!!


空間が軋むような禍々しい音が広場に響く。

アルムの右腕が、吸収した魔素を直接の代償にしてクラス《変化チェンジ》を強引に起動。筋肉が異常に膨張し、硬質な黒鉄の皮膚へと《変化》していく。それは武器への変形ではなく、純粋な「打撃の質量」を限界まで高めた、殺戮のための異気の剛腕だった。

ヴィルヘルムはすかさず、そのアルムの異形の腕に視線を固定する。


「《祝福ブレス》――『金剛剛力』!!」


ヴィルヘルムもまた、体内の魔力ではなく、周囲の魔素をダイレクトに編み込んで祝福を放った。王族二人が同時に行った規格外の魔素行使により、アリシアの《調停》の法が完全にすり抜けられる。

二重の強化を受けたアルムの身体に、爆発的な膂力とネフィリム本来の身体能力を何倍にも引き上げる神速が宿った。


「これで終わりだ、害虫が」


ドンッ!


音速を超える踏み込み。


魔力を禁じられたことで一瞬の油断が生じたウェインの眼前へ、アルムは文字通り一瞬で肉薄した。


「しまっ――」


ウェインが大剣を盾にしようと引き戻すよりも早く、アルムの黒鉄の剛腕が、ウェインの胸元へと真っ直ぐに突き出された。



ドゴォォォォンッ!!!



鉱山の斜面全体が激しく揺れ動くほどの、凄まじい衝撃音が炸裂した。

アルムの拳は、ウェインが咄嗟に掲げた白銀の胸当てに直撃する。一騎当千を誇るウェインの強固な鎧が、ブリキ細工のように容易く歪み、バキバキと音を立てて粉砕されていく。


「が、はっ……!?」


ウェインの口から鮮血が噴き出した。

衝撃波に煽られ、ウェインの巨体が地面を激しく削りながら、数十メートル後方へと凄まじい勢いで吹き飛んでいく。岩壁に激突してようやく止まったウェインは、激しく血を吐きながらアルムを驚愕の目で見つめた。

鎧を文字通り粉砕され、骨の折れる鈍い音が響く中、アルムは冷徹に拳の血を払い、追撃のために再びその地を蹴ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ