第11話「破壊の皇妃」
激しく血を吐きながら岩壁に沈んだウェインを見据え、アルムは地を蹴った。
魔素を纏った黒鉄の剛腕を容赦なく振り上げ、確実に息の根を止めるための追撃へ移ろうとした、その刹那――。
パァン!
硝子が軽快に弾け飛ぶような、あまりにも場違いで乾いた音が響いた。
「っ、が……あ、あぁぁぁあッ!?」
直後、アルムの口から壮絶な絶叫が迸った。
ウェインの脳天へ突き下ろされるはずだったアルムの《変化》した右腕が、肘の根元から突如として、微塵切りにされたかのように木っ端微塵に『破壊』されたのだ。
骨と肉が爆散する凄まじい衝撃。アルムは強烈な驚愕と激痛に全身の均衡を崩し、無様にたたらを踏んで地面へと転がった。血の海に塗れ、残された左手で右腕の断面を押さえつけながら、激しくのたうち回る。
「アルムッ!?」
「アルム様っ!?」
ヴィルヘルムが、そしてミリアリアが悲鳴のような声を上げる。
何が起きたのか誰も理解できず、広場が凍りついた。その静寂を切り裂くように、頭上からカツ、カツ、と贅沢なヒールが岩を叩く音が、ゆっくりと近づいてきた。
「派手にやったもんだねぇ。怪我人も多い、まとめて直しておくかね」
闇の中から現れたのは、1人の妖艶な女性だった。
アルムが激痛に耐えながらその女を睨みつけた瞬間、張り詰めた空気を割るように、背後から驚きに満ちた声が響いた。
「……ルシアーダ叔母様?」
声を上げたのは、第1王女アリシアだった。
アリシアの言葉に、のたうち回っていたアルムも、身構えていたヴィルヘルムも息を呑んだ。
叔母だと。
アルムたちの脳裏に、かつてネフィリム王国を裏切り、帝国へと嫁いだ先々代王の娘――ルシアーダ・ヨグルト・フォン・ネフィリムの名が瞬時に浮かび上がる。目の前にいるこの常軌を逸した魔力を持つ女こそが、自分たちの血縁者なのだと兄弟は同時に悟った。
ルシアーダはアリシアに視線を向けると、フッと艶然とした笑みを浮かべた。
「やっぱりね。ウェインに付いてこの辺境まで来ているとは思ったけれど……。アリシア、あんたに怪我はないかい?」
「はい。ウェインが守ってくれましたので……。叔母様こそ、どうしてここへ?」
「あそこの馬鹿娘を拾いに来たのさ。視察なんてしなけりゃ、あたしも帝城で昼寝していられたのだけどね。ついでに鉱山も直してこいって陛下に言われたんだよ。ダリアはどこだい?」
「あちらです。」
アリシアはヴィルヘルムの背後で捕縛されている第7皇女、ダリアを指し示す。
「ふん、仕方ないね。」
ルシアーダはそう言って気怠そうにため息をつくと、視線を一同へと戻し、白い指先を天へと掲げた。
「《破壊》――『事象破壊』」
ルシアーダがクラスを使用した瞬間、空間のどこかで、厚いガラスが激しく割れたような「パリン」という鋭い音が響き渡った。
刹那、襲撃を受けて凄惨に蹂躙されていた鉱山の景色が、漫画のコマが切り替わるように、一瞬の瞬きの間に修正された。
アルムの爆散したはずの右腕は、血の汚れすら残さず最初から傷などなかったかのようにそこにあり、服も元通りになった。アルムの一撃によって破壊されたウェインの鎧も傷も直っている。それどころか、騎士団に駆除されたはずの帝国兵たちの命や、すでに手当てを受けていた奴隷たちの怪我、ヴィルヘルムたちの疲弊すらも、すべてが「元通り」になっていた。
あまりにも規格外の神業。ネフィリムの常識すら超越した絶対的な力の前に、アルムたちは武器を構えることすら忘れ、ただ呆気にとられて立ち尽くすしかなかった。
『《破壊》か……!……くそっ、化物め……!』
アルムは元に戻った右腕を忌々しげに握りしめ、地面を睨みつける。
だが、ルシアーダはそんなアルムたちを完全に無視し、縛られていた第7皇女ダリアの元へと歩み寄った。誰一人として動けずに見守る中、ルシアーダは己の娘の頭を容赦なくペシ、と小突いた。
「痛っ……」
「調子に乗って出歩くからこんな目にあうんだ。大人しく帝城で刺繍でもしてりゃいいものを。お陰で陛下から面倒な仕事まで押し付けられたじゃないか。」
「……ごめんなさい、お母様」
ダリアは何か言いたそうに小さく口を開いたが、母親の圧倒的な威圧感の前に、すぐに諦めたように押し黙った。
ルシアーダは《破壊》で拘束が外れたダリアを自分の背後へと下がらせると、ルシアーダはつむじ風のように翻り、ようやくアルムとヴィルヘルムの正面へと向き直った。その美しい顔に冷徹な笑みを浮かべ、侮蔑と警告の入り混じった視線を、かつての甥たちへと突き刺す。
『あんた達も、やり過ぎだよ』
エルグランド帝国第4皇妃ルシアーダ・エルグランド。
元の名をルシアーダ・ヨグルト・フォン・ネフィリム。
ネフィリム王国先々代王の娘にして、ネフィリム王国先代王の姉。
アリシア、ヴィルヘルム、アルムの叔母。
その美貌とクラス《破壊》からネフィリム王国の至宝とも呼ばれた女傑。
彼女の放つ底知れない《破壊》の残響が、絶望の夜へと塗り替えられた鉱山を、重苦しく支配していた。




