第4話『幼馴染』
自室に戻ったアルムは、机の上に置かれた二つの書状を前に視線を落とした。片方は兄ヴィルヘルムからの手紙、もう片方は軍部から届いた報告書だ。どちらを先に読むか一瞬迷ったが、アルムは感情を脇に置き、実務である軍部からの報告書を手に取った。
羊皮紙をある程度読み進めたところで、部屋の扉が静かにノックされた。入ってきたのは、王宮事務次官であったマリクと、ラスター侯爵令嬢のミリアリアだ。
「アルム様、少々お時間をよろしいでしょうか」
マリクの言葉に、アルムは視線を上げる。二人が並んでここへ来た理由を察し、アルムは尋ねた。
「2人とも座ってくれ。」
アルムはミリアリアとマリクにソファへ誘導し着席を促す。
アルム自身もソファに腰掛けた。
アルムと対面する形でソファに座ったミリアリアとマリクの表情は消して明るいものではなかった。
「そうか、私が3日前に15となったのならミリアリアは既に15になってクラスが安定して使用できるようになっていたのか。たしか伯爵家以上の子女が成人を迎えると王家にクラスを報告する義務があったな。」
「はいアルム様。……ですが、その前に」
ミリアリアはどこか気まずそうに、隣に立つマリクへ視線を向けた。
「マリク様、少し席を外して頂けないかしら。アルム様と二人だけで話したいの」
「それはできかねます、ミリアリア様。私は王宮事務次官として、また今後の戦略を練る立場として、主要人員のクラスを把握する義務がありますので」
マリクはやんわりと、しかし拒絶を許さない事務的な態度でそれを拒んだ。ミリアリアは不満そうに唇を尖らせたが、抵抗が無駄だと悟ると、渋々といった様子で自身のクラスを口にした。
「……私のクラスは《固定》です。」
「固定、か」
「はい。私が指定したものを、その場に文字通り『固定』する力です。対象が物質であれ、空間であれ、流動する魔力であれ、なんであれ固定することができます。」
自信を覗かせるミリアリアは、真剣な眼差しでアルムを一瞥すると、やや前のめりになってアルムに言う。
「アルム様、お願いします。私を人間掃討の前線に立たせてください。この力があれば、人間の軍勢なんて一歩も動けなくしてみせます!」
あらゆるものを縛る強力なクラス。その有用性にアルムは内心で驚きつつも、表情を崩さないまま冷徹に告げた。
「断る」
「何故ですか!?私のクラスは戦闘面においても絶大な効果を発揮します!私の……私は不要と仰るのですか!?」
「落ち着け、そうではない。ミリアリア、そなたが私の幼馴染だからという私情を差し引いても、そのクラスは最前線で乱戦に用いるべきではないと思うのだ。たしかにそなたのクラスは人間を駆逐する戦いにおいて絶大な効果を発揮するだろう。しかし絶大な効果を有するが故に乱用は出来ない。そなたもわかっているのだろう?《固定》を使用する度に膨大な魔力を消費しているのが。」
「っ……。はい。仰る通り、このクラスは消費魔力が膨大です。階梯が上がって安定したとしても1日に使えるのは数回です。」
アルムの言葉に反論が出来ないミリアリアは悔しそうに俯く。
「そなたのクラスは限定的な状況、かつ『瞬間的』に使うことでこそ、その効果を最大限に活かせる力だ。前線で無差別に浪費していい力じゃない。」
不服そうに服の裾を掴み眉をひそめるミリアリアに対し、アルムは「そなたの力はもっと重要な局面で使う」と静かに語りかけ、なんとか彼女を宥めた。
「ミラ、そなたは何故そうまでして前戦に立ちたいのだ?」
アルムは幼馴染としての愛称でミリアリアに問いかける。
「わ、私は……もう嫁に行けぬ身体になりました。」
「っ……。」
ミリアリアの言葉にアルムは息を飲んだ。
ミリアリアが言ったこと、それは"女性として大切なものを失った"と言うこと。
「……それは、あの伯爵家でされたことか?」
「いいえ、帝国兵に捕らえられた日に……」
「そうか……すまない。」
「いえ……。」
ミリアリアは王国が滅んだ2年前、帝国兵によってその純潔を奪われていたのだ。
「私はもう貴族の女子として"使えない"のです。ならばいっそ末端の兵士としてあの帝国兵達を1人でも多く道連れにーー」
「ダメだ。先にも言ったがそなたを前線に送ることは許可できない。」
ミリアリアは悲痛な表情で言葉を紡いだがアルムが途中で遮り、最後まで言わせなかった。
「今のそなたには王族として命じた方が良さそうだ。ミリアリア・ラスターよ、ネフィリム王国第2王子、アルム・スヴェント・フォン・ネフィリムが、そなたに私直轄の『人間処理部隊』への配属を命じる。その力、王国の再建の為に振るえ。」
その言葉を聞いたミリアリアはソファを立ち、アルムの眼前に跪いて頭を垂れた。
「……は、拝命致します。」
王家の者として幼少期から教育を施されてきたアルムはわかっていた。
貴族の女性が言う、"使えない"の意味を。
王政を敷いていたネフィリム王国は当然貴族制もあった。
戦争のない時代において貴族は特権階級であるが故に"貴族の男はこうあるべし"。"貴族の女はこうあるべし"。といった固定観念が蔓延し貴族家の親は子にそれを教える。
特に貴族家の女性達は"淑女教育"と言う名で厳しく育てられる。
その"淑女教育"の中で女性の純潔についても厳しく教えられる。
"己の純潔は夫になる人に捧げるものである。"と。
それを散らされた女性は貴族社会で生きていくことは出来なくなる。
社交の場ではいい笑い者にされ、嫁ぎ先も無くなる。
まさに貴族として"使えない"となってしまうのだ。
故にミリアリアは人事権を持つアルムに懇願した。
"純潔を失った自分を前線で使い潰してくれ"と。
その裏には"純潔を奪われた事への絶望"と"貴族として矜恃"があった。
アルムも王妃である母から"女の子はこういう事を言い聞かせられるから、貴方は王族としてしっかり汲み取ってあげなさい"と口すっぱく言われたものだ。
故にアルムは幼馴染としてでは無く、命令権を持つ王族としてミリアリアに命じた。
"自ら命を絶つことは許さない。"と。
その意味を正しく理解したミリアリアは王族の命に対して家臣としての礼で応えた。
一息つくと、アルムはソファを立ち、先ほどまで読んでいた軍部からの報告書を手にし、その内容をマリクへと共有した。
「マリク、軍部からの要望だ。まずは戦闘系のクラスを有する者と、鍛冶系統のクラスを有する者を優先的に軍へ回して欲しいとのことだ。物資購入の予算については、地下農場で収穫された産物の売却益で賄える見込みらしい。そして、最後に……」
アルムは一度言葉を切り、書状の最後の段落を睨みつけた。
「軍は今すぐにでも帝国に報復するため、逆侵攻をかけたいと息巻いている」
その内容を聞いたマリクは、深い溜息をつきながら額に手を当てた。
「やれやれ、相変わらず血気の盛んなことで……。しかし、現実を見ねばなりません。仕方ありません、今回の作戦で救出した同胞の中から、戦闘系クラスと補助系クラスを持つ者を軍に配属することにしましょう。彼らの要望を少しは満たしてやらねば」
マリクの決定を聞き、それまで黙っていたミリアリアが慌てて口を挟んだ。
「待って、マリク様! 今回救出したネフィリムの多くは女性です!酷い目に遭って傷ついている彼女たちを、すぐに軍へ配属するなんて考え直してほしいわ!」
「拒否する」
ミリアリアの懇願を、アルムの声が冷たく遮った。
「人員が圧倒的に不足している今の我らに、眠らせておける余裕などない。女子供であろうと、軍の後方支援くらいはできるはずだ。人間を根絶やしにするためなら、使えるものはすべて使う」
アルムの冷徹な決断にミリアリアが息を呑んだその時、部屋に設置された通信用の魔導具から、ロクシュの声が響いた。ネフィリム王国暗部の一人からの緊急連絡だった。
『アルム殿下、お耳に入れたい件がございます。現在潜入中の孤児院にて、ネフィリムの子供を保護しました』
「子供だと?」
『はっ。名はクルシュ。本人は自身がネフィリムであるという自覚がありません。母親もおらず、おそらく王国が滅亡する前から国を出ていた同胞の子である可能性があります』
ロクシュの報告によれば、子供はまだ幼く、クラスも発現していないが"印"の状態からしてまもなくクラスが発現する。なのに自身の魔力やクラスを制御できていないという。
『このままクラスが完全に発現して暴走する前に、アルム様、あるいはヴィルヘルム様の元でお引き取り願いたいのです。母親については生死を含めて一切が不明。今後も同様のケースが見込まれるため、帝国にある他の孤児院を回り、“木の実探し”の範囲を広げたいと考えております。その承認をいただきたく』
アルムは短い沈黙の後、即座に決断を下した。影に向けて、もう一人の暗部であるメナスの名を呼ぶ。
「メナス、いるか」
「ここに」
部屋の隅の影から、音もなくメナスが姿を現した。
「話は聞いていたな。先行してロクシュの元に向かえ。その子供、クルシュを安全に保護する。ロクシュの提案も承認する。動け」
「御意」
メナスは一礼すると、再び影の中に溶けるようにして消え去った。
一連のやり取りを見ていたマリクが、顎に手を当てながら思考を巡らせる。
「……母親がいない、ですか。王国滅亡前、あるいは混乱に乗じて帝国に捕らえられたのだとすれば、一つの可能性が浮上しますね」
「何だ、マリク」
「その母親が、今も奴隷市場で売り買いされている可能性です。もしそうであれば同胞の確保、および情報の収集のためにも、直接市場へ赴くのが最善かと」
マリクの提案に、アルムの青い瞳に冷たい光が宿った。
「いいだろう。運が良ければ多くの同胞を売られる前に救える。ついでに害虫どもを駆除できる。」
「私もお連れ下さい!」
ミリアリアがすかさず声を上げる。アルムは彼女の《固定》のクラスが、不測の事態における足止めとして極めて有効であると判断した。
「いいだろう。マリク、ミリアリアは私の能力で貴族の親子に変化させる。私はそなたら2人の護衛と言う体を取る。我ら三人で帝都の奴隷市場へ潜入するぞ。」
人間への憎悪を胸に秘めた王子と、その臣下たち。彼らはそれぞれの目的を胸に、欲望渦巻く闇の市場へと足を踏み入れる決意を固めた。




