第3話『暗部』
ロクシュは長く暗部としてネフィリム王国に仕えてきた一族だった。
暗部と言う特殊な家系ゆえに姓は無い。
時には名も顔も容姿すらも変える。
王国が存続していた時代では専ら国外の諜報活動に精を出していた。
ロクシュとしてもその方が都合が良かった。
何せ自分のクラスが諜報活動にうってつけのものだったから。
《同化》。それがロクシュのクラスだ。
ロクシュはクラスを使用している間は周囲に同族だと認知される。
容姿が異なる種族の中にあっても同族と認知され歓迎される。
そして違和感なくその中に溶け込める。
かつてはネフィリム王国の北に位置するドワーフの国に潜入し、希少鉱物や鍛治技術など様々な情報を得てネフィリム王国の利益に貢献したきた。
そして今、ロクシュは自国を滅ぼした憎き人間の国に冒険者として潜入している。
「わはははっ!おい!ロクシュ聞いてるか!?まさかもう酔いが回ったんじゃないだろうな!?」
人間の声で思考の海から浮上する。
「聞いてるさ、まだ2杯目だろう?この程度で酔うわけないとお前も知っているだろう?夜はこれからさ。」
「よーし!飲め!!今日は俺の奢りだ!!」
自分の隣でジョッキを呷る男は上機嫌のようだ。
「にしてもまたロクシュの読みが当たったな!あのダンジョンはいい稼ぎになった!」
「ホントよね、どっから未踏破のダンジョンなんて見つけてくるのよ。」
テーブルを囲むのは同じ冒険者パーティの人間達だ。
皆口々に自分を褒めそやす。
「たまたま勘が当たっただけだ。」
「あんたいっつもそれよね!」
「勘とかじゃなくて魔道具使ってるって言ってもらった方が安心するな!」
「まぁ良いじゃねぇか!ロクシュが見つけてきたダンジョンのお陰でいい稼ぎになった!それだけだ!」
「そうだな!(そうよね!)」
未踏破のダンジョンを見つけて報告したことによる得た特別報酬と未踏破ダンジョンのファーストパーティとしての名声、そして手付かずの財宝を手にしたパーティメンバーは浮かれている。
(愚かな生き物だな。)
ロクシュはジョッキを片手に目を細めつつ内心で独りごちる。
そして"それっぽく"振る舞う。
「しかし、ダンジョン発見を報告したことで他の連中もあの場所に行くようになる。今日みたいなボーナスは当分ないだろうな。」
今の自分は冒険者。斥候のロクシュ。
人間の冒険者は金にうるさい。
稼ぎが減ることを極端に嫌う。
だから自分もそうであるように振る舞う。
「たしかになぁ。でも暫くはあのダンジョンのお陰で仕事はあるからな!その間に次の場所を探そうぜ!困ったらロクシュ!また頼むぜ!」
「そうよ!ロクシュがまたなにか見つけてきてくれるわよ!きっと!」
「お前ら……ロクシュに頼りすぎだ。だが俺もお前の勘に助けられてる。また頼むな。」
メンバーの楽観的な言葉を聞きながす。
「あぁ。」
(さっさと名をあげさせて餌を呼び込まなければな。)
ロクシュは席を立つ。
「なんだぁ〜ロクシュ、もう帰るのか?」
「あぁ、"いつもの"だよ」
「そうかぁ〜」
「あまり飲みすぎるなよ。」
「わかったぁ〜」
へべれけになったパーティメンバー達を一瞥し店を出る。
目的地は"孤児院"だ。
「あらロクシュさん、今日は遅かったのですね。」
「あぁ、今回の狩りが上手くいったので打ち上げをな。」
「それはそれは。」
「これ、いつものだ。」
ロクシュは孤児院のシスターに金袋を差し出す。
「いつもありがとうございます。子供たちにひもじい思いをさせずに済んでいるのはロクシュさんのおかげです。」
「なに、ただの恩返しだよ。」
「ロクシュさんも孤児院の出でしたものね。」
「あぁ、故郷は既にないが子供たちを見守るあなたに亡き先生が重なる。自己満足だが先生への恩をあなたに。」
「はい。ここがあなたの帰る場所です。いつでも帰ってきてくださいね。」
「私が依頼に出てる間子供達はどうだった?」
「はい、みんな元気でしたよ。」
「そうか、元気ならそれでいい。私は先に休ませてもらうよ。」
「はい。おやすみなさい、ロクシュ。」
「おやすみ、先生」
ロクシュはシスターに挨拶すると孤児院の奥に入っていった。
奥の部屋に入り扉を閉めてベッドに寝転がる。
窓からうっすらと月の光が入ってきている。
夜空には薄い雲がかかっているようだ。
ロクシュは今回のクエストを振り返る。
新たに発見されたダンジョンは比較的攻略しやすい構造になっていた。
即死系の罠はもちろんあったがどれもある程度の斥候なら看破できるレベル。
魔物もレベルは低めだった。
ダンジョンコアが若かったのだろう。
今回のダンジョンは駆け出しの冒険者でも中階層くらいなら容易に行ける難易度になっていた。
非常に良い具合だ。
帝都からの距離も徒歩で2日ほどで立地も良い。
(今回のダンジョンコアは"当たり"だな。)
ロクシュに下された命は"ダンジョンコアの育成"だ。
冒険者を呼び寄せダンジョン産の罠や魔物の餌食にする。
ダンジョンで死亡した冒険者はダンジョンに取り込まれ魔素に分解されてダンジョンコアの糧となる。
ダンジョンとは本来、魔素の偏りによって自然発生する物だ。
ある一点に魔素が集まり凝縮した物がダンジョンコアとなり周囲の環境を変えていく。自らを強化する"狩場"を形成するのだ。
ダンジョン内に罠を設置し、魔物を配置してダンジョンに侵入して来た冒険者を排除して糧にする。
ダンジョンで産まれる魔物はダンジョンコアから供給された魔素を糧としている。
元々は冒険者達の亡骸を分解して得た魔素なので冒険者達から生まれた魔物と言っても過言では無い。
ダンジョン産の魔物は外にいる魔物に比べて特異な特性を持っていることが多い。
ダンジョンは魔素が濃く生存競争が熾烈だからだ。
そして冒険者はそんな特異な進化を遂げた魔物を討伐して毛皮や骨、魔石や鉱物等の素材を得る。
それを売ったり武器や防具に加工して更にダンジョンに挑む。
長年冒険者を退けて成熟したダンジョンコアを含めたダンジョン産の素材はネフィリム族にとっても他種族にとっても非常に有用な素材となる。
故に管理するのだ。
かつてネフィリム王国は自然発生したダンジョンを踏破してダンジョン内で生成される素材を輸出していた。
ダンジョンコアを管理し、冒険者を呼び寄せダンジョンに食わせる。
王国内では"地下農場"と呼ばれていた。
そして地下農場を管理する部署さえ存在していた。
ロクシュも暗部として新しく新設されたダンジョンに他種族の冒険者を誘導してダンジョンに食わせる"餌やり"の役割をこなしたことがある。
今回の任務も主な仕事内容はそれだ。
いつもと違うのは"なるべく多くの人間種をダンジョンに食わせること"これくらいだろうか。
これまでは種族の指定は無かった、今回は人間種を指定している。
これはただ単にダンジョンコアの育成を進めたいという王国の利益を急いでいる訳ではない。
人間種を食わせ、ダンジョンを強化し更に人間種を呼び込む。
人間種を食って成長したダンジョンコアから生成される魔物達を解き放ち人間種の絶対数を減らす。
ダンジョンで取れる素材を人間種以外に供給し、王国再建の材料とする。
最後には人間種をネフィリム含めた多種族で囲い絶滅へと導く。
これが第1王子殿下と事務次官殿、軍上層部が描く"王国再建の道"だ。
自分含めた暗部はその道の開拓を担っているのだ。
全てはネフィリム王国再建の為に。
第2王子殿下の思惑は違うみたいだが、暗部の私には預かり知らぬ事だ。
しかし第2王子殿下も中々粋な計らいをしてくださる。
同胞を探すついでに人間の駆除を命ぜられた。
逃げ惑う人間を狩るのはとても心地よい。
クラスの力で味方だと信じきって背中を預けた所をサクリとやる。
あの疑問と驚愕、そして絶望に満ちた人間の顔はとても良い。
この孤児院もそうだ。
人間の子供など捨ておいても構わんがどうせ駆除するなら有効に使いたい。
人間の子供はダンジョンにとって良い餌なのだ。
適当に育て鍛えダンジョンに連れていきダンジョンの餌とする。
人間の駆除にもなり、ダンジョンの育成にもなる。
とても効率が良い。
コンコン
自室の扉をノックする音が響いた。
「誰だ?」
「私です。寝るとこだったのにごめんなさい。」
ノックの主はシスターのようだ。
「入ってくれ。」
「ごめんなさいロクシュ」
「大丈夫だ。何かあったのか?」
「実は少し前に喧嘩して怪我をした子がいるの。腕にアザが出来ちゃったんだけどね。」
よくある子供同士の喧嘩による怪我のようだ。
「アザくらいなら放っておいても治ると思うが……」
「私もそう思ってたんだけどアザが出来た子と同じ部屋の子がね、アザが消えるどころか濃くなってるって言ってきたの。」
アザが薄くなるどころか濃くなっている?
子供同士の喧嘩だから軽傷だと思ったら実は重症だったって感じか?
「私は医師ではないから詳しくは分からないが冒険者の端くれとして多少の知識はある。見てみよう。そのために来たんだろう?」
「えぇ。疲れてるのにごめんなさい。」
「構わんよ。」
部屋を出てシスターに案内されたのはシスターの部屋だった。
「先生!」
「先生……」
部屋には2人の子供、人間の女児と男児。
名は確か、ハンナとクルシュだったか。
「ロクシュを連れてきたの、冒険者だから何か知ってるかもしれないでしょ?」
「ロクシュ帰ってきてたの!?」
「あぁ、さっき帰ってきた。夜遅かったから皆には明日の朝挨拶しようと思ったんだ。それよりアザを見せてみろ。」
「うん……」
怪我をしたのはクルシュの方か。
あまり喋らず大人しいクルシュが喧嘩をするとは珍しい。
クルシュのアザの具合を確かめようと服の袖を捲った。
「っ……」
思わず息を呑んだ。
「ロクシュ!?クルシュはどうなの!?」
自分の反応からなにか察したのかハンナが詰め寄る。
「落ち着けハンナ。クルシュのアザは思ったより酷かったから少し驚いただけだ。大丈夫、骨が折れたりしているとかじゃない。」
「ほんと!?」
「あぁ。クルシュ、痛むか?」
「ううん……時々ズキッてするけど今はそんなに痛くない。」
「そうか。この怪我をした時は殴られたのか?」
「うん。木の棒で……」
「そうか、なら納得だ。このアザは木の棒で殴られた時にできたものだろう。でも大丈夫だ。そっとしておけば治るものだよ。」
「ほんと……?」
「あぁ。そうだ、私がダンジョンに行く時に持っていく塗り薬を塗ってあげよう。よく効くぞ。」
「やったねクルシュ!」
「うん…ありがと。ロクシュ」
「なに、気にするな。」
部屋に入った時は不安そうに涙目になっていた子供達の表情が明るくなった。
「ほんとに大丈夫なのね?」
「ああ、この程度なら薬を塗って2.3日すればすっかり治る。」
「ロクシュがそういうなら大丈夫ね。」
「シスター、ハンナを部屋に送ってあげてくれ。私はクルシュに薬を塗って部屋に送り届けよう。」
「わかったわ。ハンナ、行きましょう?」
「うん。クルシュまた後でね!」
「うん……!」
ハンナの手を握ったシスターが退室する。
「さ、クルシュも私の部屋に行こう。」
「うん……」
自室についたロクシュはクルシュをベッドに座らせる。
「クルシュ、君は君のお母さんのことを覚えているかい?」
「え?お母さん?僕にはいないよ?」
「そうか。クルシュ……このアザは怪我ではない。」
「え?でも……」
「君はネフィリムと言う種族なんだ。」
「ネフィリム?」
「そう。遠い国に住んでいる人達の事でね、ほらドワーフとかエルフとかいるだろ?」
「ドワーフ……ガンツのおじさんとか?」
ガンツとは孤児院の子供たちが鉄くずを拾った時にお駄賃として鉄クズを買い取っているドワーフの鍛冶師だ。
「あぁ。君はドワーフやエルフのように人間種とは種族が違うみたいだ。」
「僕人間じゃないの?」
クルシュは不安そうに目を潤ませた。
みんなと違う、これがどれほど恐ろしいのかこの子供は分かっているのだろう。
「人間だよ、ただちょっと違うだけ。ガンツだってドワーフだけど人間だろう?」
「うん……」
「今度私の知り合いにネフィリムの人が居るから見てもらおうか。」
「うん。」
「いい子だ。さ、お薬を塗ってあげよう。大丈夫、ちゃんとアザは消えるよ。」
クルシュの腕にネフィリムの証たるアザを隠す薬を塗り込む。
暗部として各国に潜入するロクシュにとってこの薬は必需品だ。
「まだうっすらとアザが見えるけど日に日に消えていくから大丈夫だよ。」
「うん。ボク、要らない子になるの?」
クルシュの言葉にハッとする。
孤児院にいる子供たちは大なり小なり大人から酷い扱いを受けてきた。
"要らない子"と言われて捨てられた子も多い。
自分もそうなるのかと不安なのだろう。
ロクシュはクルシュを抱きしめた。
母を知らず己の血の意味を知らない可哀想な同胞を腕の中に収めた。
「君は要らない子なんかじゃない。帰る場所は必ずある。君はひとりぼっちじゃないよ。」
「うん。」
クルシュの両手がロクシュの背中に回った。
小さな同胞の両腕はまだ短くて、ロクシュの背中までは届かないが脇腹までは届いた。
「今日はゆっくりおやすみ。」
「うん。」
ロクシュはそう言ってクルシュの手を取った。
部屋に送り届ける為に。
クルシュを部屋に送り届けたロクシュはすぐさま自室に戻った。
懐から1枚の紙を取り出す。
紙には魔法陣が書かれていた。
(いち早く殿下達に知らせなければ。)
魔法陣に手をかざす。
ゆっくりと淡く発光する魔法陣を通して殿下の声が頭に響く。
現状の報告と今後の動き、懸念事項を伝え捜索範囲の拡大を進言する。
進言内容はすんなりと受け入れられ増援が来るようだ。
淡く光っていた魔法陣は光を失った。
報告を終えて小さく息を吐く。
クルシュの腕にあったアザ、それはネフィリムの証たる印だった。
ネフィリムを出産できるのはネフィリムだけ。
父親は他種族でも良いが母体はネフィリムでないとネフィリムは出産できない。
そもそも母体となる女性よりも男性の保有魔力量が多くないとネフィリム女性は妊娠しない。
(クルシュの年齢はたしか7つか8つ。帝国に侵略されたあとに生まれたのでは歳が合わない……。国の外に出ていた同胞達の子か?いやしかしそうであれば本国に届出は出ておりアザの下に両親の名が刻まれるはず……。ひとまず報告はした。あとは連絡を待つか。)
ロクシュはベッドに寝転んだ。
明日もまた忙しくなりそうだと苦笑を少し漏らした。




