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連続私刑殺人――。その始まりである'0件目の殺人'とはなんなのか?

江津麟之助による解決編、開幕です。

 翌日、わたしは再び龍ヶ淵邸を訪れることになった。ついぞ家に帰ってこなかった父に呼び出されたのだ。


 屋敷の玄関前には、パトカー二台と護送車が止まっていた。


 応接間には、家主である光平とその長男の光宗、そして、父と武藤一課長、埼玉県警の棉良刑事がいた。

 光宗、一課長、棉良刑事は入り口わきの壁沿いに立っていた。

 彼らは、途中で入ってきたわたしに目礼すると、すぐにこの部屋の中央に視線を戻した。


 そこには、背後に制服警官を二名従えた見慣れない若者が木製の椅子に座っている。

 いや、正確に言うならば、その警官たちに座らされている。


 聞くまでもない。この事件の最後の関係者ーー。

 龍ヶ淵光恒だ。


 両目までかかった前髪から覗く細い目。

 優男の雰囲気には似合わない無精ひげ。

 全体的に陰気だが、身なりを整えれば、どこか女性のように見えるだろう。


 それにしても光恒の外見は、光平ににも乙音にも似ていなかった。


 光平は一昨日と同じソファに座っている。光恒には目も向けようとせず、窓から庭を眺めていた。


 家政婦が応接間を出ていくと、マントルピースの前に陣取っていた父は、おもむろに前へ進み出た。


 「本日お集まりいただきましたのは他でもありません。今回の一連の殺人事件について、新たな事実が分かり、それを皆さんに聞いていただくためです」


 父はそう言うと、光恒の方へ歩み寄った。


 「新たな事実とは、今回の連続殺人に余罪があったということです。今から一年と九か月前、埼玉県K市で川登乙音という女性が殺害された事件が、その余罪となります」


 ここで言葉を切った父が、おもむろに入り口わきの壁に頭を向けた。


 「武藤課長。我が国における殺人事件において、最も多い殺害方法はなんでしょうか?」


 いきなり話を振られた一課長だが、動揺などおくびにも出さず、すぐに答えた。


 「刺殺です」


 「ええ、その通り。では今回の六件の殺人に、刺殺は含まれていましたか?」


 「・・・いいえ。含まれていません」


 父は満足そうに頷くと、光恒の目をじっと見据えた。


 「含まれていない。刺し殺すというのは、シンプルな殺し方です。にもかかわらず、あなたは刺殺を選ばなかった。何故でしょう」


 それまで頭を垂れてうつむいていた光恒が顔を上げた。父の背後から彼の様子を見ていたわたしには、その眼に全く生気がないことが分かった。


 「くだらない。偶然だ」


 「六人も殺して、一度も凶器に刃物を選ばなかったことが偶然だと? なるほど」


  そう言うと父は棉良刑事に向かって歩いて行った。


 「棉良刑事、川登乙音さんには十七か所の刺し傷があった。間違いありませんね?」


 「はい、間違いありません」


 「十七回も刺されて殺された事実を、あなたはどのようにお考えになりますか?」


 「犯人は被害者に対して強い殺意を持っていた、と感じました」


 「被害者の周辺に、そのような強い殺意を持つ人間はいましたか?」


 「・・・いいえ。被害者を恨んでいる者はいませんでした」


 「ふむ。もう少し、質問を続けさせてください。被害者の自宅に残されていた遺留品の中に、一冊だけ法律雑誌がありましたね?」


 「ええ、月刊の法律雑誌です」


 「最近刊行されたものでしょうか?」


 「いいえ、約二年前に発売されたものです」


 「その雑誌に、特に気になるような記事はありましたか」


 「捜査当時はありませんでした。ですが・・・」

 棉良刑事は言葉を切り、光恒の横顔を見た。青年の顔は相変わらず無表情だった。


 「棉良刑事、続けてください」


 「そこにいる龍ヶ淵光恒氏のインタビュー記事が掲載されていました」

 父はその言葉に満足気に頷いたが、すぐに無表情になった。


 「それでは、最後の質問です。川登乙音さんには家族はいましたか?」


 「同じK市に、兄家族がいました」


 「それ以外には?」


 「兄の話によると、生き別れた子どもがいたそうです」


 「その子どもは、いまいくつになるのでしょう?」


 「兄の話をもとに考えれば、二十三歳です」


 棉良刑事の答えに、父は頭を下げて感謝を示した。

 刑事は胸を上下させて深呼吸している。矢継早の尋問に緊張したのかもしれない。


 父は再び光恒の目の前に立った。

 「・・・あなたも二十三歳でしたね?」


 光恒は父の方など見ようともせず、ただ一言ぼそりとつぶやいただけだった。


 「馬鹿馬鹿しい」


 「有り得ないと?」


 「そうです。僕の母は、産後すぐに死んだと聞いています。その女性が母親というのは、承服できかねますね」


 「では、DNA鑑定を行っても問題はありませんね」


 「ふっ。どうぞ。でも、その川登乙音という女性は、埼玉で殺されたのでしょう? 僕は警視庁に捕まった。管轄が違う。鑑定がスムーズにいくとは思えませんが」


 青年から舌鋒鋭い指摘が放たれると、父は人のよさそうな笑みを浮かべた。


 「棉良刑事から警視庁に、川登さんのDNAを既に提供いただいています」


 光恒の表情が初めて変わった。

 そこには、微笑が浮かんでいる。

 わたしは眉をひそめた。


 「ちょうど今朝、鑑定が終わりました。武藤課長、鑑定結果を教えてください」


 「鑑定の結果、川登乙音と龍ヶ淵光恒の間に親子関係は認められませんでした」


 わたしが思わず見た父の背は、予想に反してまっすぐに伸びている。


 そして、父の背の向こうにいる光恒の顔から、微笑みが消えた。

 彼の目ははっきりと開かれ、体は震えながら床に向かって曲がっている。

 腰紐と、それを握る警察官がいなければ、なす術もなく床に倒れているだろう。


 ――何故、彼がこんなにも驚いているのか。


「乙音と光恒に親子関係はない」

この事実に対する麟之助と光恒の対照的な反応は何を示すのか?

次回、解決編②。明日22時過ぎに投稿予定!

「ここが怪しい!」「こういうことか?」など、皆様の予想や感想を【感想欄】にてぜひお聞かせください!


お読みいただきありがとうございました!

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