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龍ヶ淵光恒の兄・光宗は、龍ヶ淵家当主の異常な野望を麟之助・明美親子に語る。

当主の夢は、息子を毒したのか・・・?


そして麟之助と明美は、当主に相対することに。

 最後にわたしたちが向かったのは、渋谷区松濤にある龍ヶ淵邸だった。最後の聞き込み相手である、兄弟たちの父・龍ヶ(りゅうがふち)光平(みつひら)が住んでいた。


「龍ヶ淵光平について、何か知っていることはあるか?」


 移動の車中で父が聞いてくる。


「全日弁、全日本弁護士協会の会長、つまり日本弁護士界のトップね。人当たりの良い紳士的な人物って評判だけど、権謀術数に長けた冷血漢って噂もある。会長選挙の時も、汚い手を使って当選したなんて聞くわね」


「なるほどな。おっ、日本刀の愛好家でもあるのか」


 いつの間にか、父はスマートフォンに見入っていた。


「日本刀?」


「あぁ、本人曰く、『刀には武士の精神が籠められている。即ち、主への忠誠と己の力の向上である』だそうだ。それにしても、この収集品は名刀ばかりだな・・・」


 そう言うと、父は画面の向こうの世界に没頭し始めた。


 龍ヶ淵邸は、現代的な戸建て住宅が並ぶ周辺とは、一線を画す古い屋敷だった。鬱蒼とした木々の中にぽつんとカナリア色のレンガでできた屋敷が鎮座している。


 家政婦の案内で、わたしたちは屋敷の客間に通される。


 客間の家具はエメラルド色で統一されていた。マントルピースの上には何だかわからない色々なトロフィー、壁には歴代当主たちの肖像画がかけられている。中央には長いダイニングテーブルがある。横にかかっている大きな窓の側には、黒革のソファと小さなガラスのテーブルが設えられていた。


 部屋に入って少しすると、龍ヶ(りゅうがふち)光平(みつひら)が現れた。

 大柄な男で、薄茶色のガウンを着ている。顔には年相応のしわが刻まれているが、予想していた好色さはなかった。

 歩き方は姿勢がよく若々しい。こちらに一礼すると、窓際のソファに座るよう促した。


 わたしたちが座るのを見て、光平も対面の一人掛けソファにゆっくりと腰を下ろした。


「この度は息子の引き起こしたことで、ご迷惑をおかけしております」


「こちらこそお忙しいところ訪ねて来まして、申し訳ございません」


「いえ、今度の一件を受けて、事務所の代表職と全日弁の会長職の辞任届を出しました。ですから忙しくはないんですよ。・・・それで今日のご用件はなんでしょうか?」


「実は今回の事件でご子息の犯行動機を理解するため、彼の過去を調べているのです。それで、ご家族や同僚の方々から話を聞いていっておりまして。光平さんにも、この家にいた頃のご子息の様子を聞かせていただければ、と思っております」


「息子の過去・・・ですか」


 光平は太ももの上に両手を乗せて、手のひらに目を落とした。


「ええ、ちなみにご子息が今回の事件を起こした動機、既にお聞き及びでしょうか?」


「いえ、何も聞いておりません」


「そうですか。ご子息は一連の事件を、法の利益のためだと言っています。不十分な罰を受けた者を粛正する。このような思想に至る背景に、お心当たりはありませんか?」


「いいえ、残念ながら。この家にいる頃にはそんな考えは持っていなかったと思います。恐らく、裁判官という仕事をしていく中で育まれていったのではないですかな」


「なるほど。聞くところによると、ご子息の教育には光平さんもかなり注意を払われたとか。龍ヶ淵家は明治以来の法律家として知られています。‘法’というものは、どういうものなのか、一家相伝の思想などがあるのではないでしょうか?」


「一家相伝なんて大層なものはありません。ただ、倅は早熟でした。自分なりの法解釈を持っていても不思議ではない。それはどのようなものかは知りませんが」


「では、次の質問をさせてください。ご子息の幼少期ですが、同世代の他の子たちと比べて、何か変わったようなところはありませんでしたか?」


 父の言葉に光平は苦笑を漏らした。左手親指の付け根を揉みながら、窓の向こうに広がる木々を見やる。


「・・・変わったところ、ですか。今も言った通り早熟でした。知能は実年齢よりも三学年ほど上だったのではないでしょうか。他には、精神的な面で言うと、大人しかった方かと思います。駄々をこねたり癇癪を起したりなどはしませんでしたね」


「お父様の言うことをよく聞いていらっしゃったんですなぁ」


「ええ。特に反抗もすることなく、育ってくれました」


「実にうらやましい」


 父はそう言ってわたしを見た。何か嫌な予感がして、身構える。


「君からは何か質問することはないか?」


 ペンが止まる。これまで記録係に徹してきたわたしに、急にインタビュアーの立ち位置を振られても困る。しかし、父も光平もじっとこちらを見たまま、何も喋らない。


「えっと、そうですね・・・。立ち入ったことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 萎縮したわたしに光平は微笑みながら頷く。


「光恒さんのお母様についてなのですが・・・」


 一瞬、光平の目が険を帯びたように見えたが、次の瞬間には柔和な表情に戻った。


「何なりとどうぞ。容疑者の家庭環境の把握も大切なことですから」


「それでは、失礼しまして・・・。ご長男の光宗さんと光恒さんは母親違い、とお聞きしました。光恒さんのお母様が今どこにいらっしゃるかご存じでしょうか?」


 付け根を揉む光平の親指の動きが早くなる。


「お恥ずかしい話ですが、倅の母親は当時私がお付き合いしていた女性との間の子どもでしてね。所謂、私生児です。その女性が倅を産むと、自分では育てられないと言って、私に預けてきまして。まぁ、稼ぎは充分にありましたから、引き取りました。その後、彼女とは音沙汰がなくなりましたが、倅を引き取って少しして、故郷で亡くなったと聞きました」


「その女性のお名前なんかは・・・?」


「うむ・・・。実は銀座でホステスをやっていた女性でしてね。あくまで客とキャストという付き合いだったもので・・・」


「そうですか。いえ、プライベートにまで踏み込んでしまって、申し訳ございませんでした」


 本当かどうかはこれ以上聞いても分からない。わたしはそう判断して、ここで質問を終えた。しかし、ホステスとは。乙音も東京でホステスをやっていた。これを偶然で片付けるのは、職務不履行だろう。


 光平とわたしの会話が終わると、父が思い出したと言わんばかりに両手を叩いた。


「実は私、警察官時代に剣道をやっていた縁から日本刀に興味がありましてね。退職を機に、美術館に足を運んだり本を買ったりするようになったんです。いつだったか、あなたのコレクション特集を読んで、今回は是非そのお話も伺いたいと思っていたんですよ」


 突然何を言い出すのか。


 この屋敷に来る車中で仕入れたばかりの情報を喋り始める父の顔を、わたしは凝視しないよう気をつけた。


 だがこちらの様子に気付くことはなく、光平の相好が崩れた。


「ほぉ・・・。ちなみに何がお好きですか?」


「そうですなぁ。古刀などはやはり惹かれます。特に古備前派は公家の優美さと武家の剛健さが同居している様がなんとも美しい」


「よく分かっていらっしゃる。先祖が厳島と所縁がありましてね、奉納されている友成を拝見したことがあるのですよ」


「おぉ、実にうらやましい。そういえば、このお屋敷にはあなたが蒐集された刀剣の展示室があるとか。不躾で恐縮ですが、拝見させていただけませんか?」


「・・・申し訳ない。あいにく現在は展示品の入れ替え中でして。是非またいらしてください」


「ではお言葉に甘えて。ちなみに、目玉の展示はなんですかな」


「そうですなぁ。貞宗ですね。やはりあの金筋がなんとも美しい」


 光平は目が点になっているわたしに顔を向けた。


「貞宗というのは、鎌倉時代の刀匠でしてね。彼の打った刀の一つは、徳川家康が合戦の際に帯刀した時は、家康は必ず戦に勝っていたという逸話があるのですよ」


「いやいや、次回はゆっくりと刀談義をしたいものです」


 老齢の二人があげた哄笑で、この日の聞きこみは終わった。



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「なんで刀の話なんかしたの? ていうか、父さん、そんなの興味ないでしょう」


 帰りの車中でたまらず問いただしたわたしを、父は鼻で笑った。


「俺だって文化的なものに関心はあるさ。それにしても意外だったな」


「何がよ?」


「光平は、二十三年前に大小、つまり本差と脇差を作らせている。銘は(みつ)(かた)。明治に東京へやってきた龍ヶ淵家当主の名だ。以来、彼は自分のコレクションの目玉を、その大小だと言っているんだ。何故それを言わなかったのだろう」


「父さんが古い刀の話をしたから、それに合わせたんでしょう」


「そうかもしれん。しかし、あるいは・・・」


「あるいは、何よ」


 父は嘆息して、呆れたようにわたしを見た。


「お前、本当にジャーナリストとしてやっていけているのか」


 むっとした私は、運転中にもかかわらず父を睨みつけた。


「やっていけてるわよ。失礼なこと言わないで」


「前を見て運転しなさい」


 そう言うと、父はじっと前方を見て押し黙った。


次回、父娘二人の食卓捜査会議で事件の筋読みが始まります。


お読みいただきありがとうございました!

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